第146話 緊張とリコピン
「ひ、広ぇ.....」
「農家なんてどこもこんなもんだ」
天気は晴れ。今日は日曜日で、今はバイト開始時刻の8時半である。いつも通りだが、今日は場所が違う。
「こ、このだだっ広いハウスの中にはトマトしかないんですか?」
「そうだ。中村家とは違ってうちは市場や直接契約している店に出荷するから量が必要になる」
そう。今、俺は例の西園寺家でヘルプバイトをしに来たのだ。
バイト野郎がいるこのトマト畑はビニールハウス栽培と呼ばれる、施設で作物を育てる栽培方法だ。この場所まで西園寺家から案内してくれた健さんがニカッと笑って俺に説明してくれた。
俺と健さんは道中、簡単な仕事内容の確認をする。
「と言っても。和馬、お前にやってもらいたいことは市場に出荷する方の準備ではなく、契約している飲食店に使われる野菜を収穫してもらいたい」
「え」
「時間が余ったら.....そーだな、中村家でうちの野菜の一部を売る話があったし、好きな野菜を収穫してくれ」
「ちょっ!」
「和馬が採った物は後で確認するから終わったら呼んでくれ」
「待ってください!」
なんでだろう。農家の人って皆、こんな感じで投げやりなのかな。
「いや、いきなりそんな大役を任されても.....」
「まぁ後で確認するし」
「でも.....」
「なに、ちゃんと教えるから平気だ」
健さん.....。
俺は健さんに言われるがままハウスの入り口付近まで向かった。収穫に必要な道具はすでに現地にあるらしい。
ハウスの入り口まで行ったら達也さんと女性が二人が居た。どうやら俺たち二人を待っていてくれたみたいだ。
「あ、来た来た。おはよう! 和雄!」
「“ま”です、“ま”。和馬ですよ。おはようございます、達也さん。それと.....」
俺の名前を間違えた達也さんを指摘しつつ、初対面の他の女性に挨拶をしようとした。うち一人は健さんの奥さんであろう女性だ。
「おはよう。
「よ、よろしくお願いします」
「わからないことがあったら何でも聞いてよ?」
「あ、じゃあ、なんで“変わり者”なんでしょうか?」
「農家でバイトしたいなんて言うのが正気とは思えないから」
「....さいですか」
そんなに変かね? 高校生100人中1人くらい農家でバイトする学生いるでしょ。
....いねーか。そんな奇異な目で見られたら、そんな気がしてきたわ。
俺は陽子さんに軽く挨拶した後、もう一人の比較的若い年代の女性の方を見た。ちなみに美人だ。達也さんの妹かな?
「おはよ。
「え、奥さん?! 達也さんの?!」
マジ?! こんな美人さんが奥さんなの?! ずっる。
「はは。和馬、あげないぞ!」
「もうっ! 私は元から達也以外の男には眼中に無いって!!」
「おいおい。俺なんか筋肉しか取り柄が無いぞ?」
「それしかなかったら結婚しないし」
「あ、もう一個あった」
「なに?」
「お前への不変の愛」
「もうっ!!」
秒でイチャつきやがって。耕すぞ。
「ごっほん!!」
陽子さんが強めに咳払いした。
「っ?!」
「あ、わり」
「がははは! 熱いねぇ! とりあえず達也と凛ちゃんは和馬の面倒をみてくれ」
「え」
「わ、わかった」
「未来の子だと思って教育しよう!」
「名案じゃねーか!」
「え、えぇー」
普通に教えてよ。なんで未来の子に教える感じなの? 試しに我が子に教えたいってか。なら
そう言い残し、陽子さんと健さんは他の仕事にしにこの場を去った。
「じゃ、さっそく仕事に掛かるぞ! 愛一郎!」
「いや、ですから“和馬”ですって。誰の名前ですか....」
「“愛一郎”って男の子が生まれたときの名前だったね」
「『俺たちの間にデキた子』というていでな!」
「そっから?! 仕事教えるだけで良くないですか?!」
「じゃあ“あっ君”、まずはハサミを持って」
凛さんまで....。二人共テンション高いな。
というか、なに、“あっ君”って。
「はぁ......」
「お? 仕事する前にため息とは。これは『お尻ぺんぺん』の刑だな」
勘弁してくれよ。この歳でそんなの公開処刑どころの騒ぎじゃないよ。
愛一郎こと和馬君は二人にしばらくの間、収穫の仕方を教わる。中村家でもトマトの収穫は何度か手伝ったことがあるが、あっちでは完熟トマトを直売店に出すのに対して西園寺家ではまだ赤くない時点でのトマトを収穫するらしい。
そこの農家がどこに出荷するかによって、貯蔵時間を考えての収穫基準になるのだ。バイト野郎にとって難易度は高めである。
「で、これくらいの色のトマトを採ってね」
「わかりました。まだ赤くないですね」
俺は二人からそのトマトの収穫の仕方を教わっているところだ。凛さんが試しに収穫したトマトはまだ全然赤くない。こんなんで良いのだろうか。
「この状態なら1日で赤くなるよ」
「こ、これで?」
「午後に契約している飲食店の人が野菜を取りに来るから、熟しているトマトを渡すとあまり日持ちしないし、これくらいがちょうど良いんだ」
「ほらトマトの下半分を見て。ここが上半分より赤ければ、収穫してからだんだん赤く熟していくんだ」
「あ、ほんとだ」
「いわゆる“追熟”ってやつだな」
葵さんから聞いたことあるな。たしか以前、葵さんと一緒に収穫したカボチャもすぐには売らずに、常温でしばらく放置していた。“追熟”と呼ばれる『後から熟す』効果があるらしい。トマトもそうなのね。完熟しか採ったことないから知らなかったな。
「なるほど。ありがとうございます」
「まぁ、後で確認するし、失敗を恐れずに挑戦するんだぞ! 愛一郎!」
「あっ君、頑張って!」
二人の教え方はとってもわかりやすくて後学のためにもなるから最高な職場環境なんだけど、“愛一郎君”と呼ぶのはやめてほしい。
「まだ教わったばかりだからリコピンを感じれないが、そのうち微量なリコピンオーラすら感じ取れるからな!」
常人は収穫に慣れようが慣れまいがリコピンを感じ取れませんよ。なんだ、リコピンオーラって。
「ほら、耳を澄まして」
「葉に隠れているトマトが俺たちを呼んでいるぞ!」
「......。」
二人は何かキメているのだろうか。バイト野郎、心配である。
「「ここだッ!!」」
二人はそう言って、葉がたくさんなってそこに埋もれていた先程のような色のトマトを収穫した。見えていないはずなのに、よく収穫できたな。
「....わーお」
「な? ポイントはトマトを愛することだ」
「達也、そんな根性論じゃわかんないよ。リコピンの流れを感じなきゃ」
どっちも
これから西園寺家で働いていけるのだろうか。不安でいっぱいのバイト野郎だった。
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