はじめてのおつかい②


 少しぎこちない歩き方で街へと辿り着く。

  右手には皮袋に適当に摘んできた三種類の花。

 左手には、得体の知れない浣腸モグラ…マジなんなのこれ。

  なんでケツばかり狙ってブッ挿してくるんだ?この尖った鼻で。

  どういう本能で動いているのか、気になった。

  だから捕獲したとも言えるし、単純にブサカワだからとも言えた。


  「もっきゅぅぅぅぅぅぅ」


 気絶しながらも変な声を漏らしているモグラもどき。

  それを見つつも街中を歩いてメゼ婆さんの家まで辿り着いた。


  「ただいま戻りましたー! メゼ婆さんいますか?」


 と、声を出しつつドアをノックして少し待つと、ドアがゆっくりと

  開いた。そのまま俺は中に入ると皮袋を開いて見せた。


  「花の詳細聞き忘れてて、これに混ざってます?」


 ゆっくりと近寄り、皮袋を覗き込むと、どうやら当たりを

  引いていたようで、一安心。


  「ふむ。どうやら地中鳥にてこずらなかったみたいだねぇ」

  「いやいや!! てこずるどころかブッ刺されたよコイツに!!」


 短い足を掴んでいた左手を上げてソレを見せた。


  「おや。それは良かったねぇ」

  「なんでそうなんの!?」


 迷信。先に結論を言うとソレだろう。

  アレにケツを刺されると、一年の無病息災が約束されるとか。

 尻にネギぶち込んだら風邪が治るとかいう民間療法より過激さだ。


  「まぁ、お主なら刺されずとも無病息災じゃろうがね」


  「いやいやいや。病気も怪我もしますって…」


 メゼ婆さんの中では、どんな超人なんだよ俺はー…。

  ともあれ、依頼達成したようなので、早速過去を見ると言う力の

  初体験となる。どんなだろ録画的なものなのかな?


 メゼ婆さんに言われるがまま、椅子に座る。

  それから黙ってメゼ婆さんの行動を見つめている。


  「この、白い花に秘伝の粉末をかけるとね、

    見たい者の過去を垣間見る事が出来る…」


  「ほぉ…。どんな風に?」


  「じきにわかるよ…そう、今すぐに」


 そういい終わると、強烈な眠気にも似た感覚に襲われ、

  意識が一瞬断たれた。けれどすぐにメゼ婆さんの声で

  目を覚ました。


 周囲を見回すと…やたらと広い木造の建物の中かな?

  4人の老人に俺達は囲まれていた。


  「これは…?」


  「これはのう…ルイから笑顔と信じる心を

    奪った、ワシの過ちの記憶じゃ」


 え? 今、笑顔を奪ったとか…。いやいや、めっちゃ笑顔

  だったよ? 今のルイとメゼ婆さんの言うルイ。

 その二つの大きな違いに首を傾げて尋ねた。


  「ん。それはヨウタや。お主だからじゃ。

    お主が幾度も出会い、ルイに笑顔を取り戻してくれた」


  「まじすか…。じゃあもっと笑わせないといけないかな」


 それに対し、メゼ婆さんはクスリと笑う。

  そして、自分自身の過去だろう老婆を指差した。


  「む。メゼ婆さんが二人…ああ。過去の」


 それから暫く、老人達の会話に耳を傾けた。


  「さて、これより賢人会を始める。

    議題は、次代の[風凪(かぜなぎ)]の候補者であるが…」


 白髪を腰まで伸ばし、いかにも神官という出で立ちの男が

  長く蓄えた白髭を右手で撫でてそう言う。

 それに続けるように、周囲の老人達より少し若いのか、

  茶色に白髪の混じった頑健そうな男性が口を開いた。


  「それならば我がビスマルク家の長女、

    ミレイ・ルーク・ビスマルクが最も相応しい」


 うわー…俺が嫌いな貴族っぽい。

  お家の事しか考えて無い矜持だけで物事を考える

  ある意味で脳筋なお貴族様だ。


 それに相槌を打ちつつも、やんわりと他の候補者の

  名前も挙げる髪の無い爺さん。というか、

  全員が全員、似たような神官服着ているな。


  「うむ。ビスマルク殿のご息女であるなれば、

    これ以上はありますまい。が、然し。

   ルイ・ルシアンルールはそれに勝るとも劣らぬ才覚

    の持ち主」


  「[夢幻召喚]確かにその一点なれば、

    ルイ・ルシアンルールも我が家の長女に比肩されよう」


 夢幻召喚? それがルイの才能なのだろうか。

  ビスマルクという名のお貴族様は訝しげに問う。


  「然しながら、精神面はいかがかな?

    所詮は下民の娘。精神面なぞたかが知れている」

  

 かぜなぎ。というお役目かな? それに就く者の候補者を

  決めていると言う事は理解した。それの必須科目が召喚。

  加えて精神面も強くなければ…なのは良いが、

  このオッサンは腹立つな。何この見下して決め付けた感じ。


  「待たれいビスマルク殿。それは失言。

    訂正を求めたいのじゃが」


  「メゼか。貴様は元々この国の者では無いと聞く。

    そんな貴様が風凪の、禍つ風の何を知る!?

    下がれ、身の程を弁えろ!!」


  「面白い事を言うのう。ならば問おうかねぇ。

    禍つ風は何を欲し、今、まさに、何を、見ているか」


 何やら険悪な雰囲気になりつつある。

  そんな中、ゴホンと咳払いしたのは、最初に発言した老人。


  「うぉっほん! 双方、少し頭を冷やすがよい。

    三絶が一、禍つ風。その意思なぞ計り知れぬは道理。

    ただ最良、ただ最善。それを尽くさねばならぬ」


  俺はこの時、メゼ婆さんの方を見て、

   面倒くさい奴を相手にしたもんですね…と、

   共感を口にした。


  「じゃろう? ビスマルク殿は家の事しか考えぬでのう」


  「うわー。じゃまくせぇ。何でそんなのが

    賢人会とやらにいるんだ? 賢い人の会だよな?」


  「…この街で指折りの権力者じゃからな」


 あー。成程。で、この自己中っぷりというわけか。

  家の名誉というか、ステイタスを上げる為に

  自分とこの娘を強く推してるのかよ。


 納得し、この続きに集中する事にした。


  「最善ならば答えは出ておるだろう?

    …引退でもしたらどうかね。長老」


  「暴言は控えよ。ビスマルク殿。

    このルイジニアスまだまだ現役。衰えてはおらぬ。

   …今回はここまでにしよう」


 コイツ外してぇ! めっちゃ外してぇ!!

  俺だったらもう殴りかかってるよ。


 腹の底から湧く嫌悪感と怒り。なんなんだこいつ。

  そして、それを華麗に流す長老さんのメンタルすげぇ。


 と、嫌悪と尊敬という両極端を同時に味わう。

  そんな俺の視界が暗転する。場面が変わるのだろう。


 …見た事のある場所だと思ったら、メゼ婆さん家の井戸の前だな。


   「ねぇババさま。げんきないけど、どしたのー?」


 水色の髪の少女というか幼女。ルイかな。

  この時は肩ぐらいまでの長さだったんだな。


   「そうじゃなぁ。ワシも歳なのかもしれぬ」


 酷く疲れた顔で小さいルイの頭を撫でているメゼ婆さん。


   「ルイや。風凪になりたいかい?」


   「うん! まがつかぜも、おともだちになるの!」


 おいおい。凶悪無比の化物なんだろう?

  そんなモンと友達になれるはずが…。

 同じ感情を抱いたのか、昔のメゼ婆さんが目を見開いた。

  ただただその目には驚きしか見て取れない。


   「なんと。友達…。そうじゃのう。

     夢幻において禍つ風程の者もおるじゃろう。

    お主なら可能かもしれぬな…」


   「いるよーっ! なんだったかな…」


   「ほう。それは、どのような強者じゃろう」


   「えっとね…」


 ルイが空を指差すと、メゼ婆さんも釣られて大空を見やる。


   「雲?」


   「うん! くも! つばさのはえた、おっきなとかげさん!」


   「それは、竜族じゃな。名前は?」


   「んー。ながい名前なのー。


     じんりゅうおうらいぜんぶぁるど!」


 子供の発音で聞き取り難い。


 じん竜王、ライゼンぶぁ…ヴァルドかヴォルドかな。

  じんが神なのか、迅雷の迅なのか、刃なのかは不明と。


   「竜族の王。それは、凄いのう…」


   「すごいの! すごいかっこうつけたがるの!

     すごいへんなのに」


 凄い変に格好つけたがる? 


   「やはり、就くべきはお主じゃろうな…」


 戸惑いを一瞬見せたメゼ婆さんが、またルイの頭を撫でた。

  

 その一部始終を見ていた俺は既にルイで確定でいいんでね?

  と、思う。余りの無邪気さに禍つ風も毒気を抜かれそうだ。


 微笑ましい光景を見ていた俺に、隣に居るメゼ婆さんが話しかける。


   「ヨウタや。権力とは力。数とは力。

     この街では絶対者と言っても過言では無い」


   「あー、判る。めんどくさいよな。

     権力に溺れた薄汚い奴って。出来れば相手にしたくない」


   「お主の世界にもやはり在る…か」


 そう言うと、黙り込み、再び暗転。


 今度は…街中? 石畳が敷き詰められた大通り。

  そこに…あれ? なんでこうなった?


   「なん…だこりゃ。なぁ婆さんなんだよこりゃ!!!」


   「すまぬ。過分な力の介入を拒んだワシの過ちじゃよ」


   「そんな事は聞いてねぇ!! なんで子供のルイが

     頭から血を流して泣いてんだって聞いてんだよ!!!」


   「…情報操作、いや。流言じゃな」


 流言? まさか、まさか。あのオッサン…。


   「子供相手に流言なんてクソな手を使ったってのかよ!!!」


   「すまぬ。守うてやれなんだ。ワシは…」


 酷く悲しい顔をして、目に大粒の涙を溜めてルイを見て

  ただただ謝り続けるメゼ婆さん。


   「何で、守れなかったんだ?

     介入を拒まなければならない程の力ってなんだよ!!」


   「それは、言えぬ」


   「見捨てたってことじゃねぇか!! あんなに懐いてた子供を

     見捨てたって事じゃねぇかよ!!!」


 思わずメゼ婆さんに掴みかかり、怒鳴ってしまうが、

  我を取り戻し、すぐに謝った。


   「良い。そう言われても仕方あるまい」


 ただ後悔を口にするメゼ婆さんは、俺の目をジッと見つめる。


   「ヨウタ。異界の客人(まれびと)よ。

     お主なら、どう抗う? どう戦う?

     力しか知らぬのだ、ワシは」


  答えが見つからない。その答えを異世界人の俺に求めたのか。

   その声は弱々しく震え、今にも消え去りそうな程にか細い。


   「目には目を。歯には歯を。

     ビスマルク家に匹敵する発言力、名声を手に入れて、

     現状を覆す! …つか、それしかないだろうな」


  無理に力で対抗すれば、紛争は免れないだろうし、

   下手すれば多くの血が流れる。…うん、そうだな。


   「メゼ婆さん。アンタのとった行動は悪手じゃない」


   「ルイの両親をも巻き込み、他界させ、

     ルイを心身ともに傷つけたワシの判断が悪手ではないと…?」


   「両親が!? いやそこまで知らなかった…けど。

     やっぱり権力に対して力で押し潰しても禍根は残り悪い結果に…」


   「お主、若いのに聡いのう。…異界の賢人」


  賢人言われちゃいました。

   照れ隠しに黒髪ぼっさぼさの髪を搔きつつ俺は答える。


   「賢人なんて大層なモンじゃないよ。

     ただ知識がある。そういう歴史が腐る程繰り返されてる」


   「過去を識り得る者…なんじゃ? お主は人間かと思うておうたが、

     このワシと同類じゃったか」


  ん? 何か変に勘違いしてない? 歴史学者が長い年月をかけて

   探求、解明したモノを口から吐いているだけだぞ、俺。


   「いや、あの…」


   「隠さんでも良い。ならばワシも名乗ろう。

     

    観察者にして三絶が一、禍つ鳥と呼ばれし者。


    幻獣メーゼフォン」


  うっ…――


   「ぎゃぁぁああああっ!!」


  婆さんが真紅に燃える巨大な鳳に化けた!?

   つか…直視できねぇ。なんて熱量と光量だよ!!

  余りの神々しさに右手で視界を遮る。


   「おや、すまぬな。火加減したつもりじゃが…」


   「納得。その姿と力は流石に使えないし晒せないって事か」


   「うむ。最早隠し事は不要。異界の存在とはいえ、

     同種のよしみで一つ、頼みたい」


   「壮絶にして凄絶にして超絶たる存在だったか。

     もっと凶悪だと思ってたけど…頼みごと?」


   「そう広めれば、愚かにも挑んでくる者は減るじゃろ?」


  あ、成程。と、両手をぽむりと叩く。

   いやしかし、ある意味その通りだよな。

  

 光量を落としたメーゼフォンを暫く黙って見て、

  一応、女? だし、容姿を褒めるのは礼儀か。


   「うーん」


   「なんじゃ。この姿に、声も出ぬか?」


 うん。コレがいい。


   「勇ましくも美しいその容姿、まさに壮絶。

     空に輝く太陽が如きその焔、これぞ凄絶」


   「ほ?」


   「双方併せて比類無き、超絶…って所かな」


   「ほう、巧い事を言う。少し照れるわい」


   「で、そんな神とも呼ぶべき存在が、

     こんなちっぽけな俺に頼み事とは?」


   「…謙虚よな。頼み事は一つ。

     孫娘とも呼べる愛しいあの子を、我が元に」


  我が元に…つまり、ビスマルク家を打ち破り、

   風凪とやらに、だろうか。


   「無論。報酬も用意しよう。お主の家族の召喚。

     これでどうじゃろう?」


  提示された報酬は10億ギッドと禍つ風の羽。

   願っても無い好条件。しかも相手は化物じゃない。人間だ。


   「判った。出来る限り頑張るよ。

     と、アンタの事は他言無用でいいのかな?」


  メーゼフォンは黙ってコクリと頷いた。

   色々と聞きたい事もあるが、そこは抑えて一言。


   「OK。死力…いや、知力を尽くすよメーゼフォン」


   「ああ。一日千秋の思いで、待っておるよ…」



  そう、メーゼフォンは答えると、意識が断たれた。

   そしてすぐに意識を取り戻すと、俺はあの井戸の前に立っていた。


  もう一度、家のドアを叩いて挨拶はしとくかな?

   と、思ったけど、外に出された時点で不要と判断。


  俺の異世界引越し計画に、やや不安はあるものの、

   確かな道標とクエストボードが打ち立てられた。


  念の為、街から離れるまで歩き、

   大きく深呼吸し、沈む夕陽に大声で叫んだ。


   「打倒ビスマルク家!! クエスト開始!! 

     うっしゃぁぁあああああッッッ!!!!!!」

 

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