第18話 一対の想いのかけらは黄泉を舞う
古来より蝶は生と死のシンボルとされてきた。
魂を運ぶもの、復活の象徴。
その名を冠する彼女の目覚めはいつ訪れるのだろうか。
「
隣に座る
「お、おう」
「やっぱり気づいてたんだね。良かった」
嘘です、気づいて無いです、勝手に納得しないで下さい。声が裏返っただけなんですごめんなさい。
「ボクはヨミ。
へ、へぇ〜。
ヨミさんって言うんだ〜。
初めて知ったかも〜。
落ち着け俺。
せっかく和香宮との話がいい感じに終わったのにこれ以上厄介事はごめんだぜ。
「
「お、おう」
また声が裏返ってしまった。和香宮があまりヨミさんと話たがらなかったのはどういう事だ?
「ボク……というか詠乃がイジメられてそれに耐えられなくなって出てきたのがボクなんだ。だから彼女からしたら自分の責任とでも思ってるのかもね」
あぁ、だから和香宮は最初に
その人格がヨミさんか詠乃さんで話が大きく変わってくるから。
「ボクが神月にある事ない事吹き込んでると思ってたみたいでさ。何もしてないとわかった時のあの子の顔が面白かったよ」
そういえば学校案内の時、ふたりで少し話してる所を見たな。
「夜静さん……というかヨミさんが今日来たのってなんで?」
一応、和香宮に取り次いでもらって有難く思っている。だけど結局彼女が何をしたかったのかわからない。
「それはねぇ……あー。本人に代わるね」
「え? はい?」
すると彼女はカクンッと寝落ちするかのように意識を手放し。
「……ど、どうも神月君。詠乃です」
「あ。え〜っと。はじめまして?」
挨拶はこれでいいんですか? ダメですね。
「ふふっ。おかしいね、学校では何度も会話したのにちょっと新鮮な感じがする」
この庇護欲をそそられる感じは、初めて喋った時の彼女に似ている。
「えっと夜静さん?」
「できれば詠乃って呼んでくれると嬉しい」
その方が区別がつくからと彼女は言った。
「安心して。ヨミの中にいる時も全部見えてるから」
「う、うん」
安心してとはどういう事か……つまり今までの成り行きの説明は不要という事か。
「話を始める前にまずは謝ります。ごめんなさい」
「謝ると言いますと?」
今日の予定を強引に進めたことだろうか。それなら別に彼女が謝る必要は無いし、いずれ決着をつけるべき事が早まっただけ。
「体育委員のあみだくじに細工したの、私なの」
「…………へ?」
細工したのは私なの、私の名前は詠乃なの♪……と軽快なラップが聞こえてきそうな韻の良さ。
「どうしても神月君にお願いしたくて」
「お願いって言うのは今日の事?」
俺の問に頷く詠乃さん。
「あみだくじに関しては俺は知らなかったし、別にいいんじゃないかな? 俺が黙ってれば誰も分からないから」
「
そんな些細な事で怒るふたりじゃないよ。
「いざとなれば俺が土下座するよ」
「えっ? いやいやそれは悪いよ」
ワタワタする様子が少し前の
「えっとね、何から話そうかな」
「和香宮とは幼なじみって認識でいいんだよね?」
「うん。蝶ちゃんとは小学生の時に出会ったの」
そこから語り出すのは和香宮との思い出。詠乃さんのご両親はアウトドア好きらしく、よく和香宮も誘ってキャンプをしていたらしい。
当の詠乃さんは読書を好んでいたけど、和香宮と遊ぶ時は楽しかったそうだ。
「蝶ちゃんが変わっちゃったのは私のせいでもあるから……」
それは思い込みすぎ、と言葉に出したかったけど、当事者じゃない俺が口を出す問題でも無いだろう。
「……えっと、ヨミさんと和香宮って仲悪いの?」
「ヨミちゃんと蝶ちゃんはねぇ……う〜ん。まぁそうかもしれないねぇ」
二重人格の人と初めて接するから探り探りで聞いていく。どうやら詠乃さんとヨミさんはお互いに別の人物と思った方が良さそうだ。体は同じだけど心は別、なかなか難しい問題だ。
「俺と喋ってる時に口調が変わったり雰囲気が変わったりしたのは?」
「ごめんなさい。ヨミちゃんのイタズラです。私も何度か止めたんだけど、神月君の事色々知りたかったみたいで」
それならなんだか納得してしまう。俺からしたらどちらと話す時も楽しかったから気にしない。
「蝶ちゃんの事だけど……神月君にとっては嫌な女の子だったかもしれないけど、私にとっては唯一の友達だったから」
だから少しだけ様子を見たかった。
「当て馬にするような事してごめんなさい。ヨミちゃんが色々イジワル言ってごめんなさい。一応私の意識もあったから、私からもごめんなさい」
ぺこぺこと頭を下げる髪が夕日に反射する。
「俺は構わないよ。そういう立ち位置って理解してるし、当て馬という名の馬車だから」
「……
「まぁね」
おおよそ半分の道程を過ぎたあたりで言葉が途切れる。お互い言いたい事は言ったし、やりたい事もやれた。
詠乃さんが和香宮と話せたかはわからないけど、彼女の横顔を見ると落ち着いているように思う。
「和香宮はあれで良かったのかね」
「ん? どういう事?」
人間と関わるのが嫌だからあの場所にいるのだと彼女は言った。それは彼女なりの選択で間違っていないと思う。だが、ずっとあのままという訳にもいかないだろう。いずれは卒業して別の道を探さなくてはいけないのだから。
「……もっと上手くやれたかもとか思ってる?」
「そんな事は……って近いよ詠乃さん」
ズイッと効果音が聞こえてきそうなほど接近してくる詠乃さん。あなたそんなキャラじゃないでしょうに。
「今はボクだよ」
「あ〜……」
そんなキャラがお出ましだ。
「まぁ、今回会いに行ったのは詠乃の為だからね。本当はボクは会いたくなかったのに……まったく世話の焼ける」
「ふ〜ん」
だんだんこの子の事がわかってきた。
「じゃあその手に持ってる花は?」
「え? これは……その」
包装紙に包まれた二輪の花。それを大事そうに彼女は抱いている。
「よ、詠乃が好きだからさ!」
「……ふ〜ん」
プイッとそっぽを向く彼女の顔は少しだけ緩んでいたように思う。
「今度はふたりの好きをアイツに見せような」
「…………」
無言の彼女はバスの微かな振動分だけ頷き返す。窓から見える蝶に向かって俺は心の中でこう唱える。
――どうか彼女達の想いも一緒に運んでおくれ。
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