第264話 うおぅ。マジすか。鹿肉ですか。

 「駆逐してやる」

 「はい?」

 「この世から一匹残らず!」


 どっかに巨人でもおるんか。


 天気は晴れ。最近は暖かい日が続いていてる。そんな少しばかりの春の訪れを感じる今日の天気とは裏腹にとある畑の上では穏やかではない。


 現在、バイト野郎はいつも通り、日曜日の午前中は西園寺家でアルバイトをするのだが、達也さんがなんか男泣きをしている。


 「達也さん、一体どうしたって言うんですか?」

 「あいつらが食い散らかしやがった!」

 「‟あいつら”?」


 ここ、西園寺家が管理するキャベツ畑の上ではバイト野郎と筋肉ゴリラの達也さんしかいない。


 開始早々、むさ苦しいバイトの始まりでもある。


 「キャベツを見てみろ!」

 「?」


 そう言われて、バイト野郎は近くのキャベツを無作為に観察した。


 あ、なんかキャベツの天辺が.............


 「いや、何かに突かれたような。少しボロボロになっていますね? よく見ればキャベツ周辺の葉っぱも」

 「ああ、ヒヨドリのせいだ!!」


 ヒヨドリ? ああ、野鳥の一種か。


 「そのヒヨドリがキャベツを荒らしたと?」

 「そうだ! この周辺は雑木や電柱がそんなにねぇーから安心していたのにッ!!」

 「ちょ!」


 大体の事情はわかったから、この至近距離で応援団みたいな大声出すな。唾とか飛んできただろーが。


 なお、これが会長ならありがたくペロっとするのはここだけの秘密である。


 俺は1、2歩横に移って少しだけ筋肉ゴリラとの距離をあけた。


 「うわぁ。結構の数のキャベツが食べられてますねー」

 「マジ卍る!」


 うおぅ、俺と同じ単語使う奴居るんだ......。


 被害が出たキャベツを見ればその数は10個や20個じゃない。天辺だけ少しかじったような痕がたくさんあった。


 「急にこんなに食われたんですか?」

 「今朝来たらこうなってた。あいつら、群れでキャベツ畑を襲撃してきたんだ」


 なるほど。


 野鳥に齧られたキャベツは素人であるバイト野郎でもわかるくらい商品にはならない。きっと廃棄処分だ。マジ勿体ねー。


 「くっ。このままだと収入が減って、和馬の分の給料が出せねぇ!」

 「え、そんな無理しなくてもいいですよ!」


 「か、和馬!」

 「給料が出ないなら休日をください」


 「......。」

 「あだだだだだだ?!」


 俺の要求に達也さんはアイアンクロウで応じた。俺がボランティア活動するとでも思ってたのかな? そんな勝手な思い込みで男子高校生の頭を掴んで宙吊りにすんな。


 「くっ。このままだと収入が減って、和馬の分の給料が出せねぇ!」

 「え?」

 「くっ。このままだと収入が減って、和馬の分の給料が出せねぇ!」


 ロールプレイングゲームみたいに仕切り直してません?


 「はぁ。じゃあどうすればいいんですか?」

 「方法は三つある。まず一つ目、調査兵団に入ることだ」

 「残り二つですね。鳥獣保護法が黙ってませんよ」


 いつまでそのネタ引っ張ってんだ。男が巨人化できるのは股間だけだぞ(意味深)。


 人間が勝手に直接手を下して野鳥を狩猟してはいけないのだ。こういう日本の‟無差別な愛情”のせいで害鳥が段々増えていくんだよな。


 個人的には相手も食っていくために農作物を襲ってくるので、こっちも害を成す鳥はヤっちゃってもいいと思う。


 あ、性的な意味じゃないよ。バイト野郎だからって勘違いしないでね。


 「二つ目は和馬の給料を減らして、キャベツのロスを見逃すか......」

 「すみません、正気の沙汰とは思えないのですが」

 「愛一郎......」

 「あの、今更その愛称あだなで呼ばれても」


 ふむ。選択肢は三つあると言っておきながら残すとこの一つしかないじゃないか。


 「で、どうするんです?」


 俺は達也さんにそう聞いた。筋肉ゴリラさんは腕を組んで青空を見上げている。


 「和馬、知ってるか。目には目を、歯には歯を。鳥には鳥―――」

 「ああ、とびですか」

 「......お前って時々可愛くないよな」


 それ、同じこと葵さんや雇い主に言われるんだけど、どういう意味なのかね?


 まぁ、可愛いとか言われても嬉しくないけど。



*****



 「あ、会長」

 「ん。おはよ」


 現在、バイト野郎は西園寺家の中庭にて作業着姿の会長と遭遇した。先程のキャベツ畑で作業は一切せずに、俺と達也さんは西園寺家に戻って来たのだ。時間にして10時手前と、バイト開始からまだ1時間も経っていない。


 「達也さん、どこ行ったんですかね」

 「裏に居るよ」

 「裏に?」

 「うん」


 達也さんは帰ってきて早々にバイト野郎を放置して急いでどっかに行ってしまったのだ。指示貰う余裕無いくらいな。


 そしていつもサービス精神旺盛な会長も、今日は家業を手伝うために作業着姿なのか、セクハラソムリエを自称する和馬君に取っては物足りないの一言だ。


 ちなみに会長の作業着もバイト野郎と同じくツナギ服である。


 「はぁ」

 「作業着似合わない?」

 「え?」

 「だってバイト君、いつもみたいに胸とか足見てこないから」

 「.....。」


 それをわかっていて通報しないとか、あんた新手の風俗嬢か。実はそうなんだろ。


 さっき達也さんがバイト代減らすって言ってましたけど、会長が身体で払ってくれるならタダ働きしますよ。


 むしろこっちが払います。


 「作業着姿の会長も素敵です」

 「ふふ。ありがと。お礼に良いことを教えてあげよう」

 「?」

 「実はこの作業着、普通にワー〇マンで買ったヤツを改造したんだけど.....」


 そう言って会長は全チャックをした首元にあるスライダーをトントンと指差した。


 それがどうしたんだろ。


 「実はこのチャック、まで下がるんだ」

 「っ?!」


 そう言って会長は少し火照った様子でそのスライダーの終着駅、おま〇こ駅を焦らすようにして示した。


 しかも中指で。


 「くっ!」

 「お、興奮しちゃった?」


 会長がくすくすとドSな視線を現在進行系で直角に屈んでいるバイト野郎に向けた。


 興奮しない訳がない。なんでそんな下までチャック下げられんだよ。家業じゃ絶対必要性の無い領域まで広げるなんて意味わかんない。


 でもありがとうございます。


 「Dキス5000、ホ別で!」

 「君、ホテル行ってそれだけはさすがに勿体なくない?」

 「え? じゃあ―――」

 「ちなみにいくら積まれてもヤらない」


 くそぉぉおおおぉぉぉおおぉぉぉぉおおおおおおお!!!


 「でしたらAF―――」

 「あ、おーい! おめーら、ちょっと手伝え! って和馬、大丈夫か?」


 くそ、邪魔者が。


 俺と会長が話し込んでいたら、達也さんが家の裏から出てきたのだ。そんな筋肉ゴリラは直角前屈みの体勢になっているバイト野郎を見て心配してくるが、軽く流そう。おたくの妹に欲情したなんて言えないもん。


 「あれ、達也さん怪我したんですか?」

 「え?」

 「いや、頬に」


 よく見れば達也さんの頬、特に右肩辺りに血が付いていた。


 ちょ、怪我っすか。大丈夫っすか。


 「いや、ああー、コレは返り血みたいなもんだ」

 「.....ん? ‟返り血”?」


 え、なんの?


 「というか、さっきからなんか変なニオイしません?」

 「ちょうど裏で‟鹿”を捌いていたからな!」

 「しか?!!」


 し、シカってあの、‟鹿”?


 なんで? それも今?


 「よし、ヒヨドリに仕返しするぞ!」


 ちょ、ちゃんと俺にもわかるように説明してくださいよ!


 俺は横に居る会長に目をやった。


 「ふふ。この世は弱肉強食だ。楽しみだね?」

 「.....。」


 あ、この人、ドSスイッチ入っちゃった。

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