p.89 負う影
セトと出会い、枯れた火口でルーシャが魔法で調査してから二日ほどが経っていた。
ルーシャが火口で調べていたのは地中やその奥の温度やマグマの流れ、それとともに大地とその奥に眠る魔力の流れや強さを調べていた。
(明らかに日に日に温度も上がってるし、魔力も活発になっている)
セトに出会った日から毎日、朝と晩に魔法でそれらを調べたルーシャは日々の変化に頭を悩ませる。
とうの昔に死んだはずの火山が少しづつではあるが動き出している。この無人島にある熱気は少しづつ火口から漏れでる熱で、おそらく島から泳いで逃げていた動物たちは火山の噴火を予兆しての行動だったのだろう。
(でも何で急に・・・。いや、まさか急ではなくそういう火山サイクルだとか?)
異変が何かということを突き止めたルーシャは現在、キャンプ地と火口の往復しかしていない。定期的に気温や地熱、魔力、マグマの動きを観測しては記録にとる。他にもなにか異変があるのかもしれないが、それは恐らく活発化する火山活動に付随するものでしかないだろう・・・というのがルーシャの見解だった。
眉間に皺を寄せ、その青い瞳は小難しい専門書を大図書館から遠隔操作で取り寄せ目を通していた。歩き回る苦労はなくなったが、次は全く知識のないことに頭を悩ませる。専門書を読んだところで何となくの知識くらいしか得ることは出来ない。
少しづつではあるが確実に動き出している火山活動にルーシャは、これが異変なのか、それとも自然節理故に起きていることなのかは判断がつかない。
(これが竜の目覚めと関係あるとか?その魔力は膨大で、今の世界は魔力が枯渇している状況だってリルトも言ってたしなぁ・・・)
だとすれば、活火山だけではなく過去に活動していた火山全てを調べ直さなくてはならない。
それに世界が動くということは火山だけではない自然活動全てを調べなくてはならない。
「火山が動き出してるんだろ?それだけ分かれば十分なんじゃねーの?」
難しい顔をするルーシャを見ながらセトは不思議そうに見つめる。
「まぁ、そうなんだけどねー」
どこかもやもやしたものを抱えたルーシャはセトの言葉に頷きながらも、納得しきれない。自分よりもはるかに知識も経験もある研究員がなぜこの事態に気づかなかったのか、不思議でたまらない。彼らが来た時はそこまで火山が活発化してなかったというのも大きいと思われる。それに彼らは謎に体調を崩してこの地を去っていっている。その原因もまだ掴めていない。
この島に来て四日目であり、三日後には迎えの船が来てくれる手筈となっている。まるまる調査できるのはあと二日しかなく、ルーシャのなかで焦りが募る。
そんなルーシャの焦りを見ながらも、セトは自分に出来ることは限られていると割り切っているため、食料を取ってきたりキャンプの手伝いに専念している。
******
その日の夜、キャンプ地のテントの近くで二人は焚き火をする。夜は明かりもなく暗闇が空間を支配しており、炎の明るさは必然的に二人の心も照らす。さらに無人島では野生生物が当たり前のように生きており、夜行性の肉食獣が襲ってこないよう炎を絶やさない必要もある。
ルーシャが魔法術一式をある程度扱えるため、炎が尽きることもないし、獣よけの魔法術のおかげで襲われる確率も低くなる。セトはこんなにも魔法術というものが便利なものなのかと驚きを隠せない。
「ルーシャはどうして魔法術師になったんだ?」
純粋な疑問をルーシャに投げかけるセト。
「魔力に目覚めたからかなぁー」
その手の質問をされることはたまにある。魔法術師として協会に寄せられる依頼をこなしていくなかで、魔力を扱えない人間に何度も投げかけられてきた。特に野望も野心もないルーシャはこれといった答えを答えることが出来ない。
ただ魔力に目覚めてその世界を知ったから──そんなものだった。
「セトはどうしたいの?」
ルーシャはその質問をセトに返す。
「・・・え?」
「魔力、ちゃんと感じてるんでしょ?」
初めてルーシャはセトに踏み込む。今までセト自身のことは一切聞かなかったし、その魔力についても触れてこなかった。だが、セトは魔力に目覚めながらもその扱いが出来ずここにおり、それは魔力の暴走を起こしてもおかしくはない。誰かがセトを魔力協会へと繋げなくてはならない。
「魔力に目覚めたものは魔力協会に所属しなければならない。セトがそのことを知らなかったとはいえ、それでも入らなければならない」
ルーシャの言葉にセトは何かを考えるように視線をルーシャから外し、目の前でパチパチと音をたてて燃える焚き火をその赤い瞳で見つめる。
「魔法術師となるのか、それともその身の魔力を封じて今まで通りの生活をするのか。それはセトのしたいようにすればいい」
「・・・魔力は封じられるのか?」
驚いたようにセトはルーシャを見つめる。吸い込まれるほど赤い瞳の奥にある読み取ることの出来ない複雑な感情が向けられ、ルーシャは息を飲む。
「百パーセントの保証はないけどね。でも、望めばその道もある」
かつてナーダルにこのことを話された時、そんな選択肢があることに驚き迷った。特に魔法術師になりたい強い理由もなければ、その選択肢を拒否する理由もなかった。なんでもいいとさえ思えてしまうことであり、ナーダルの後押しがなければこうしてここにルーシャはいない。
「ヴィーダー・シュタントって知ってるか?」
ぽつりと漏らすようにセトはルーシャに問いかける。その視線はいつの間にかルーシャの顔からそらされ、闇夜のほうを向いている。
「確か一部の地域で信仰されている反魔力思想よね?」
随分前にナーダルから教えてもらったことがあった。今はこうして魔力協会が世界的権威となり、魔法術師や魔法術の認知度も高い。当たり前のようにその存在や魔力という未知の力を受け入れているが、そうではない思想を持つ人間もいるということを。
「ああ。俺の育った村やその周囲の町は、ヴィーダー・シュタントを強く信仰しているとこだった」
暗闇に注がれる瞳の中に言いようのない感情が渦巻く。赤い瞳のその奥にあるのは、恐れなのか、恨みなのか、それともまた別の言葉にできない感情なのか。まだ大人とは言えない少年が見せる感情にしてはあまりにツラい。
「俺は生まれてすぐ両親に捨てられ、ずっと遠くの寂れた神殿で孤児院の人間に拾われた」
ポツリと零すようにセトはその生い立ちを、見知って数日のルーシャに語る。
セトは物心がついた頃から、その生い立ちを生まれ育った孤児院の職員から聞かされていた。
セトが生まれ育ったのは、トルベリア国の内地にある小さな村だった。その村や周囲の集落や町も貧しい、そんな地域だった。たまたま孤児院の人間が他国を訪れる機会があり、そこでたまたま立ち寄った古く寂れた神殿で生まれてまもない赤ん坊を拾った。
その神殿はかつては立派であっただろうと思わせるほどの装飾が施され、大きさも申し分なかったが孤児院の人間が訪れた時には誰も参拝にも来なければ手入れもしていない──そんな廃れた状況だった。そんな神殿の中で一人の赤子が薄い布切れに包まれ、置き去りにされていた。
「これはその時に俺と一緒に置いてあったらしい。両親が情け程度に置いていったのかもな」
セトはそう言い、手元に置いていた黒い鞘を見つめる。
赤子とともに黒い鞘に納められたレイピアは置いてあり、孤児院の人間はこの子の親が置いていったのだろうとセトとともに孤児院へ持ち帰った。それなりの装飾が施されており、それを売れば幾分か孤児院の財源になったであろうが孤児院の人間はそうはしなかった。
セトが八歳になった時に本人に手渡し、おそらく親の形見であろうものだから大切にするようにと言われた。
「正直、あそこでの生活だって楽なものじゃなかったと思う。でも、俺はそんな暮らししか知らないし、周りだってそんなものだった」
貧しい地域であり、暮らしのことはそれ以上望むものはなかった。
「そんな中だけど、孤児院で同い年の友達がいた。グレンっていう奴であいつも生まれてすぐに捨てられてて一緒に孤児院で育ったんだ」
淡々と語ってきたセトの表情が和らぎ、その瞳は煌めく。グレンとは物心着く前から一緒に育ち、一緒に遊び、数え切れないほど喧嘩して、そしてともに生きてきた。小さな思い出を積み重ねてきた大切な存在で、彼の存在を話すセトの醸す空気は穏やかながらも活気がある。そんなセトの感情につられるように、その魔力も反応を示す。
(唯一無二の大切な友達だったんだ)
その表情と、それにつられるような魔力変化にルーシャは会ったこともないグレンという少年に思いを馳せる。
「でも、グレンは死んだ。俺のせいで」
楽しい思い出を語っていたセトは、吐き捨てるようにその言葉を呟く。それと同時に、その瞳にうつる感情が激しく滾り出し、つられて魔力も荒れる。そのあまりにも激しい魔力の流れと強さにルーシャは思わず身震いし、身構えてしまう。
ともに育ってきたセトとグレンだが、残酷な運命が待っていた。
「俺は物心ついたころくらいに魔力が感じ取ることができるようになった。ハッキリと目に見えたりとかじゃなく、なんとなく気の流れみたいなものが分かる程度だけど。使い方も魔法術っていうのは分からなかったけど、これが皆も感じ取れているわけじゃないってのは分かってた」
なんとなく周りの人間や動植物のなかに流れる力のようなものが感じ取ることができ、だからといってそれが使えるわけではなかった。
「でも、俺の育った村はヴィーダー・シュタントを信仰してた。俺は魔力が絶対の悪だ、根絶やしにしなければならない、その力を使うものは悪魔の使者だと教えこまれていた」
反魔力思想は魔力の暴走による被害者などから想起されたものだと言われているが、その思想は極めて過激とされている。魔力は絶対的な悪であり、魔法術師は許される存在ではなく、魔力協会は消滅すべき存在であると言われている。
セトは物心つく前から教えこまれていた反魔力思想を何の疑いもなく信じ込んでおり、魔力に目覚めてから自身の存在があってはならないものだと考えた。
「かと言って死ぬのは怖いし、自首する勇気もなかった」
教えこまれていた思想があったとしても、それでもセトは死ぬ事が怖かった。魔力のことを言えば確実に殺されるであろうし、下手をしたら孤児院が悪魔を匿った罪に問われるかもしれない。極たまに村の中で魔力に目覚めた者が現れることがあり、その時は見せしめのように火炙りにされる。中に宿った悪魔を取り除くためだと言われているが、実際には悪魔だけではなく生身の人間が焼死している。
「俺の村はヴィーダー・シュタントを深く信仰してた。年に一回、村民全員を魔力検査にかけて悪魔の手先がいないか確認してた」
「・・・そこまで」
セトの言葉にルーシャは思わず言葉が漏れ出る。思想がまるで絶対的な存在かのような、その行いに何も言えなくなる。思想そのものが悪い訳でもないし、その思想が生まれ人々に信仰されている背景も分かる。だが、まるで人を苦しめるかのようなその現実に冷や汗が流れる。
「幸い、俺はなんとかそれを逃れてたんだけど・・・」
セトは魔力を感じ取れていたが明確に扱えるわけではなかった。日常の中でその力を使うことは無かったし、その方法も全く知らなかった。それでも、我が身を守るために無意識のように魔力の流れを止める術を身につけた。
検査の度にバレるかもしれない、死ぬかもしれないという恐怖を感じながらなんとか乗り切っていた。
「でも、ちょうど俺が十歳のときの検査でバレた」
毎年なんとか乗り切ってきたその検査だが、その時は上手く誤魔化すことが出来ず魔力の存在がバレてしまった。未だに覚えている、あの時の恐怖と絶望感。目の前が真っ暗になり、自分の鼓動が痛いほど感じられた。
その感情を思い出してか、セトの魔力が深く強く変化する。
(・・・すごい変化。こんな魔力に当てられたら堪らない)
肌でその魔力を感じながら、ルーシャはセトの感情に従順な魔力の変化を恐ろしく思う。強い魔力だからこそ、その変化は甘く見てはいけない。
「大人に捕まって火炙りにされることになった。でも、その前の日にグレンが大人たちに直談判したんだ。何かの間違いじゃないかって、セトは悪魔なんかじゃないって」
独房に閉じ込められたセトはそのことを火炙りの日に大人たちから聞かされた。
グレンという子どもがセトのための直談判に来たこと、火炙りが決定事項でどう足掻いても覆らないと分かるとセトを逃がそうと独房の鍵を持った大人を襲ったこと。
そして、グレンはそのまま悪魔の従者と見なされ惨殺されたことも。目の前に冷たくなり、切り刻まれた親友の姿を見たセトは余りの光景に涙は一切零れなかった。その胸に宿ったのは──。
(激しすぎる憎悪)
ルーシャは静かに目の前のセトの心中を心の中で代弁する。その渦巻く感情が、魔力が爆発したかのように勢いを増す。人の手には余るほどの魔力がセトのなかで滾る。
セトは親友を殺され、その死体を見せられ激しく憎んだ──自身の魔力を、存在を、その思想とそれに魅入られたように行動する周囲の大人に。何もかもを憎む。
そのままセトの火炙りは決行される。
「でも、俺は焼けなかった。たぶん、魔力のおかげだと思う」
火炙りにされたが、その炎がセトの体を焼くことは無かった。セトは無意識に己の魔力で防衛魔法を行った。
(無意識に防御系の魔法術を使ったことと、たぶんあとはセトの魔力の性質かな)
話を聞きながらルーシャはセトが助かった経緯を推測する。セトの魔力は炎を彷彿とさせるようなもので、おそらく炎属性の魔力の性質が備わっている。その性質があるのならば、少し魔力を動かすだけで炎から身を守ることは簡単であると考えられる。
「大人たちは悪魔の降臨だと騒いだけど、俺はその隙に逃げた」
大人たちは予想外の事態にパニック状態となり、セトはその騒動に溶け込むように逃げ出すことが出来た。
それからは宛もなく、ただただ生きるために何でもした。盗みも、騙しもしてきた。逆に人買いの人間に捕まりかけたこともあったが、それでもなんとかこうして生き延びてきた。
──────────
調査の日付があとちょっとしかない!
なんて焦ってたけど、それよりもセトの話が思いのほか凄すぎた。
反魔力思想があることも、それが過激なことも知ってた。
魔力が便利なだけの力ではないこと、過去にいくつも暴走による事故を引き起こしたり、魔法術の悪用による被害が出てること・・・いろんなこと考えたら、魔力を危険視する考え方もわかる。
でも、それでもそこまで人の命を奪って、人生をおいつめてまで・・・ってのはキツいなー。
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