p.94 幸福時計

 

 海賊のひとりに連行され、ルーシャは海賊船に乗る。人生で一生関わることのないと思っていた場所に足を踏み入れ、ルーシャは死を覚悟する。


「入口の警備をしろ。あとで隠し扉の修復に行く。あと、ガキもまだ殺すな」


 船長室と思しきところにルーシャを連れてきた海賊に、船長は命令を下す。男は「はい」と返事した後、さっさと部屋を出ていく。

 残されたルーシャと船長の間には張り詰めた空気と緊張感が漂う。静かにルーシャを見据える淡い青い瞳は冷たく、射抜くようなその視線にルーシャは何も言えずにいる。


「お前、何者だ?あの魔法術は簡単には解けないはずだ」


 凛とした声はまっすぐとルーシャに向けられる。


「ちょっと魔力探知が得意なだけです」


 返答に困りながらも、ルーシャはそう答える。何者だと言われても、ただの魔力協会員としか答えられないが、ルーシャのことを「協会の犬」と言ったこの男にわざわざ協会の人間だと明言する必要は無い。


「あの入口の魔法術、簡単に仕掛け直せるもんじゃねぇんだぞ」


 ルーシャから視線を外し、男は大きな溜息をつき部屋にあった大きな机にもたれかかる。部屋の中はさほど大きくはないが、たくさんの書類や本が積み重なっており、この船長と呼ばれている男の勤勉さが垣間みれる。


「取引しませんか?」


 ルーシャは冷や汗をかきながらもまっすぐと男を捉え口を開く。


「急になんだ?」


「あの魔法術の神語全部、コピーしてます。その神語構造すべて渡すので、私と弟子の命の保証をしてください」


 確証はないが、先程の男の口調や仕草からルーシャは入口の隠し魔法術が相当苦労して施したものと見受けた。それが破られ、またイチから施し直すのは相当の気合いがいるし、破られた限りは改良の余地もある。


 いま、ルーシャが何よりも優先すべきは自身とセトの身の安全であり、そのための手段は選んではいられない。海賊相手に取引が成立するとは考えづらいし、神語構造を渡した途端に殺されるかもしれない。

 だが、神語のコピーを渡すということはルーシャを縛る魔力を封じる縄がほどかれている状態のはずで、そうなれぱ今よりは行動の選択肢が広がる。


「この状況でそう言うか。たいした度胸だな」


 少し驚きながらも男はニヤリと笑う。


「あの魔法術には抗探知魔術がありました。余程、隠したかったんでしょ?」


「ちょっとやそっと魔法術をかじったくらいで解ける神語じゃねぇぞ、あれは。しかも、神語のコピーなんてそう簡単にできるものでもない」


 ルーシャを見る男の目が鋭く光る。

 神語のコピー自体、基本的に出来ないと言われている。まず魔法術の神語すべてを探知し見ることが難しい。魔力探知に優れたものでも、メインとなる神語を見ることはできるがその全文となると時間を要する。


 単純な魔法術ならともかく、魔法術の多くはその構造がそれなりの長さがあり、しかも術者のオリジナルが含まれる。ちょっとした言葉の言い回し、文章の構成の仕方、句読点や記号の使い方も異なる。


「私も何でもコピー出来るわけはないです。それに今回は魔法術を解くのに還元したので全文見ただけだし・・・」


 ルーシャは少し前、自分の得意分野が還元魔法だと気づいた。元々魔力探知に優れていたため、魔法術の解析は得意であったためその影響もある。


「とりあえず、お前の要求は飲んでやる。俺はフェルマー、この海賊団の頭だ」


 ルーシャの話を聞きながら、船長・フェルマーの瞳が向ける眼差しが変わる。鋭く敵意しか無かったその瞳は、どこか物珍しいものでも見るかのような視線に変わる。


「ルーシャです。一緒にいたあの子はセトです」


「・・・お前、ほんとに一般魔法術師か?」


 フェルマーは机から離れルーシャの目の前に立つ。すらっとしているが高身長のため威圧感が強い。負けじと見返すルーシャの協会章に目をやりながらフェルマーはルーシャの縄を解く。腕が自由になり魔力を再び感じられるようになるが、ルーシャは自由になった気がしない。

 そのままフェルマーはルーシャの首に下がっている協会員のペンダントを手に取り、じっと見つめる。


「仕掛けはないか。つーか、お前・・・去年に試験パスしたばっかりかよ。それであの魔法術バラして、コピーまでとってって・・・お前の師匠、化け物か何かか?」


「え?!なんで分かるんですか?」


 驚きルーシャは同じように自分の協会章を見てみるが何処にも何も書いていない。魔力探知してみるが、見たことの無い神語構造があるがそれがフェルマーの言っていた内容を指すものではない。特にこれといった個人情報が記載されている旨は見あたらない。


「協会章は身分証であり、免許証でもある。詳しい奴が見れば分かるってだけだ」


「あなたは一体・・・?」


 ルーシャは自分を見下ろすフェルマーを見つめ返す。あまりにも魔力協会について詳しい。彼が知っていそれらの情報は一般協会員も知りえないことであり、いち海賊段の船長が知っているにはあまりに不可思議でしかない。




「敵襲ーーーっ!!」




 息を飲み相手の返答を待っていたルーシャと、静かな瞳のフェルマーは同時に動き出す。

 敵襲を知らせる大声とともに轟音が響き渡り、強大な魔力を感じる。先程まで魔力を封じられていた上、フェルマーに集中していたルーシャは近づいていたであろう大きな魔力を探知できなかった。


「フェルマーさん」


 フェルマーのすぐあとを追って走りながらルーシャはその背に話しかける。海賊が攻撃されているわけは全く知らないし、敵の敵はもしかしたら味方かもしれない。だが、そんなことよりルーシャはこの海賊頭が何者なのか気になりその動向を探るべく、そしてこの海賊が果たして自分たちの敵となるものなのか見分けるために戦場へと赴く。


「あなた達の敵って?」


「俺は今、とある宝を狙ってる。それを狙うヤツらだ」


 顔色ひとつ変えずフェルマーはそう言い、すぐにふたりは怒号飛び交う戦場へとやってくる。洞窟の入口から少し離れた岩場に見張りの海賊が数名、海上には巨大な船が一隻とその乗組員と思しき人間が数十人いるのが見える。


 その船の旗には、時計を模したモチーフが描かれている。海賊旗ではないようだが、その船の装備はかなり整っている。いくつもの砲台があり、戦闘員たちは銃を持っている。さらにかなり強力な魔力がたくさん感じられ、それなりの腕の魔法術師が揃っていると見受けられる。



「ヤツらは俺と同じ、海属の秘宝を狙う組織──反魔力協会組織のひとつ、幸福時計だ」



 フェルマーはその旗を指さし、ルーシャはその言葉に息を飲む。


(反魔力協会組織?!)


 その存在は知っていたし、協会に属する限りいつかは鉢会うことにはなると思っていた。だが、こうしてその存在を目の当たりにすると足がすくむ。


「船長、すんません。奇襲に気づけなくて」


「今はそれはいい。他の連中呼んでこい」


 フェルマーは手短に部下の海賊に指示を出し、ルーシャのほうを見る。


「ルーシャ、援護しろ」


 ルーシャは力強く頷き魔法術を即座に展開する。とにかくまずは守りを固めることに徹底する。洞窟の入口付近には物理攻撃、魔力攻撃を無効にする防御魔法、さらに洞窟自体の耐久性を上げる岩盤魔法を仕掛ける。

 そして、フェルマーと自分自身にも防御魔法と一定時間の速度や回避力の向上をする付加魔法を展開する。


「あとで教えてください、あなたのこと、あなたが狙っているという海属の秘宝について」


「お前、ほんとに一般魔法術師のひよっこか?場馴れしすぎだろ」


 フェルマーはルーシャの問いかけに少し笑みを浮かべる。このなかなかの危機的状況にも関わらず、新米魔法術師の少女は今の現状よりもフェルマーのことを気にする。多勢に無勢の状況よりも、それを片付けた後のことを気にする余裕があるとみえる。


(世界最強の女騎士相手に比べたら、緊張感とか全然ちがうし)


 心の中でルーシャは冷静にそうつぶやく。軍人などに比べたら戦闘慣れしているわけではないが、それでも一人旅ゆえそれなりの危険と隣り合わせに生きてきた。それに、なによりもリーシェルと対面した時の方が幾分も恐い。あの絶対勝者の瞳に見つめられただけで心臓が握りつぶされてしまうのではないか、その醸す雰囲気だけで人を切り裂いてしまうのではないか、その何気ない一言だけで死を宣告されているのではないか──リーシェルのそんな気迫に比べたら、多勢に無勢の状況の方が緊張せずに動ける。



 次から次へと魔法術や砲弾が飛んでくる中、ルーシャの施した魔法術はそれらを弾いたり相殺したりし二人を守る。フェルマーは洞窟がある程度の攻撃に耐えられることを確認すると、単身で相手の元へと攻撃を仕掛けに動く。岩場からなんの躊躇いもなく海へ足を踏み入れ、その会場を駆ける。なんの予備動作もなしに魔法術を展開させ、海の上を移動し即座に相手の船へと近づく。


 そのままフェルマーは魔法術で海水を自在に操り幸福時計の船を襲撃する。激しい波を引き起こして相手の戦闘員を海に落とし、操った海水を瞬時に凍らせて氷柱をつくり、それを投げ飛ばす。


(はやい。しかも複数の神語の構成して、どれも高度なものばかり)


 海水を操ることも、海水を凍らせることも基礎的な魔法術でできるが、フェルマーの神語は独特な構造でオリジナリティが高い。同じ魔法術でもあれほど進化させたものは、もはや別物の魔法術とも捉えられる。いくつもの魔法術を展開することで一人で総攻撃をしかけ、しかも相手からの攻撃もある程度捌いている。


(海賊のお頭にしてはあまりにも魔法術に秀でている・・・)


 フェルマーのその戦い方を見てルーシャは疑問を抱く。海賊なんてものに出会ったのは初めてで、だからか勝手に屈強な肉体集団というイメージが強い。それなのに、フェルマーは細身であり魔法術があまりにも上手い。


 様々な疑問を抱えながらもルーシャは幸福時計からの攻撃を捌き、こちらに近づく戦闘員たちをけちらし、洞窟を守る。









──────────


海賊に捕まった。もう、死ぬかと思った。


それにしても、フェルマーさんがなんか・・・魔力協会について詳しい気がする。

協会章に試験合格した日とか分かるようになってるなんて知らなかったし、教えてもらったことない。

そんな機能があったなんて・・・。

知らないだけで他にもなんかありそう。


魔法術の扱いも段違いにうまいし、ほんと何者なんだろう。



そして、フェルマーさんと対峙する幸福時計・・・。

反魔力協会組織と対面する日がくるなんて思いもしてなかった。もしかしたらちょっとくらいは関わらないといけないことも、人生の中ではあるかなーくらいにしか思ってなかった。



フェルマーさんと幸福時計が狙う海属の秘宝って何なんだろう。

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