第429話 呪重機廻戦

 「和馬! 今日はお前に重機の扱い方を教える!」

 「うおおぉおぉぉおおお!!! 男のロマン!!」

 「そうだ! 男のロマンだぁぁあぁぁああ!!!」


 天気は晴れ。昨晩まで続いた雨と違ってよく晴れた良い天気だ。


 梅雨に入ったからか、雨が降っては晴れの繰り返しでジメッとした暑さを感じる。気温も20度超えとやや高め。こんな時期から20度超えとは、今年の夏も暑くなりそうだ。


 ま、暑く感じるのは、なにも天気だけのせいじゃないがな。


 「あっつい上にうるさいとか最悪」


 そう悪態を吐いたのは、会長もとい西園寺 美咲さんだ。会長は暑いのが苦手なはずだが、それでも本日はご一緒にお仕事をされるご様子。


 また先程のやり取りからわかるように、ここ、西園寺家が所有する畑には、俺と美咲さんの他に達也さんも居る。


 「会長! 重機ですよ! 男のロマンですよ!」

 「ワタシは女だから興味ない」


 これだから女は......。ああー、やだやだ。機械の格好良さを知らないとか、人生の半分は損しているよ。


 と世の女性に言ったら、お花の美しさを知らない男性は人生の半分を損していると言うんだろうな。


 彼女らにとって機械はただの鉄屑であって、我ら男には花なんぞ綺麗な雑草という認識でしかないのだ。


 これが価値観の差異で、世の真理よ。


 「ま、お花が好きな女性は機械の格好良さなんてわからないでしょう」

 「花は色がついているだけの雑草だよ。野菜も食べられる雑草みたいなもんさ」

 「......。」


 こういう奴も一定数居るもんだ。


 農家の娘のくせに、作物を食べれる雑草扱いとかマジ卍る。


 「でだ、今日はお前に重機......ユンボの操縦を覚えてもらう!」

 「ゆんぼ?」

 「アレを見ろ!!」


 俺は達也さんの掛け声とともに、彼が指を差した方向を見た。


 そこには俺たちが畑に来たときから既にあった一台の重機があった。その機械の外装は深緑色で統一されており、全長4メートル超え、全高は成人男性の身長を優に超える。


 動物で例えるなら象さん。


 あ、下ネタじゃない方ね。今の和馬さんは真面目だから。


 鼻を自在に操ることを得意とした重機は言わずとも知れる......ショベルカーだ。


 「工事中の現場で一度は見たことあるだろ。油圧式ショベルカーだ。うちじゃユンボって言ってるがな」

 「こ、こんな物まで所有しているのですか?」

 「農家じゃ割と重宝される重機だ。ま、それ専門で使うとこと違って小型だがな」


 達也さんはユンボと呼ばれる深緑色の重機の近くに寄って、その装甲をコンコンとノックするかのように小突いた。


 小型? これが?


 たしかに工事現場などで本格的に作業するところでは、その用途や規模に応じて需要サイズは違うだろうけど、なにせ全長、全高、全幅が自身を遥かに凌駕するから小型という印象を抱けない。


 「掘ることは、農家にとってそんなに必要なんですか?」

 「“掘る”以外にも用途はあるが、これがあれば様々な場面で活躍するんだぞ」

 「はぁ」


 そりゃあ重機だから人間なんかよりもよっぽど効率良く作業ができるけど、そんな大々的に作業する仕事が農家にあるのか?


 まぁ、達也さんが言ってたように、掘る以外にも他の役割を果たせるらしいが。


 「さっそく説明してくぞ」

 「おなしゃす」

 「ふぁーあ」


 俺はあからさまに退屈そうな態度を取る会長を他所に、目の前の油圧式ショベルカーについて達也さんから学んだ。


 その重機はショベルカーという名から当然だが、主に“掘る”という作業で活躍する。素人の俺から見ても、それに特化した重機だとひと目でわかるからだ。


 そう思えるのは、単純にショベルカーが自由自在に動かせる“アーム”に起因する。


 「ぱっと見、“象の鼻”みてーだが、“人間の指”と言った方が無難だな」

 「......なるほど」

 「象さんの例えは下ネタ専用だし」


 誰が決めたそんなこと。まぁ、わからなくもないが。


 「一本の鉄の指は人間のそれと大差ねぇ。わかりやすく逆方向から言うと、第三関節の役割は“指の高さ”を決める。第二関節は“曲げる”か“伸ばす”かだ。第一関節は“掴む”か“放す”だな。」


 ふむふむ。


 第三関節から第二関節までの間、人間では基節部に当たるそれが......ショベルカーで言うところの“ブーム”とやらが掘る高さを決める。


 第二関節から第一関節までの中節部、“アーム”がどこを掘るのか、曲げたり伸ばしたりして調整する。


 第一関節からその先の間、末節部はショベルカーたらしめるバケットがあり、これで土かなんかを掘るのだ。


 人間のそれの仕組みと同じと言っても過言じゃないな。


 ちなみにこの重機は乗用車のようなタイヤ式ではない。キャタピラ式だ。個人的な意見だが、キャタピラほど心躍る移動法は無い。


 「んじゃ、やってみるか。乗ってみろ」

 「え、いきなりですか?」

 「実際に触った方が覚えやすい」


 そう言われた俺はさっそくショベルカーの操縦席に座った。達也さんは俺が座る付近の空いたスペースに両足を置き、間近で俺を指導してくれる模様。


 そして達也さんに言われるがまま、俺はエンジンキーを回してショベルカーを起動させた。


 エンジン音が想像よりも大きく、達也さんの大声が少し阻まれた。またその起動時の揺れが俺の身体に振動する。当然だが、今この瞬間、ショベルカーは動けるようになったのだ。


 「こいつ......動くぞ!」

 「まずはブームを動かす。右手側にち◯ぽがあんだろ。それを手前に傾けろ」 


 レバーのことをち◯ぽって言わないでくれるかな。掴みたくなくなる。


 せめて俺のパロネタをツッコんでほしかった。ツッコまずに下ネタで重ねるってどういうことよ。


 ショベルカーの操縦は主に4つのレバーを使う。両手左右に一本ずつ、座った俺の両膝前に一本ずつだ。後者のレバーは移動らしい。このレバーを前後することでキャタピラが駆動し、前進後進をなすのだ。


 上司の下品な言葉遣いを無視して俺は右側のレバーを手前に引いた。するとブームが操縦席に居る俺に近づいてきた。


 つまりブームが上がったということである。


 反対に奥へ傾けろと言われたので、その通りにしたらブームは俺から遠ざかり、鉄の指全体が下がった。


 「今度は左手側のち◯ぽだ。それを右に傾けろ。間違えても擦るなよ。俺にその気は無いからな」

 「自分にもありません」


 男相手だろうとレバーを上下に擦る仕草を見せたら、もう変態どころの騒ぎじゃないぞ。


 左レバーを右に動かしたら、重機が急に時計回りに旋回した。


 「っ?!」

 「うお」


 俺は思わず驚いて手を止めてしまったので、機体は旋回を急停止した。その反動で俺たちは若干姿勢を崩してしまう。


 なるほど、旋回レバーなのね。


 この後、達也さんの指示の下、レバーを前後に傾けたらそれに応じてアームが曲がったり伸びたりした。


 「んで、最後にもっかい右のち◯ぽに戻って、さっきと同じように前後に傾けてみろ」


 左レバーと同様、右レバーも同じく前後に傾けてみたら第一関節が動き、バケットが手招きのように動いた。


 これで一通りの操作が終わる。


 「どうだ? わかったか?」

 「なんとも言い難いですね。レバーそれぞれの役割はわかりましたが、思うように動かせないと言いますか......」

 「慣れだ、慣れ」


 そりゃあそうか。


 達也さんは指導を終え次第、一旦下りて少し離れた位置から俺の作業を観察していた。しばらく練習時間を貰ったので、俺は黙々と重機を操縦していく。無論、実際に畑を掘ることで経験値を稼ぐつもりだ。


 右のレバーを前へ、左のレバーを前へ、右のレバーを左へ、左のレバーを後ろへ、右のレバーを後ろへ、左のレバーを右へ、右のレバーを右へ......。



 *****



 「ああもう! わからん! 考えてることがぱっとできない!!」


 ショベルカーを操作すること1時間が経った。ただ畑の土を掘るだけという繰り返しだが、レバーの操作で頭が混乱していた。


 役割はわかったが、スムーズに行動に移せないのだ。旋回したいのに、間違えて右のレバーを操作してしまったり、土を掘りたいのに、間違えて旋回したりと上手くいかない。


 工事現場の職人さんは簡単そうにやってるけど、実際に操縦してみるとこんなにも難しいものなのか。


 「バイト君、まだ終わらないの?」

 「す、すみません」


 操縦席に居る俺の下へ、会長が近づきながらそんなことを問いかけてきたが、作業の進捗具合は芳しくない。


 俺の能力不足だな。1時間練習しても全然できる気がしない。


 ちなみになぜ重機を使って大きな穴を掘っているのかというと、野菜の残渣を焼却するためだ。


 人なんか落っこちたら自力じゃ上がってこれない深さまで掘り、そこにこれから頻繁に出る野菜の残渣を放り込んで燃やすことで、より安全に処理ができるとのこと。深々と穴を掘れば、その分風の影響も少ないし、予期せぬ燃え広がりを防げるからな。


 「ふーん? ワタシ、そろそろ帰ろうかな」


 こちらの苦労なんか知ったこっちゃないと言わんばかりに、欠伸をしながら会長は身支度をしていた。


 この場に達也さんは居ない。俺の練習時間中は他の仕事をするため、俺と会長をこの場に残して行った。


 会長は俺が必死に練習をしている間、日向ぼっこしながら読書をしていた。休日を満喫するのは結構だが、あんた受験生だろ。


 「バイト君って、そこそこ物覚えが良いと思ってたんだけど全然だね」


 プッツン。


 俺の中でなにか糸のようなものが切れる音がした。


 「じゃあ会長がやってくださいよ!! これめっちゃ難しいんですよ!!」


 普段の俺ならあんな挑発には怒らないんだけど、今回は操縦に困難を極めていたため、ストレスで沸点が低かった。


 俺の物言いに会長は怒るかと思ったが、


 「いいよ」

 「へ?」


 意外にも会長が俺の仕事の肩代わりをしてくれるようだ。


 冗談ですよ、と言おうとした俺を操縦席から退くように促した会長は、俺と交代で席に着き、両のレバーを数回傾けてその重機の挙動を確かめた。


 そして、


 「おおー」

 「なッ?!」


 ショベルカーのブーム、アーム、バケットは滑らかな動作で土を掘っては外に捨てを繰り返していた。


 俺なんかよりもよっぽどスムーズである。


 あ、そうか!


 「へ、へぇー。。お上手ですね」


 西園寺家が所有するショベルカーなんだ。会長が以前にも扱っていたに違いない。


 「ん? 初めてだけど?」

 「ふぁ?!」


 こんなにも興奮しない、女性の口から発せられる“初めて”はそう無い。


 う、嘘だろ。いや、会長がこんなことで嘘つくわけ無いし......。


 「なんか楽しいね。これ」

 「......。」

 「バイト君?」


 ブオンブオンと旋回して、ガッガッと土を掘っていく会長。それを少し下がった位置から眺める俺。なんとも言えない感情が俺の心を満たしていく。


 「あは、もしかしてそれ悔し涙かな?」

 「......別に」

 「悔しい? 練習してない異性に、男のロマンとか抜かしてた重機を簡単に操縦されて悔しい?」

 「......。」


 会長の恍惚としたドS顔、久しぶりに見たな。


 そう思った俺はぷるぷると震える自身の身体を、忍耐力で必死に押さえつけるのであった。

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