第513話 好きを語るには人が多すぎて・・・

 「いらっしゃいませー」


 天気は晴れ。昨日、土曜日は雨であったが、今日は絶好の仕事日和と言える晴天だ。


 秋の半ばの今の時期は、晴れの日の日中はポカポカして温かい。が、風が当たると冷たいと感じてしまうくらいには、冬を思わせてどっちつかずの気温である。


 そんな今日は日曜日で、中村家の直売日だ。


 「カズ君、私がレジやるから在庫持ってきてちょうだい!」

 「了解です」


 開店から10分経っても直売店の中は大盛況だ。今も店の入り口付近で、店内の様子を窺っているお客さんの列が見えるほどである。


 え、10分ごときで何を言っているんだ、だって?


 個人経営店で開店から10分経っても客足が変わらないってすごいんだぞ。


 どれくらいすごいかって言うと、在庫の商品を取りに行った和馬さんが行き交うお客さんたちに揉みくちゃにされるくらいだ。


 俺は自身の身長を活かして、頭上高くに持ち上げた野菜の在庫が入った箱を落とさないよう、スマートに目的のコーナーへと向かった。


 今持っているのは大根葉だ。総重量30キログラムとかなりの大容量であるが、和馬さんは筋肉と顔立ちと性格と賢さに特化している男なので問題無い。


 やべ、完璧な人間じゃないか(笑)。


 「お。なんだこのちっちゃえ大根は」

 「それは“大根葉”と言って、“間引き大根”とも言いますね」


 俺が商品を補充していると、不意に後ろから50代そこそこのおっさんから問い掛けられた。


 大根葉、もしくは大根葉は地域によって呼び名が異なり、その食し方は基本的には普通の大根と同じである。


 が、メインとなる根、つまりは大根たらしめる白い根が非常に小さいのだ。


 ではどこがメインとなるのか、無論、大根葉と言うからには大根の葉がメインとなる。


 「間引き大根?」

 「はい。大根の種を撒くとき、基本その場所に複数個の種を撒くんです。成長の途中で良い大根だけ残し、同じ箇所に生えた大根を間引きます」


 「へぇ」

 「で、その間引いた大根は、その若さから葉っぱを美味しくいただける特徴があります」


 「何して食べるん?」

 「味噌汁とか、じゃこと一緒に炒めてご飯のお供にするのもいいですねー」


 陳列をしながら対応する俺に、ふーんと呟きながら男性客は大根葉を手に取って、買い物籠の中へ入れた。


 まいどあり〜。


 「おい! 人参はどこだ!」

 「お、お兄ちゃん!」


 と、そんな中、比較的お客さんの年齢層が高い混雑状態の今に、子供特有の少し高めの声が聞こえてきたことで、俺の意識はそちらに向かう。


 振り返ればそこには昊空そら君と希空のあちゃんが居た。


 ヤンキー夫婦のお子さんたちである。どちらも小学生で、前者は相変わらず襟足が長く、後者は相変わらずパツキンである。


 毎週日曜日は学校がお休みだからか、決まってこの二人がおつかいに直売店へ来るのである。ただ今のように、ピーク時という人でごった返している時間帯に来るのは珍しい。


 希空のあちゃんの手には何も無いが、昊空そら君の手には買い物籠があり、その中にはキャベツやらカボチャやらでかなりの量の商品が入っていた。


 「こんにちは。昊空そら君、希空のあちゃん。おつかい偉いね」

 「こ、こんにちは。和馬さん」

 「人参どこだ! わざわざ買いに来てやったぞ!」


 とまぁ、挨拶を返してこないで人参を要求している男の子は、その額に脂汗を浮かべている。


 きっと買い物籠が相当重いのだろう。男の子とはいえ、小学生四年生の彼には籠いっぱいに詰め込まれた野菜は苦にしかならないはずだ。


 この子たちの母がおつかいを頼んだのだろうけど、ちょっと酷だなと思いつつ、俺は昊空そら君の問いに答えた。


 「あそこにあるよ」

 「あ、あんなところに! くっそ、重たい荷物抱えてあそこに行かなければならないのか!!」

 「頑張れ」


 人参は比較的店の入口付近の商品棚に置いてあり、今はその反対の壁側と言える位置に居る俺らだから、引き返さないといけないわけで、申し訳無さも一入である。


 俺が取ってこようかと提案したが、まだまだ陳列し直さないといけないし、店の入口付近へ向かうということは、俺の体格でお客さんたちの進行方向ながれに逆らわないといけないのだから、その提案は渋られてしまう。


 それにきっと提案しても昊空そら君のことだから断るに違いない。


 反抗期なのかよくわからないが、人の手助けを素直に受けたくない意地っ張りなのである。


 「お、お兄ちゃん、私が取ってくるよ」

 「いや! 葵さんに頑張る男を魅せられるチャンスなんだ! 俺が行く!」


 違った。反抗期とかじゃなくて、ただ葵さんにアピールするためだったみたい。


 このガキ、人の女に色目使いやがって。


 客じゃなかったらぶん殴って頭かち割ってたぞ。


 そんな俺の気持ちを他所に、昊空そら君は一人意気込んで人参を取りに向かっていった。


 希空のあちゃんはと言うと、


 「が、頑張っても意味ないのに......」

 「......。」


 兄の恋慕を応援しようとしない薄情さを顕にしていた。


 陳列を終えた俺は真由美さんと葵さんが居るレジのコーナーへと向かった。雇い主は在庫の中の商品も少なくなってきたので、一度自宅へ戻って商品作りを行っているため、直売店には居ない。


 今は割と開店時より落ち着いてきたが、まだまだ客足は絶えそうにない。レジに並ぶ客がまだかまだかと視線を前方のお会計をしている人たちに向けていた。


 俺は真由美さんと葵さんの横に並んで、3つ目のレジコーナーとして機能させた。これにより葵さん、真由美さん、バイト野郎の順でレジコーナーが設けられている。


 「大変お待たせいたしました。お次の方どうぞ」


 こうして何人かお客さんの会計を済ました後、クソガ――昊空そら君と希空のあちゃんのヤンキー小学生兄妹が会計しにやってきた。


 俺は手が空いたので、そんな二人をこちらに呼ぶことにした。


 そう、呼んだのだ。


 相手が生意気なクソガキでも、ちゃんと敬語を使って。


 それなのに......。


 「昊空そら君、俺のとこ空いてるよ?」


 いくら呼びかけてもレジに並ぶ客のままの彼であった。


 「お、お兄ちゃん! 和馬さんのとこ!」

 「葵さんに会計してもらう!」

 「お、お兄ちゃん......」


 よし決めた。バイト終わったらしばこ。


 葵さんは未だにお会計途中だ。だから今しがた手の空いた俺の方へ来るようにと呼んだのに、ガン無視である。


 笑顔で額に青筋を浮かべていた俺を見て、真由美さんが苦言を呈した。


 「落ち着きなさいな。お客様よぉ」

 「わかってますが、NTRってものが脳裏をチラついてしまって」

 「あ、あなたねぇ......」


 客が大勢居る中でも平常運転のバイト野郎を見て、真由美さんは溜息を吐いた。 


 俺は仕方なく、ヤンキー小学生兄妹の後ろに控えているお客さんに、こちらへ来てもらうよう頼んだ。


 その客も苦笑いをしながら、子供ねぇ、と呟いて応じてくれたので、助かることこの上ない。


 そしてお会計を済ませた葵さんは、次に並んでいる昊空そら君たちの買い物籠を受け取って答えた。


 「すごいね。いつもたくさんありがとう」

 「こ、これくらい当然っすよ!」

 「ふふ」


 俺は目の前のお客さんのお会計をしつつ、意識を葵さんたちの方へと向けていた。


 葵さんが厳しい一言を言ってくれれば、俺も落ち着けるんだけどなぁ。


 そのクソガキに言ってやってほしい。私はカズ君の女だから、昊空そら君の相手はできないよ、って。


 そんなことを思いながら、俺はお客さんにお会計金額を伝えた。目の前のお客さんは見るからにご年配の女性であり、常連客だから俺も顔を覚えている。


 「1200円になります。いつもありがとうございます」

 「ん。2000円でお願い」


 「かしこまりました」

 「そういえば、葵ちゃんと付き合っているんだって?」


 誰から聞いたのか知らないが、きっと真由美さんだろう。


 まだ他にもお客さんがレジを待っている状況なので会話は広げられないが、軽く答えておこう。


 昊空そら君に聞こえる程度に(笑)。


 「はい。お付き合いさせていただいてます」

 「ふふ。若いわねぇ」

 「なっ?!」


 それを聞いた昊空そら君は、急な信じ難い話を聞いて驚いた様子になる。


 知らなかったのか。滑稽よのう。


 「本当すか?!」

 「あ、あはは。......うん、カズ君は私の彼氏だよ」


 ああ、良い。その響き良いわぁ。


 葵さんの一言を脳に反芻させた俺は、お礼としてお釣りに一万円札をお客さんに渡そうとするが、真由美さんにパシッと胸部を叩かれて阻止される。


 「あ、あんな男の何がいいんですか......“どーてー”ですよ......」

 「あ、いや、その......まぁ、うん、そうだね」


 おいこら。本人がここに居るんだぞ。葵さんも素直に返事するな。


 腹癒せに、葵さんは処女だ!と、この場で叫ぶぞ?


 そんなことしたら客が増えそうだな。経営的には嬉しいけど、その客層が偏っていそうで素直に喜べない。


 「たしかにカズ君は奥手なところがあるけど」

 「じゃあ何が......」


 「でも素敵な彼氏なのは本当だから」

 「え」


 葵さんのはっきりとした物言いに、昊空そら君は唖然としていた。


 俺も客たちも、騒がしかった空間が葵さんの一言を聞いて一瞬で静かになった。そんな静寂の間と化した店内を他所に、葵さんは続けた。


 「切ない気持ちになることだってあるし、中々甘えられなくて辛くなることだってある。でも結局はいつも頼っちゃうし、私のことを理解して全部好きって言ってくれるから、私も彼が好きなんだ」


 そしてまだ続く。


 「それに仕事やプライベートに関わらず、彼と一緒に居る時間はすごく楽しくてドキドキする。カズ君と居ない時間もカズ君のことばかり考えていて、おかしくなりそうで......」


 まだまだ続く。


 「怖いよ、恋って。自分がおかしくなっちゃいそうで......怖い。でも......それ以上に幸せな気持ちにしてくれるのが、カズ君だから」


 そう言い終えた後、葵さんは急にボンッと顔を真っ赤にして、まるで正気に戻ったかのように告げた。


 「ご、ごごごめんね!! はい、これおつり!!」


 そして半ば投げやりにおつりを昊空そら君に手渡して、彼をサッカー台へと追いやった。


 昊空そら君はぽかんと口を開いたまま、これに応じてその場へと向かっていく。


 辺りを見渡せば、客たちは静かだった先程よりも賑やかになっているが、それも小声程度で交わされているもので、皆等しく顔を赤くしている。


 俺の顔も真っ赤だ。まるで発熱でも起こしたかのように、顔全体に熱を帯びている感じがする。


 原因は言わずもがな。葵さんが後先考えずに暴露したせいである。


 故に恥ずかしさが伝播しちゃったのだ。


 甘酸っぱさという名の恥ずかしさが。


 よくもまぁ、あんな小っ恥ずかしいことを大勢の人たちの前で......。


 真由美さんも手をパタパタとさせて、自身の顔をあおいでいる。娘の素直さにダメージを食らったのだろう。


 お母さん、娘さんの教育がなってませんよ。なんですか、この範囲攻撃は。


 「ッ〜〜〜!!」


 葵さんも自分でしでかしたくせに、両手で自身の顔を抑えて悶絶してるし。


 そんなこんなで、とある田舎の直売店では、束の間の甘酸っぱい営業時間を迎えるのであった。

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