第68話 新鮮なキュウリはとげの量で選べ

 「このくらいの大きさのものをとってちょうだい」

 「おけ」


 今日も晴れ。最近、天気が良くて仕事がよく進むのなんの。時間帯は昼過ぎで、今朝から野菜を収穫している。8月上旬だからか、気温も34度と暑すぎて干からびそうだ。ツナギ服など長袖を着ているからかもしれないが。


 ちなみにバイト野郎、まだ夏休みに入ってから休みを1日ももらっていない。住み込みバイトとはどこもこんななのかね。


 「ときどき曲がったやつがあるんだけど、どうすんの?」

 「それは収穫したら別の箱に入れて」


 俺は陽菜と一緒にキュウリの収穫をしている。明日が直売店を開く日だから、売るものを収穫するためだ。このあとインゲンも収穫する予定である。


 しっかし久しぶりだなぁ。陽菜と仕事するのはいつ以来だっけ? こいつは中村家の中でもすごく気がするから話しやすい。明るい性格だからか、親しみやすいんだよね。あと面白い。


 「なんか陽菜と仕事すんの久しぶりな気がする」

 「奇遇ね、私もよ。なに、寂しかったのかしら?」

 「うん」

 「っ?!」


 このように返答によっては顔をすぐ赤くするので見てて飽きない。ポイントはこちらが恥ずかしい発言をする際、恥ずかしがっちゃいけないことだ。相手だけ恥辱の刑にするってことだね。


 「そ、そう。よかったわね、今日はずっと一緒よ? 感謝なさい」

 「そうだねー。大好きー」

 「ちょっとテキトーじゃない?」

 「冗談だからな」

 「ぶっ殺すわよ!!」


 あははは。たのすぃっ。陽菜、いいのかそんなんで。彼氏以外の男に愛の告白されて顔赤くしちゃいけないだろ。彼氏に詫びろ。そして爆ぜろ。



 俺らはそんなこんなでキュウリをどんどん収穫していく。


 「キュウリってすごいトゲあんだな」

 「まぁスーパーで売られているやつはどうしたって鮮度が落ちるからね。そのぶんトゲも大したことないのよ」


 へぇー、新鮮さってトゲの量で見るんだ。ちくちくしてくすぐったいくらいだし。そんな気にしないけど。


 ちなみにこのキュウリ畑は以前、葵さんと片付けた方のキュウリ畑じゃない。いろいろな畑に野菜を手分けして育てているから、同時期に2、3か所の畑から同じ作物を収穫できることがある。


 ポイントは各野菜の苗を、時期をうまくずらして植えることだって。そうすることで継続的に収穫ができて、売り物の数に困らないらしい。意外と考えてるんだね。大変そう。


 「そういえば、今朝、なんでお前が俺の枕持ってたの?」

 「ぎくっ」

 「(千沙のせいで)朝、眠くて頭が働かなかったけど、普通は葵さんだよね?」

 「そ、そうね、そのはずよ」


 なに「そのはずよ」ってお前本人のことだろ。まぁ陽菜はこう見えてめちゃくちゃ気が利くから回収してくれたんだろ。いつも地味に助かってます。


 葵さんとは今朝会えなかったんだよな。なんでも身体の調子が良かったらしく、早起きして仕事に取り掛かったんだと。マッサージのおかげかな。そうだといいなぁ。


 それに昨日のことが恥ずかしかったんだろ。あぁ、でもドSな葵さんも最高だった。当分のオカズには困らないね。


 「それになんかめっちゃ甘い匂いしたんだよね」

 「っ?!」


 「いやぁあの匂いって葵さんが持って帰ったから、葵さんの匂いだよなぁ」

 「そ、そんなに匂いしたの?」


 「ああ、もうすごいよ。一晩部屋に置いただけであんなに匂いが付くとは」

 「.....そう」


 なにどうしたの? 顔赤いよ? 怒ってんのかな。でもそれならいつもの陽菜なら、人のニオイを嗅いだ俺に「変態っ!!」とか言うくせに。今日はおとなしいですね。女の子の日ですかぁ?


 「まぁ、さすがに夜んとき部屋に戻ったらニオイとれてんだろ」

 「へ、へぇ。ちなみにどうだった?」

 「え、ニオイの感想?」

 「うん」


 本当にどうしたの? 怒るどころか、ニオイの感想を聞くって。なんか変なものでも食ったのだろうか。こっちが不安になってくるわ。


 「そうだなぁ。良い匂いなのは変わりないんだけど」

 「っ?!」


 顔を赤くする陽菜。やっぱ怒っちゃった? 葵さんのニオイ嗅ぐ奴なんて、ドン引きだよね。


 「千沙の匂いを至近距離でずっと嗅いでいたから、慣れた(?)感じ」

 「なっ?!」


 こう言っちゃなんだけど、昨晩、千沙に膝枕をずっとしてもらえたので女の子特有の匂いは嗅ぎ慣れた。いや、まさかあんなデレ方してくるとは思わなんだ。おかげで寝不足だよ。でもありがとうございました。母親以外で初めての体験となりました。


 ちなみに昔、母親にしてもらったことがあるのは耳かきの時でございます。加減を間違えたのか、棒の先端でガリッと思いっきり耳の中やられて以来、耳かきの自立を覚えました。


 「ちょっ! それどう言うこと?!」

 「昨日の夜、千沙にゲームを付き合わされた時にね。まさか膝枕してくれるとは」

 「ほっ。抱き合ってたんじゃないのね.....じゃなくて、膝枕っ?!」


 ここにきてようやく火がついたのか、陽菜が驚いた声で言ってくる。そりゃあお姉ちゃんがバイト野郎に膝枕したんだし、関係疑っちゃうよね。でも千沙あいつのことだ、終始、兄妹なことに変わりないよ。


 「やっぱびっくりするよね。あの、“世界は私を中心に回っている”と思っている千沙がデレるなんて、考えられないよな」

 「最っっ低っ!!!!」

 「え」


 激おこぷんぷん陽菜、降臨だ。


 「そうやって女の子の太ももクンカクンカしてたのね! ほんっと変態よ!! 滅べっ!!」

 「ほ、滅べって...」


 クンカクンカとか言う女子初めて見たわ。いるんだな。下品な奴め。


 たまにはご褒美があってもいいじゃないか。毎晩毎晩ゲーム地獄なんだぞ。生まれて初めてだわ。ゲームに恐怖心を抱いたことなんてな。


 「なんだよ。別に陽菜に関係ないだろ」

 「くっ! そうだけど! あんた私がす、すすす好きなんでしょ?!」

 「そうだけど? ってかお前、彼氏いんじゃん。なに他の男に好きって言われて気にしてんの?」

 「あっそうだった!!」


 なんだ「そうだった」って。彼氏、可哀そ過ぎない? こいつあなたのこと忘れてましたよ? 寝取っていいですか?


 「ああーもう! 今はどうでもいいのよ、そんなこと!!」

 「開き直ったな」

 「開いてすらいないわよ!!」

 「いや、まったく意味わかんない、それどゆこと?」


 今日の陽菜は情緒不安定ですね。あ、でもこうして陽菜が怒っている理由わかったかも。


 「なるほどな。陽菜、お前の気持ちはわかったよ」

 「え。嘘でしょ。本当?」


 「ほんとほんと」

 「まままま待って、これには深い訳があるのよ!!」


 「わかってるわかってる」

 「そ、そんな急すぎるわ! 隠してた私も悪いけど、心の準備がぁ!」


 「つまりあれだろ最近、彼氏とうまくいってないんだろ?」

 「それでも、私も好きだから!! これからも末永く―――え?」

 「おっ。ずっと好きだったのね。良いことじゃん」


 もしかすると最近、彼氏とうまくいってないのかもしれない。童貞バイト野郎は恋の天使キューピッドになれないが、相談くらい乗れるよ。なに、俺たちの仲じゃないか、素直に協力するよ。


 「喧嘩や言い合いなんてざらだよ、ざら。彼女作ったことないけど、喧嘩するほど仲が良いって言うしね」

 「...。」


 「俺も微力ながら協力するからさ」

 「.........。」


 「あ、そうだ。この前、納涼祭のビンゴゲームで映画のペアチケットもらったんだ。あげるから行って来いよ。俺には必要ないしな」

 「........える」


 「いやぁうらやましいけど―――ん? なんつった?」

 「帰るっ!! このクソ筋肉変態鈍感眼鏡っ!!」

 「え」

 「勝手に滅んで消えろ!!」


 そう言って、ブチ切れた陽菜は俺を置いて帰った。ありったけの悪口を言い残して。


 つうか、“クソ筋肉変態鈍感眼鏡”って、見事に俺の代名詞だよね。鈍感は知らんけど。


 「え、えぇー」


 収穫したキュウリが入った大量の箱と、怒られた俺は畑に置いてけぼりにされた。


 「ま、まぁ気にしてもしょうがない。インゲンでも採ってるか」


 意外とメンタル強い俺。なに、こんなことでめげないさ。いつものことだし。


 「可愛い子にはトゲがあるって聞いたけど、キュウリおまえみたいだな。時間経ったらトゲなくなんないかな」


 なぜか収穫したキュウリに聞いてみた。返事はない。当たり前だ。そんな俺の声はキュウリ畑に空しく響いた。

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