第217話 記憶と引き換えに従順な妹を手に入れた

 「ちょ、千沙姉! こいつをなんだって?」

 「お兄ちゃんです!」

 「はぁあ?!」


 ふむ。普段の千沙も俺のことを兄と慕ってくれるけど、まさか10年前から兄という存在に飢えていたなんて.....。


 ちなみに今も尚、バイト野郎の太ももの上には石抱きの刑により石板が積んである。もう痛みとかどっか行ったわ。


 「ち、千沙、いくらなんでも急すぎじゃない?」

 「いいえ! サンタさんに何カ月も前からお願いしてましたし、流れ星にだって逃さずに祈ってましたから!」


 サンタに流れ星。普段の千沙じゃまず聞けない戦法である。


 俺たちは先程から約10年分の記憶を忘れてしまった千沙に関して家族会議をしているところだ。


 俺は中村家じゃないけど。


 「千沙! こんな男をお兄ちゃんにするなんてお父さんが黙ってないぞ!」

 「なんでですか?! パパは関係ないでしょう?!」

 「あるよ! 大いにあるよ! だって世のサンタの正体はパパだもん!」

 「っ?!」


 サンタを信じていた子に実はパパですよと真相を明かす雇い主はどんな気持ちなんだろう。


 少なくとも俺が父親だった場合、自分からは絶対に言わない。


 「あ、あなた、今の千沙にそんな酷いこと言うなんて...」

 「某ランドのミッ〇ーの着ぐるみの中には人が入っているって言っているようなものよ...」

 「ちょっ陽菜―――」

 「えッ! そうなんですか?! し、信じてたのにぃ」


 まさかの実の妹からの追い打ちで千沙のHPは0に近い。


 「と・に・か・く! 駄目なものは駄目!」

 「パパなんて大っ嫌いです!」

 「くっ! 普段の千沙じゃ言わないからダメージが!」


 いや、今までの千沙の発言の中で一番身近なフレーズだったよ?


 まぁでも、兄を喉から手が出る程欲していたとは言え、こんな純粋なまなこの千沙に、不純でほとんど満たされているバイト野郎を傍に置くのは教育上良くないのかもしれない。


 特に情操教育でな。


 「千沙、俺はお前と血の繋がりはない。本当の兄じゃない他所の男だ。危ないから近づくんじゃないよ」

 「あ、あんた、自分で自分を危ないって......。いや、間違っていないけど」

 「自己分析が正しいというか、道徳的に適切というか......」


 犯すぞ、この貧乳と爆乳が。


 「外見は千沙でも中身は昔の千沙なんだから、泣き虫さんが一緒に居ては安心できないわぁ」

 「まったくだ。娘の貞操が心配で心配でしょうがないよ」

 「......。」


 そこまで言うんだったらこの4人はなんでバイト野郎を雇っているんだろうね。涙がちょちょぎれちゃうよ。


 でもその通りなんだ。こんな積極的になった千沙が俺に接触してみろ。外見はJKなんだし、勃っちまったら色々とお終いだ。


 間接的に女子小学生に欲情したのと同義だぞ。


 腐っても鯛とはこのことか。


 いや、良い意味でね?


 「ち、千沙は......」

 「「「「「?」」」」」

 「千沙は! 兄妹に血の繋がりは関係無いと思います!」


 最初は小声だった千沙が心に秘めていたことを暴露するように大声で言い放った。


 「仲の良さに血は関係あるんですか?!」

 「「「「「....。」」」」」


 「千沙と遊んでもらう兄に同じ血は必要ですか?!」

 「「「「「.........。」」」」」

 

 「千沙はそうは思いません! それよりも必要なのは......愛情とか、絆だと思います!!」

 「「「「「............。」」」」」


 千沙以外、全員ぷるぷると震えている。感動したとかじゃないだろう。


 水を差すようで悪いが、千沙、お前のその普段の外見でそんな無垢なこと言われてもタダの冗談にしか聞こえない。


 きっと愛と勇気だけが友達なあのパン野郎も笑い転げることだろう。


 恨むなら性根が腐っている未来の千沙じぶんを恨んでくれ。


 「くくっ.....千沙姉がそんな風に思っていたんて」

 「ち、千沙には敵わないわぁ.....ぷっ」

 「じゃ、じゃあいいんですね!!」


 ポニ娘とラスボスは笑いを必死に堪えている模様。


 しかし純粋な心の持ち主、ロリっ子千沙ちゃんはこれに気づかない。それどころか肯定と受け取っているみたいだ。


 「千沙......出会って1時間もしてない和馬君にそこまで毒されてたんだね」

 「高橋には明日早朝に去勢手術してもらおう」

 「きょせい?」


 なお、こちらの二人はバイト野郎への怒りか呆れかなんかで震えていたらしい。雇い主はキチガイなこと言っているが、今は触れないでおこう。


 「お兄ちゃんは! お兄ちゃんは千沙を妹にしてくれないんですか?!」


 千沙が石抱きナウ野郎の方へ振り向いてお願いしてきた。


 なんて綺麗な目をしているんだ。いつもの死んだ魚のような目じゃない。なかみが違うだけで目ってのはこうも容易く変わる物なのか。


 「で、でもな」

 「なんでですか?!」

 「ぐぅうぅぅうぅううぅ!!!」


 おまッ! 石の上に手を乗っけるな! 体重を乗せるな! 痛みが甦るだろ!


 「駄目ですか?!」

 「あだだだだだだだ!!」


 「どうなんですか?! ええ?!」

 「いだいいだいいだいいだいいだい!!」


 「千沙を妹にしたいですよね?!」

 「ぬぅぅうううぅぅぅうううぅ!!」


 純粋な眼でこんな拷問してくるとか、もはやサイコパスとしか思えない。ロリっ子千沙ちゃんの正体は拷問官だったか。


 「もっとぐりぐりしますよ?!」

 「妹です! 妹にしたい! いや、俺の妹になってください!!」

 「はぁはぁ......はぁ。やっと素直になりましたね」


 恫喝して言わせたことを素直って......。


 もういつもの千沙に戻ったんじゃない? 小学生からこんなんじゃきっと碌な奴にならない気がする。


 「本人から許可を得られました。これで千沙はお兄ちゃんの妹です!!」

 「ふぐっ?!」

 「「「「......。」」」」


 そしてとどめのシットオン石板。


 腰掛け感覚で兄に苦痛を与え続ける妹に、俺はこの先が不安で不安でしょうがない。


 「ま、まぁ和馬君に拘らなくてもお姉ちゃんわたしが居るじゃない?」

 「姉と兄は別です」

 「そ、そうなの?」

 「はい。ゲームに付き合ってくれたり、お外でかけっこなんかもしてくれます」

 「......。」


 お外でかけっこ。マジで千沙なのかこいつって思うのはきっと俺だけじゃないと思う。


 こんな健康意識高いと返答に困りますよね。わかります。普段の千沙がアレですもんね。


 「わ、私も一緒に遊べるよ?」

 「お姉ちゃんは“じゅけんせい”という忙しい時期なんですよね? 千沙は戸惑いを感じます」

 「......和馬君、少しの間千沙に付き合ってあげて」


 “じゅけんせい”という浅知恵のかな変換と、“戸惑いを感じる”という大人びた発言のギャップ。


 流石に姉公認となってしまった。


 「ちょっと葵。長女であるあなたがそんなんでいいのぉ?」

 「ぎゅーっと!」

 「っ?!」


 千沙はいつの間にか真由美さんの所へ行き、いきなり抱き着いた。それはいつだかバイト野郎に浴衣姿で抱き着いてきたときと同じ戦法である。


 「未来の千沙は大好きなママに抱き着きますか?」

 「えっ」

 「していないのなら今のうちにぎゅーっとしてあげます」

 「......。」


 真由美さんはその問いにしばし考えて天を仰いだ。


 『一生、親の脛をかじって生きていきます』


 『仕事ですか。なら私には関係ありませんね』


 何か千沙との思い出で葛藤しているようだ。おそらく過去の千沙と最近の千沙を比べているのだろう。


 今世紀最大の悩み顔なんじゃないだろうか。そんな気がする。


 「......しばらくは様子見としましょう」

 「ありがとうございます!!」

 「「「「....。」」」」


 きっと俺にはわからない決意がそこにあったんだ。


 「と、とりあえず、記憶を取り戻すことに専念して―――」

 「パパは......今の千沙が嫌いですか?」

 「え゛」


 千沙が上目遣いで父に問う。


 「少し前まで一緒に過ごしていた未来の千沙がどうだったのかわかりませんが、少なくとも千沙はパパが大好きです」

 「......。」


 ここで奥様と同様、雇い主は片手を顔に被せて天を仰いだ。


 『お父さんの洗濯物と一緒に洗わないでください』


 『存在が臭いです』


 おそらく、いや絶対に中村家で一番千沙の口撃を受けていたのは雇い主だ。


 「嫌だぁ。思い出さないでくれぇ。このままが良いぃ」

 「やったー!....です」

 「「「「....。」」」」


 傷んだ心が癒される言葉をかけられては、世のお父さんなんてコロッといっちまう。


 砂漠でオアシスでも見つけたかのような表情とも言える。


 だがあんたら親がそれでいいんか。


 「皆して駄目ね! 本当に千沙姉のこと想っているんだったら―――」

 「陽菜はなんだか大人な女性ですね」


 「え?」

 「千沙の知らない間にこんなに成長して....どっちがお姉ちゃんだかわからなくなってきました」


 「....。」

 「“じゅけん”で忙しいかもしれませんが、できる限り千沙が家の事を手伝うので頑張ってください。応援してます」

 「......尊いわね。しばらくはこのままでも良いかも」


 おい。


 お前、チョロインか。


 「さて! これで兄を確保できました! それではお兄ちゃん!」

 「な、なに?」

 「たくさん遊びましょう!!」

 「......。」


 ねぇ、実は記憶戻ってない?


 お前、幼少期からこんな脅しというか、ゴリ押しというか、世渡り上手だったの?


 お兄ちゃん、そんな妹が怖いよ。

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