第3話 新しいクラスとそれでいいんかいっ!

 月詠つくよみ学園での最後の年が始まった。穏やかな陽気、晴れやかな空、南アルプスの空気が流れ込んでくると錯覚するそんな日和。


「ちょっとソフィちゃん! そこの席はウチのもんや!」

「そんな事ないわよさきちゃん。早い者勝ちって知ってる?」


「むぎぎぎぎ」

「ぐぬぬぬぬ」


 隣では修羅場を迎えていた。「席? んなもん好きな者同士で座れば?」と、我らが担任が言い出したのが事の始まり。

 確かに自由を謳う月詠学園だけど、ちょっと初手から自由過ぎじゃありませんか?


「ショーマは誰と隣がいいのよ?」

「もちろんウチやろ?」


 選択肢があるようで無いような気がする。というかちゃっかり左隣を陣取ってるナスカさんはいいのだろうか?


「え、えーっと。できれば新しいクラスになったんだし、俺も友達作りたいなーって」


「ワタシも友達じゃん!」

「ウチもや!」


 新しいクラスに出会いを求めるのは間違っているだろうか?


「久しぶりに会った白斗はくととか……」


 チラリと彼の方を見ると、おふみさんが手でこっち来んなアピール。


「マリーともっと話してみたいなって……」


 マリーの方を見ると、くれは嬢が3本の指を立ててピースサイン。

 よし、却下。


春樹はるきと親友だし……」


 あいが微妙な顔で彼氏の腕をギュッと抱く。

 むむむ、どこもかしこも桃色フィーバー。


「じゃあ……えっと」


 そうだ! ここには俺の新しい仲間がいるじゃないか。なんで忘れてたんだよ。よし、こうなれば最後の希望を胸に声に出すぜ。


剣士けんし! 剣士と一緒に語り合いたい!」


 俺の声にソフィと咲さんは誰だっけと顔を見合わせる。


「ん? 呼んだか神月かみづき


 自分の名前を呼ばれた彼は俺の方を振り向く。


「呼んだ呼んだ、超呼んだ! 俺、剣士と一緒がいいんだよ!」


 早くこの修羅場から逃れたい俺は主語も無くそんな事をのたまう。


「俺……そっちの趣味は無いぞ?」


 俺だってねぇよ!

 訝しむ彼に俺はお手てをスリスリゴマすりモード。


「俺、初めて見た時から剣士の事分かってたんだ」

「ほう……お前が生き別れたという弟か」


 いや違うけどね?

 彼の中で何が始まったの。


「どおりで話が通じると思ったよ」


 全く通じてないけどね。


「いや、あの……そうじゃなくてさ」

「みなまで言うな! 分かっておる、分かっておるぞ」


 いきなり変な口調の剣士くん。

 彼は言わずもがな初めて喋る間柄では無い。とはいえ昔から知っていたかと問われればそれも違う。


「つまり神月はアレであろう。この席を狙っているのだな?」

「いや、別に席は狙ってないけど……」


 最近というか、去年から交流を持った人物のひとり。


「だが許さん! この席は今後1年間俺のモノだ!」

「えぇ……」


 大事なおもちゃを取られまいとする幼子のように座る彼。そこはほとんどの人が忌避する場所……なにせ教卓の1番前の特等席なのだから。


 なぜここに彼が固執するのかは分かってくれるかな?


「いい心がけだな剣士。勉強嫌いな神月に、もっと言ってやれ」

「はっ! 我が君」

「誰が我が君だ恥ずかしい。かおる先生だ」


 そう……このクラスのボスにして学園の番犬。すめらぎかおる先生の忠実なる下僕しもべなのだ。


『かおるちゃんの犬になりたい』リーダー・剣士武虎けんしたけとら。名前がめちゃくちゃカッコ良くて少し憧れてしまっているのは内緒にしておこう。


「というワケで神月。この席以外なら自由にするがいい」


 かおる先生以外に興味ありませんといって、どこ吹く風で澄まし顔。


「ぐぬぬぬぬっ……誰か誰か居ないのか」


「フラれたじゃない。往生際が悪いわよ」

「せや。堪忍しぃや」


 残念ながらソフィと咲さんの圧が凄くてそれ以上進展することも無く、なし崩し的にクラスのど真ん中に座ってしまった。


 左にナスカさん。右に咲さん、前に睦希むつきで後ろにソフィ。


 まぁでも、女の子の甘い香りを堪能しながら授業というのも悪くない。結局は元の鞘なのだが、男子と話せたというだけで1歩前進したと言えるだろう。


 言えるのか?


「よし。席も決まった事だし、委員決めするぞー」


 今日のホームルームは席決めと委員決め。誰がどの委員になるかが肝になる。文化祭では文化委員が、体育祭では体育委員が、町内清掃では美化委員が音頭をとって進めていく。その他にもあるのだが今は割愛しよう。


 さて、どの委員にしたものか。


 別にやる必要があるかと問われれば微妙な所だが、俺の成績では希望する進学先、星空ほしぞら大学はアウトライン。というワケで内申点を稼ぎたい所なのだ。

 もちろん生徒会長をしているから推薦を狙っているけれど、万が一という事もあるから稼いでおかねば。


「じゃあクラス委員長から……」


「はい!」

「はい!」


 かおる先生の言葉に真っ先に手を挙げた2名がいる。男子と女子が1名ずつ、その人物は言わずもがなこのふたり。


霧島きりしまと剣士か」


 女子は我らが委員長オブ委員長愛華あいかさんのお出ましだ。そして男子はさっきの話で出てきた剣士くん。


「他に立候補者がいないならふたりに任せるぞ?」


 かおる先生の問いに満場一致の拍手が起こる。


「先生! 俺はかおる先生の犬になります!」


 と決意表明をする剣士に対して。


「犬はうちで飼ってるから間に合ってるわ」


 とヒラリと躱し。


「じゃあ馬車馬のように働きます!」


 と重ねれば。


「あいにく乗り心地のいい馬も手懐けたからなぁ」


 と俺の方に視線を落とす。


 いやいやかおる先生、俺じゃないよね?

 こらこらソフィさん、後ろからツンツンしないで? ちょっと睦希さん、肩が震えてますよ? ナスカさんと咲さん、同時に吹き出さないで?


「んじゃ、よろしくなふたりとも」


「「はい!」」


 その後はクラス委員長に司会をパスしてスムーズに進むと思っていた時期が俺にもありました。


「ちなみに神月は問答無用で体育委員だからな」


 かおる先生の一言でその後の委員決めが修羅場になったのは言うまでもない。


 絶対、馬車馬の如く働かされる。


 委員決めって先生の独断でいいのだろうか……まぁかおる先生だからいいか。


 不敵に笑うかおる先生から「放課後職員室に来い」と言われた俺は、さっそく問題が起こったのかと悶々とした時間を過ごす事になった。


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