第162話 もう帰りたい・・・
「おはざますー」
「お、新しい挨拶の仕方だな! 愛一郎」
「普通にしてよ、あっ君」
「“和馬”です」
西園寺家にバイトしに行ったら達也さんと凛さんが雨の中、傘をさして中庭に立っていた。
今日は雨。俺がバイトする日に雨とか久しぶりだわ。しかも今はまだ普通の降水量だが、午後にかけて激しい雷雨になるらしい。
それに雨雲が掛かってるからか、今日はいつもより暑くない。段々夏の終わりが近づいている気がする。
「雨降ってるが今日もトマトの収穫だ!」
「まぁ、ハウスだから雨とか関係無いしね」
「天候に左右されないのはメリットですね」
とりあえず、いつも通り仕事を再開する。健さんたちはすでに始めているらしい。後で会ったら挨拶しよう。
「おい。愛一郎、いい加減話せ」
「ちゃんと私たちがフォローするから正直にね!」
「え」
トマトを栽培するハウスに着いて早々、さっきまで和気藹藹としていたのに二人が急に真剣な顔つきで聞かれた。
いや、なんの話?
「えっと.......」
「美咲ちゃんのことだよ!」
「お前らなんかあっただろ」
と言われましても。
美咲さんとは金曜日の朝、俺がバイトが終わった際に会ってから会った覚えはない。いつも通りだったし、特に何かあった訳でもないから見当がつかない。
「すみません。何かあったんですか?」
「あ、わかんない?最近、美咲ちゃん不機嫌なんだよ?」
「ほら、金曜日に早朝バイト終わった後、一緒に登校しただろ?」
「あー、美咲さんが遠回しに一緒に行こうと誘ってきたヤツですか?」
「そうそう」
「そこまでは普通だった。いや、誘うこと自体があいつにとって珍しいことなんだけど」
「それ、会長が待ち合わせのこと忘れてて先に学校行ったんですよ?」
「え、それじゃあ、あっ君と何も無かったってこと?」
「おかしいな」
なんだなんだ。会長、なんかあったのか。二人の話を聞いていると、どうやら会長の機嫌を俺が損ねてしまったらしい。
「逆になんで自分が原因だと?」
「いやね、直接的な言い方じゃないんだけど、どうしたのか聞いたら―――」
『別に.........バイト君と何かあったわけじゃないから』
「って」
いや、その言い方だと俺が原因じゃんね。
全然覚えがないんだけど。正直、全くわからないので後で会長に直接聞こ。
「原因がわからないので、お昼ご飯を頂く際に聞こうかと思います」
「まぁ、この先ギスギスするよりはいいか」
こうして俺は午前中の分の仕事を終え、お昼ご飯を食べに西園寺家に戻った。
ちなみに、今日は一日中雨なので中村家での午後の仕事は無くなった。つまりバイト野郎は半日暇になったのだ。偶にはゆっくり休もうかな。
「高橋、お邪魔しまーす」
「お疲れ。昼ご飯はチャーハンだ」
「いつもありがとうございます」
家に入って早々、廊下でエプロン姿の会長さんと会った。対応は......普通だな。なに、いきなり聞かなくてもいいでしょ。後ででいいや。
俺は手を洗ってから昼食を摂りに居間に向かった。もう皆、会長が作ったチャーハンを食べ始めていた。俺も続いて「いただきます」と言い、チャーハンを口にした。
「「「「「「............。」」」」」」
なんで皆無言。
健さんと陽子さんはテレビの近くに座っているからずっとテレビを視てるし、達也さんたちはずっとチャーハンに目を遣って、他所を視ようとしない。
こんなに静かなのはやはり会長が原因なんだろうか。
なら早いとこ聞こうかな。
「ちゃ、チャーハン美味しいです」
駄目だ。緊張してきた。さっきまで軽いノリで聞く気だったんだけど、この状況がなんか気まずい。
「普通のチャーハンだよ」
「そ、そうですか? お店のようにパラパラしてて美味しいですよ」
会長、普通じゃね? 無視するわけでもなく、嫌味を言うわけでもない。普通な気がしますが。
「っ?!」
と、横に座っている凛さんが正座している俺の太ももを軽く抓ってきた。
「早く聞け」、きっとそういう意味なのだろう。
「こ、このキュウリの
すみません、抓らないでください。なんか言い出しにくいんですもん。
「? そっちは母さんが作った」
「美咲じゃなくて悪いね」
「い、いえ! 純粋に美味しいと思います!」
バイト野郎の『とりあえず料理を褒めて機嫌を直してもらう作戦』でいける思っていたが陽子さんにいっちまった。いや、美味いんだけどさ、この糠漬け。
「.......少し塩気をきかしたいな」
そう言って会長は食事中に塩を取りに台所へ向かった。その好機を逃さまいと残り4人が俺に睨んできた。
「早く聞きなって!」
「ぐだぐだしやがってよぉ! 見損なったぞ、和馬!」
「次こそはちゃんとね!」
「
「え、どこがですか?」
いや、普通だったよね? もういっそ時間が解決するだろうって思えるくらいはさ。
「どこ見てたんだ?! チャーハン食っているとき、スプーンを持つ手が利き手じゃなかっただろ!」
「はい?」
「あいつ、機嫌悪いと逆の手で食うんだよ!」
わっかんねーよ。そんなとこ見ねーよ。
なんだそれ。なんで機嫌が悪くなると利き腕じゃない方で食うんだよ。知らねーよ。
「美咲ちゃん、気を紛らわそうと普段慣れてない事し始める癖があって―――あ、来た!」
「頼むぞぉ、和馬ぁー」
と言われましても。
塩の入った瓶を取ってきた会長が席に着いた。
「「「「「............。」」」」」
「...........会話」
「「「「「っ?!」」」」」
「聞こえてたよ。あんな大声出してたら普通に」
おい、余計気まずくなったぞ。どうすんだこら。
「「「「「............。」」」」」
よし、腹を括ろう。
「か、会長―――」
「バイト君。金曜の朝、駅付近で話していたあの女子高生は誰だい?」
「え」
会長が言いかけた俺の言葉を遮って、鋭い視線を向けながら聞いてきた。
怖ッ。
駅付近で誰かと会ったけ? あ、たしか仮病で帰ってきた千沙と会ったな。なんでそんなこと聞くの。
「....おそらく、その人は自分の妹じゃないですか?」
「え、妹居たの?」
「せ、先月から」
「......複雑な家庭なんだね」
何か勘違いしてないかな。
でも、妹ができた理由を話す気にはなれない。説明長くなりそうだし、面倒だからね。なに、今度会長が千沙と会ったときでいいだろう。
というか、千沙とは面識無いのかな。
「ふーん。そう........」
会長はそう言ってスプーンを持つ手を変えた。
利き腕がどっちかわからないけど、今左手から右手に移したってことは機嫌直ったってこと? わかりにくっ。
言われてみれば、たしかに会長の表情が和らいだ気がしないでもない。
「ご馳走様でした」
「お粗末様」
俺が手を合わせてそう告げたら会長が返答してくれた。さて、会長の機嫌も直った(?)ことだし皿を下げて帰るか。
「ところで、和馬」
「?」
「この後も雨が激しくなるが、
健さんが午後の予定の事を聞いてきた。
「いえ。大抵雨の日はバイトが無くなります」
「お。なら午後もうちで働くか?」
「ちょっとあんた。そんな急にやめなさいよ」
「そうだよ、お義父さん。最近、彼を頼ってばかりなんだから少しは休んでもらわないと」
なんか悪天候のときに限って休みになるって変な気分。だって稼いだ金で遊び行くこともできないんだぜ?
デリヘル嬢でも呼ぼうかな。あ、いや、この雨の中じゃ
まぁ、午後に予定なんか無いし、頼ってくれるなら働こうかな。
「いえ。午後の予定は特に無いので―――」
「それは駄目だ」
なんか会長が乱入してきた。
「彼には午後、ワタシに付き合ってもらう」
「え」
「豪雨の中、いくら屋根のある場所でも午後まで仕事なんてバイト君が可哀想じゃないか。ならワタシに付き合ってよ」
付き合うって何すんの。他の4人は「お、おおー、大胆......」って馬鹿なこと言ってるし。
「それにそろそろ中間試験だ。勉強会を開こう」
「いや、俺、この通り
「それは汚らしいね。一度家に帰って着替えて来て」
「さっき『豪雨の中、可哀想だ』って言ってませんでした?」
さっきまで無口だったくせに、急に無茶ぶり言い始めてきたぞ。
俺は4人に助けを求めた。
「まぁ、なんだ。少しだけ美咲に付き合ってくれ」
「雨だし、家まで軽トラで送ってあげるから」
「茶菓子どこにしまったっけ?」
「そんな畏まったもんじゃなくてポテチとかポッキーでいいだろ」
............誰も味方してくれないんですけど。
さっきまで会話していた会長に視線を戻すと、何が楽しいのか、微笑みながら俺に言ってくる。
「ふふ。諦めて?」
「......あい」
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