p.102 春の陽射し窓
フィルナルから手渡された、神の庭に通ずる可能性のある場所が記載された場所のひとつにルーシャとセトは辿り着く。羅列された住所のひとつは、近隣の住民に聞き込みを行うと案外すぐに見つかる。
近隣の住民に目的地を尋ねると揃って皆「あの空き家の関係者か」と聞いてきた。目的地がどのような場所であるのかは分からないが、どうやらそこには家があり、誰もそこには住んでいない様子のようだった。住民曰く、今まで誰もその屋敷で人を見た事はないし、わざわざ訪れる人も殆ど見たことがないと。
辿り着いたその場所には、立派な屋敷があった。まるでどこかの爵位ある人間の邸宅かの様なそこは、大きな屋敷だけではなく屋敷を取り囲む塀に、立派な建付けの門、それに噴水を携え緑の生い茂る庭までもある。人の出入りがないためか、噴水の水は枯れ果て、庭の緑も無法地帯かのように自由にその葉を伸ばしている。幸いにも門から屋敷へと続く道へはレンガが敷き詰められ、なんとかそこを通れば屋敷へとたどり着けそうな様子はある。
だが不思議なことに、空き家だという噂のわりには白塗りのその壁は美しく陽光を反射し、壁そのものも大きな欠損を認めない。屋根も見える範囲で穴が空いているようなことも無く、建物は比較的綺麗に見える。
何度か確認のために住所と地図を見直し、場所が間違っていないことを確認する。
ルーシャは少し躊躇いながらも、門の近くにある呼び鈴らしきものを鳴らしてみる。恐らく住人はいないであろうが、一応人様の屋敷に足を踏み入れるのでなにもしない訳にはいかない。何度か呼び鈴を押し、反応がないことを確認する。
ルーシャは門をゆっくりと開ける。意外にも錆びついたりしておらず、門はあっさりと開かれる。
「変なとこだなー。ボロそうなのに・・・」
セトが率直な意見を述べ、ルーシャも頷く。誰も受け入れない佇まいながらも、その門戸はあっさりと訪問者を歓迎するかのように開く。
ふたりは少し戸惑いながらも、草木の生い茂った庭を通り抜け目的地の屋敷へとたどり着く。何かしらの魔法術やトラップなどを警戒していた二人だが、何もなく少し拍子抜けする。
目の前に現れた屋敷の扉は大きく、ここがいかに豪邸なのかと理解する。念の為、何度か扉を叩いてみるが何の反応もないためルーシャは恐る恐る扉を開く。
少し力を入れただけで扉が開き、ルーシャとセトをその屋敷へと招き入れる。
「不用心だな」
あっさりと侵入できたことに対しセトの本音がどんどん零れる。ルーシャも頷くが、中に入ってふたりは驚く。
明らかに誰も住んでいないかのような外観と空気だが、屋敷の中は時間軸が異なっているかのように美しく、風化の欠損がひとつも見当たらない。壁や床は傷んでおらず、ホコリひとつない。
そして何よりも・・・。
「蝶?」
一番に目を引いたのは、屋敷に入ってすぐのホールには色とりどりの蝶が舞っている。一瞬、花びらでも待っているかと思うほど鮮やかで美しく、屋敷の住人によるもてなしかとさえ思えてならなかった。蝶たちはルーシャたちの存在など気にすることなく、自由気ままに宙を舞う。
特にルーシャたちに何か攻撃的なことをする訳でもない蝶に少し見とれていたが、ふたりは屋敷の中の詮索を始める。
屋敷は広い玄関ホールと、その先に2階へと繋がる階段と、1階部分のいくつかのへやがあるようだった。1階の部屋は主にキッチンやダイニング、浴室など生活に必要な設備が整っていた。どの部屋も人気がないにもかかわらず、ホコリやサビのひとつも見当たらない。
人気がなく綺麗に整えられているが、不思議と生活感もある──それがこの屋敷のなかの空気だった。
誰もいないが、どこかの部屋で誰かがいるのではないか・・・そう感じながらルーシャたちは屋敷の中を探索する。1階の部屋を全て調べたが特に変わったところもなく、ふたりは階段をあがって2階へと足を踏み入れる。
2階の部屋は主寝室を含め、個室の部屋が並ぶ。どこもベッドや衣装棚、机、ソファなど生活に必要な家具や調度品が揃えられている特になんの仕掛けもなさそうな部屋だった。
順番に部屋を見て回り、2階の部屋も調べていないのはあと2部屋となる。ルーシャは頻繁に意識して魔力探知を繰り返すが、魔法術らしきものは探知できない。諦めモードでひとつの部屋の扉を開けた。
「・・・え?」
ルーシャは我が目を疑う。
部屋の扉を開けると、そこには今まで目にしてきた部屋の中とは異なる世界が広がっていた。机やソファといったものは一切なく、ルーシャとセトの前に広がるのは穏やかな空気が漂う世界だった。
天井ではなく澄み切った青空があり、部屋全体の空気が心地よいくらいに暖かい。部屋に入ってすぐ真正面には水が湧き出ており、そこを原点に奥へと水が流れゆき川を形成している。部屋に壁はなく、足元には青々とした芝生が広がる。
「なんだ、これ?」
足を踏み入れセトはあたりをみまわす。
「・・・創られた空間みたい」
部屋の扉の内と外で空間が全く異なる。魔力探知にてルーシャは部屋の中が、世界のどこかの場所ではなく存在しえない創られた空間だと分かる。
「行こう」
ルーシャは意を決して部屋の奥へと進む。
部屋の奥へと進むにつれ、湧き水から派生した川は大きくなり川幅が広がっていく。しばらく歩くといつの間にか、川の左右に均一に木が生えている。
「梅と桜ね。気候も暖かいし、ほんとにここは春みたいなとこ」
均一に並ぶ木々はルーシャたちの側には桜が、川の対岸には梅が花を咲かせている。
麗らかで穏やかな日差しを感じ、あまりの心地良さにルーシャは本来の目的を忘れそうになる。花びらは風に揺られ舞い散り、足元にはうっすらピンクの絨毯が出来上がりつつある。
「ちょっとおかしくないか?梅と桜の開花時期は違うだろ」
セトの言葉にルーシャは曖昧に頷く。
「言われてみればそうか」
あまり花のことなど知らない上に興味もないのでルーシャは特に不思議に思わなかった。
そのまま2人は川沿いを進んでいく。特に変わり映えのない景色が続くが、見惚れてしまうほどの青い空と桜と梅の鼻が咲きみだれる様は不思議とずっとみていられる。
どれだけ歩いたのかも分からないほど穏やかな時がすぎていくなか2人は、とある場所にたどり着く。
「大きな木」
ルーシャは率直にそれを見た感想を述べる。
ルーシャたちの目の前には一際大きな木があり、ピンクの花を咲き誇っている。先程まで隣にあった川だが、その川幅は少しずつ狭まり小さな流れとなり、その終着点にそのおおきな木がたった。
「桃の木だな」
可憐に咲くピンクの花を見てセトはその木の正体を口にする。草花に疎いルーシャは桜との違いが分からず、(そうなんだ)と心の中でつぶやく。
(川の終着点に大きな桃の木・・・なーんか、これが神の庭に関係ありそうなんだけどなー)
まじまじと桃の木を見上げ、魔力探知を行なう。何らかの魔法術らしき神語があるが、ルーシャの見たことのない構造であり、それが何なのかさっぱり分からない。神語のなかに知っている単語や文法などあれば、知っているそれらから派生したものだと推測出来るが知っているものがひとつもない。
(それに・・・なーんか引っかかる)
見たことのないものであり、どんな魔法術なのかは分からないがルーシャの第六感が働く。
「梅に桜・・・桃か。どっかの国の昔話と妙に似てるな」
神語を前に思考をめぐらせていたルーシャの耳にセトの言葉が入ってくる。
「昔話?」
「最近読んだ本に、
そう言いセトは最近知った物語を語り出す。
* * *
昔々、いまから100年ほど前のこと。
とある国のとある村では疫病が流行り、飢饉が人々を襲い、それに乗っ取り数多の邪気が発生していた。
その邪気は人々に取り付き、病をさらに悪化させ、心を廃らせていった。
村の良くない噂に外からの援助は断られ、人々はどうしようもない状況に陥っていった。
季節はもうすぐ春だというとに、村は酷く暗く、冷たい風が吹きまわる。
そんななか、ひとりの術師が村に立寄る。
術師は村の惨状を知るや否や、たちまちに邪気を払う。国でも有数な実力の持ち主であった術士の手にかかれば邪気を払うことなど容易いことであった。
しかし──。
村の中には邪気が巣食っており払ったところで、またすぐに新たな邪気が現れる。何度払ったところで、邪気の塊そのものを取り除くことは凄腕の術師でも敵わないことだった。
そこで術師はひとつの術を行った。
季節は春──、その春には三つの木が花を咲かせる。
梅は邪気を察知し、桜は邪気を吸収し、桃は邪気を祓う。
古来からそう伝えられてきたそれらの木々を利用する。
それぞれの木が最も力を発揮する花を咲かせる時期に、術師はそれぞれの木の時間を止めた。
そうすることで、梅が邪気を察知し、桜と桃がそれぞれ邪気を吸収・祓うことで村の邪気を退けたのだった。そして、そうすることで邪気の塊を取り除けなくても、村をむやみに邪気で溢れさせないようにすることができた。
人々は術師に感謝し、術師は修行の旅に出た。
それから村は穏やかな時間を過ごしていき、徐々に邪気の塊も小さくなっていき時間をかけて消失した。
もうこれで何の心配もないと思った矢先、ひとつの問題が起きた。
術師の施した術により、それぞれの時を止めた梅と桜と桃だが、祓うべき邪気がなくなったことより、その力の発揮先を探していた。
そして、それらはとあるものを次の対象と捉えた。
人々の負の感情や邪な気持ちを、祓うべきものと捉え祓いだす。
最初は犯罪を犯したものなどがその犠牲となったのだが、それらの力は徐々に暴走していく。
やがて少しの出来心での感情や、一時の感情の変化でさえそれらは祓うものとされてしまった。
ちょっとした嫉妬、ちょっとした悪戯心、ちょっとした仕返し・・・そういったものも払われていき人々は恐怖におののく。
術を施行した術師に解決を求めようとしたが、術師は修行の旅の途中で流行病にかかり亡くなったという事実を知ることになる。
村ではどんどん人々が梅・桜・桃により浄化され、消されていく。もはや村全体が消滅するのは時間の問題かと思われたなか、ひとつの変化が起きる。
1匹の蝶がひとつの梅の花に止まり、その蜜を吸った。
すると、止まっていたはずの梅の木の時間が何故か動き出し、梅は実をつける。時間が動き出したことで梅のもっていた力は弱まる。
それと同じことが他の木々でも起きる。蝶が止まったそれらは時間がそれぞれ進み出し、その力を弱めていく。
そして、時間が進んだことで力が弱まり、些細な負の感情や邪な気持ちで祓われることはなくなった。
邪気の蔓延から数十年し、その村は本当の平穏を取り戻した。
* * *
「って話らしい。まあ、何事もやりすぎは良くないって話だろ。で、この昔話のある国では蝶が変化をもたらすシンボル的な存在として扱われてるってことだけど、別に受粉出来れば蜂でも何でも良かったと思うんだけどな」
セトは語り終わり、改めて桃の木を見る。
──────────
なんかよく分からない屋敷にやって来た。
正直なんの関係もないと思ってたのに、当たりっぽい。
妙な蝶に、そして謎の空間・・・。
セトの言ってた梅桜桃伝っていうのがドンピシャすぎる。
神の庭って何なんだろう・・・。
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