p.100 針路

 

 ライル大海流の始点にして終着点を知ったルーシャとフェルマーは、言葉少なく道を引き返していく。

 フェルマーの探し求めていた海属の秘宝とは、青ノ魔女が生み出した大海流と、それを維持し世界の魔力の清浄している青ノ魔女の魔力そのまのであった。


 魔女は特殊な魔法術でその存在を隠し、そして誰も寄せつけないでいる。フェルマーは海属の秘宝は強い魔力であり、本来は保護するつもりでいた。しかし、魔女の魔法術を前にしてそんなことは不要だと判断し帰路に着く。


 ルーシャは壮大な魔女の話に頭と心がついていけないが、それでも急いでもと来た道をもどる。



 〈ミッシュ!〉



 置いてきた友の姿を見るなりルーシャは海底だということも忘れて駆けていく。浮力により上手く進めず、もどかしい気持ちもあるがそんなことよりも反魔力協会組織・幸福時計と対峙する友が心配だった。


 〈おかえり、何か収穫はあった?〉


 体中に生々しい傷を負いながらも、ミッシュは笑顔でルーシャに手を振る。驚くルーシャは、その奥にストイルがいることを確認する。


 〈海上の敵は概ね殲滅し、ニック大尉が後処理をしてくれててな〉


 ストイルとニックは海賊船を襲ってきた幸福時計のメンバーを倒し、ある程度の余裕が出たところでストイルがミッシュの助太刀に来た。

 海底ではミッシュがフェルマーから預かった魔道具を駆使し、幸福時計の幹部と精鋭たちをなんとか凌いでいるところだった。


 ミッシュに少しばかりの訓練成果とフェルマーの凄腕魔道具があるといっても、相手は魔力協会と渡り合っている猛者であり一人での対処には限界があった。なんとか相手の攻防に耐えている中、ストイルが助太刀に来た。


 ストイルの参入であっという間に状況は一変し、つい先ほど幸福時計のメンバーが撤退していったところだという。


 〈上の被害状況は?〉


 〈負傷者数名です、あと船体も多少の損害はあります〉


 ストイルの言葉にフェルマーはにやりと笑う。



 〈死人が出てなきゃ戦果は上々だ〉



 テロ組織相手にストイルが軍部の幹部とはいえ、二名の軍人で対処した功績にしては十分すぎる。共に戦ったのが海賊とはいえ、彼らも一応は戦闘経験があるとはいえ軍人ではない。一般人とは言えないが、それでも本来はテロ組織に相対するような者たちではない。


 見習い魔法術師のセトはニックの指示に従いながら、海賊たちのサポートに徹していた。元々要領もよく、物事を飲み込むことも早く、その場の空気を瞬時に読み取るセトは窮地にもかかわらずよく働いていたらしい。



 そのまま、四人は海底を去り海賊船に戻る。海賊頭の帰還に海賊たちは歓喜し、ニックはミッシュやルーシャが無事に帰ってきたことに安堵する。至る所に損傷を受けている海賊船はルーシャたちを一人も欠くことなく、海を駆け塒へと戻る。


 その日の夜、海賊の塒では宴が行われる。

 フェルマーが海属の秘宝をみつけたこと、それは人の手に渡るようなものではないこと、今後とも誰の手にも渡らないであろうことを宣言する。そしてここまで至ることが出来た、全員の尽力に感謝の言葉を述べる。


 宴では驚くほど多量の酒と料理が振る舞われ、それは海賊だけではなくルーシャたち魔力協会の人間にも振る舞われる。見たことのない種類の料理、始めて口にする多様な酒に驚きながらも舌鼓を打つ。賑やかで騒がしいが、荒々しくも海賊たちと交流することは楽しかった。


 屈強で容姿も強面な者も多いし、なによりも海賊という立場が無条件にルーシャを警戒させていた。しかし、こうして面と向かって話して、食事をするとその垣根は容易に超えることが出来た。セトに至っては海賊たちの武勇伝や冒険譚を目をキラキラ輝かせて聞き入っている。


 ストイルはフェルマーや海賊の中でもリーダー格の人間と和気藹々と酒を楽しみ、ミッシュは女海賊たちと腕相撲に興じている。ニックは他の海賊と共に酒や料理をつまみながらも、交代で塒の警備にあたっている。



 そうして、一晩はあっという間に過ぎていく。

 空が白んでくるころ、ほとんどの人間は酔いと疲れで眠りについていた。騒がしかった塒の中は静まり返り、ルーシャはそんななか目が冴えてしまっていたため散らかった塒の片付けをしていた。あちこちで多量に放置されている食器を片付け、掃除をして、眠りこけた人間たちに船内にあった掛物をかけていく。


「納得だな」


 そんなルーシャにフェルマーが言葉をかける。

 ストイルたちも寝こけたなか、フェルマーはルーシャとともに起きており片付けを行っていた。海賊頭がそっせんして片付けや洗い物をしている姿は少しおかしいが、何でもこなすフェルマーにルーシャは改めて(なんでも出来て凄いなー)と尊敬の念が込み上げる。


「お前の魔法術の腕前と言い、物怖じしない態度といい・・・単なる新人魔法術師とは思えないところが多々あった」


 その言葉にルーシャは何とも言えなくなる。

 ルーシャは海底から帰還したあと、塒に戻ってくるまでの海賊船内で船長室にてフェルマーにだけ掻い摘んで青ノ魔女の話の解釈を告げていた。


 この世には覇者と呼ばれる存在がいること、それは竜を指していること、かつては竜の魔力をもつ竜人ノ民と呼ばれるひとたちがいたこと、大昔に人間は竜と竜人ノ民を迫害したこと、その中間的役割にマークレイがあったこと。

 人と竜たちの溝が深く一度すべてをリセットするため竜が眠りについたこと、今現在の世界は竜が眠っている間に発展してきたこと、魔力協会は来るべき未来の世界で架け橋となるべく発展してきたこと、近い未来に竜が目覚めるであろうこと。


 そして、ルーシャの役割──〈第三者〉と呼ばれるものについて。


 フェルマーはそれら聞いた話について、不明点をいくつか質問したが、それだけで驚きもせず淡々と話を聞いていた。


「お前もなかなかの命運のなかにいるんだな」


 どこか難しい顔のままフェルマーはルーシャに向き合う。これから先の世界がどう転ぶのかなど誰にも分からない。先送りにした問題がどうなるのか、解決するのか分からない。ましてや、覇者が眠る間に発展したこの世界は覇者なしで成り立つようにできている。そこへ大きな力の竜が目覚めたらどうなるのかなど分からない。


「気休めにもならんだろうが・・・。今いる場所であれ環境であれ役割であれ、それは全てそいつ自身が得てきたものであり、得ていく必要のものであり、そいつだからこそ任されるものということもある」


 フェルマーはルーシャの立場と役割を考え言葉を口にする。


 元海軍総長のフェルマーから見ても、ルーシャの役割は易しいものではない。これから誰も予測も何も出来ない激動が必ず起こる。それが万人が周知していることならまだしも、世界中の人間は何も知らない。ある日突然、覇者が眠りから覚めるが・・・それは知らぬものからすれば異常に強い力を持った侵略者の登場とさえ受け止められる。

 まず、この世界の動きが読めず、悪い方へ運ばれていく可能性は決して低くはない。


 そして、何よりもルーシャの与えられた〈第三者〉というものの役割が明確化されていない。

 〈第一者〉は当人たち、〈第二者〉は封印を解く役割を担った者たち。だが、〈第三者〉は過去と未来を繋ぐもの、壮大な世界のズレの帳尻をあわせるとはいうが実際には何をするのかは分からない。世界がどう動くか分からないため、ある意味で臨機応変な役割を判断しろということなのかもしれないが、それを新人魔法術師が担うとは荷が重い。



 だが、それでも人には与えられる役割があり、やらなければならないことがある。役割や環境は選ぶことの出来るものでもあるが、逆に言えば役割や環境といったものに選ばれることもある。


 その人だからこそ任せられる、その人だからこそ乗り越えることが出来る。

 その人だからこそやらなければならない、その人だからこそその環境に身を投じる必要がある。


 それが自分の望んだことでなくても、押し付けられたものであっても──そこには何らかの意味がある。



「たかが海賊頭の人生論だがな」



 笑ってフェルマーは呟く。


「そんなフェルマーさんはこれからどうするんですか?海賊続けるんですか?」


 ルーシャは不思議そうにフェルマーを仰ぎみる。元々、海属の秘宝を探すために魔力協会を離脱し、海賊たちに慕われ彼らの力を借りるため海賊頭となっている。


「いや」


「じゃあ、協会に戻るんですか?」


「いや」


 ルーシャの問いかけにフェルマーは首を横に振る。



海賊あいつらをつれて陸に上がる。あんなどうしようもない連中だが、それは奴らのせいじゃない。貧困とか無知とか社会が、あいつらが罪を犯さねぇと生きていけないようにした」



 まっすぐとフェルマーは前を見すえる。海軍にいた時から海賊と相見えることも多く、方を犯す彼らを検挙してきたこともある。海賊のなかには気のいい連中もいるが、それでも彼らは財宝を狙い、人を襲い、秩序を乱す。


 だが、それは一概に彼ら個人の責任ではない。生まれた環境が選べないとしても、生まれて生きていくなかで得られる知識や教養はあるはずだった。無知ゆえに騙され罪を犯すことも、無知ゆえにルールを知らずに罪を犯すことも、無知ゆえに力しか頼ることが出来ず暴力こそが正義となることもある。


 また、海賊の収入の多くは強奪による金品であり、彼らはそうすることでしか生きていくための金を得られない。収入がなければ食料も何も買えず、貧困に喘ぐ海賊も多いし、貧困ゆえに強奪で生活をするために海賊になる人間も多い。



「それがフェルマーさんのさがなんですね」



 強くて優しいフェルマーは人を導くという役割を担っているのかもしれない。フェルマーにとって海賊たちは特に親しいわけでも、気の合う連中でもない。長年ともにしてきた者でもないのに、フェルマーは彼らを放ってはおけない。


「腐れ縁まみれなだけだ」


 苦虫を噛み潰したよう表情を浮かべフェルマーは笑う。






 * * *




「まさかこんなとこでルーシャと再開するなんて、人生何があるか分かったもんじゃないな」



 海賊船をおりたルーシャたちはレイズルの街で別れの挨拶をしていた。フェルマーと海賊たちは諸々のやり残しがあるため、もう別れの挨拶はすんでいた。


 宴を終えた今朝、フェルマーが海賊解散の号令を発出した。どよめく海賊たちに、フェルマーは「俺についてこい、別の世界を見せてやる」と宣言をしていた。彼らはその一言で頷き、どよめきは歓喜に変わっていた。

 海賊の中にはその考えについていけないものも、新たな変化を拒むものも、海賊としての人生を望むものもいるかもしれない。その場合はフェルマー曰く、個人主義で好きに選択すれば良いと。


 そんな彼らと別れたルーシャは、ミッシュと別れの挨拶をする。



「私こそ。それに、ミッシュが死んじゃうんじゃないかって冷や冷やしたんだから」


「ははは。あたしもさすがにこれはもうヤバいなって思ってた」


 幸福時計との一戦をミッシュは笑って話す。ずっと憎くて復讐したい相手だったが、いざ相対すると自分の力では通用するものがなかった。


「あんまり無茶しないでよねー」


「そうだな、まずはもう少し力をつけて階級をあげることに専念するよ」


 ミッシュの言葉にルーシャは優しく微笑みながらも複雑な気持ちになる。

 復讐をやめない──それがミッシュの決意であった。目の前で全てを奪われたからこそ、その強い思いがある。


 何を決意し行動するかは個人の自由であり、他人がとやかく言えることではない。

 だが、それでもルーシャは復讐に囚われるミッシュを明るく見送ることは出来ない。


 復讐に燃え無惨に命を絶たれた師匠の兄・レティルトを思い出すと、どうしても明るい気持ちではいられない。本人の本望だったとしても、残されたものはひどくいたたまれなくて辛い。


「ルーシャ」


「ん?」


「今度ゆっくり遊びに行こう。エリスも一緒にさ」


 そう言い笑うミッシュにルーシャもつられて笑う。

 そう言えばそうだった──ふたりといると平凡で当たり前な毎日を過ごすことが出来る。


 決して自分の人生が特別だとは思わない。だが、それでも普通の女の子としての生活ではないとは思っていた。

 家族がいて、同世代の友達がいて、街中に遊びに行くような・・・そんな生活に憧れがあった。


 エリスとミッシュとは初めて会った時からそういうことをして、そんな時間が楽しかった。




 二人は約束を交し、連絡先を交換し別れる。




 レイズルの港に穏やかなさざ波が広がり、平和な海が太陽の光を反射し青く佇む。



 ルーシャはセトともに次の町へと足を運んでいく。








──────────


セトと共に訪れたレイズルの街での一件が終わった。

まさか海賊船に乗るとも、元海軍総長とお知り合いになれるとも、ミッシュと再会するとも、反魔力協会組織と相見える日がくるとも思わなかった。



もう、お腹いっぱい!

しばらくはもう何も考えずにぼんやり過ごしたい。




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