ルイの幻獣

祢駒 コマネ

序章 幻獣召喚!! されました。


 時刻は20:00過ぎ、ここ半年程、睡眠時間が異様に早い。

  勉強も手につかない。ただ兎に角――早く寝たい。


 度々夢に出てくるあの少女は誰だろう。


 まだ幼さが残る水色の髪を腰まで伸ばした少女。

  少し釣り目に大きな蒼い瞳。

  白のブラウスが良く似合っていた。それに――


 いや。それ以外が思い出せない。

  夢だからだろうか。何か、とても大切な約束をしたような。

  それを忘れてしまっているような。


 記憶の奥底。厳重に、幾重にも施錠された扉が

  かつての出来事を思い出す事を許さない。


 思い出したい。せめて、せめて名前だけでも。

  

 俺は、今度こそ覚えていようと、幾度目かの決心と共に

  布団へと潜るが、結局今回も出会う事は出来ても

  少女の事はおろか、何をしていたのかすら忘れている。


 それを何ヶ月繰り返したのだろう。

  少女の事ばかり気にかけるようになり、

  ついに学校にすらいかなくなった。


 そんなある日、また俺は眠りにつく。


  「ヨーターッ!!」


 聞き覚えのある声。トーン高めで明るい。

  そんな声の主が俺の鳩尾へ頭から突っ込んできた。


  「うぉごぇあッ!?」

  「ようやく会えたね~ッ!!」


 歓喜の抱擁――ミシミシと言う音が俺の背中から聞こえる。

 

  「ちょ…まっ!! いだだだだ!!!」


 視界に辛うじて入る水色の一本アホ毛。

  俺の身長から察する所、160あるかないか。

  そんな少女が尚も抱き締め付けてくる。


  「ん? どしたの?」


  「い、いや。なんでもない…うん」


 まさか女の子に馬鹿力だのゴリラだの言える筈も無い。

  顔面蒼白になりながらも平静を装いつつ少女を引き剥がす。


 ゴホンとわざとらしく咳払いして、

  夢で会っていた少女であることを確認して、一つ謝った。

  それは、この子の事を何一つ覚えていない。名前すらも。


 それに対し、可愛らしく自身の小さい口元に人差し指を宛がい

  軽く首を傾げてから頷いた。


  「ん~? あ。そっか夢でしか会えなかったから」


  「そ。ごめんだけど、もう一度自己紹介。

    日野 陽太(ひの ようた)17歳、

    彼女いない暦が年齢そのままなんでヨロシク!!」


 と、少女に右手を差し出してアピール。

  したのだが、反応が…。


  「はい。毎回同じ自己紹介だね?

    ルイ・ルシアンルールだよ。彼女は…頑張れ!!」


  「毎回同じなん!? 何気に引き出しの少なさ露呈した!?」


  「それも同じだね~? お次は頭を抱えて悩みこむんだね?」


 まさにその通りの動作をしようとしていた俺はピタリと止まる。

  俺の自己紹介の引き出しの少なさと、頑張れの一言に絶望しつつ。


 ま、まぁそれはおいおい変わるだろうとして…周囲を見回した。

  ルイの後方右手に大きな街が見える。歩いても30分程の距離。

  蒼い屋根が目立つ建物と中央に巨大な白い塔がそそり立つ街だ。


 俺の視線に気が付いたのか、ルイも振り返り、街の説明をしてくれた。


  「あれはね、魔物退治で生計を立てている人達の[始まりの街]

    レヴンギールだよ」


  「へぇ…始まりの街…か」


  「うん。君にとっても全ての始まりの街でもあるカナ?」


 全ての始まり…か。両親も居るしアッチも心配なんだよなぁ。

  でもコチラにはルイが居るし何より―――


  「空気がうめぇぇぇぇぇッ!!!!」


  「ちょっ…何どしたの!? いきなり大きな声で」


 大声をあげて大きく伸びをし、深呼吸した後、

  ルイの蒼い瞳をジッと見る。それに対し、ルイは首を傾げている。


  「なぁ、俺の家族とかも召喚出来るのかなー」


  「う、うーん。私には無理だけど、街のババ様なら可能かな。

    でも、相当貯めないと依頼出来無いよ?」


 と、答えると相当額のお金が必要と人差し指と親指でお金のサイン。

  

  「相当…ち、ちなみにどれぐらい?」


  「多分、通貨とか違うだろうから、わかり易い例えだと…」


  「ほうほう」


  「小さい町なら丸ごと買えちゃう10億ギッド!!」


  「OK、絶望的数字だと言う事は理解できたわ」


 だが、目標が高い程、やりがいもあるしお袋に到っては喘息持ちだ

  空気の良い所に住んだ方が良いに決まっている!!


 当面の目標を異世界引越しと定め、俺はルイと共に歩き出す。

  アスファルトに慣れた足の裏が、柔らかく湿った土の感触に慣れず

  一度だけ転んでしまい、大事な一張羅(ジャージ)に泥がぁ!?


  「何も無い所で転ぶのね…?」


 静かに微笑みながら右手を差し出され、ルイの手を掴む。

  そしてそのまま起き上がり、俺達は街へ――行かなかった。


 街から離れた場所に小川が流れていて、その傍に小さな林がある。

  どうも其処にルイは住んでいるらしく、連れられるままに俺は

  林へと入った瞬間、余りに無用心だったと、俺は後悔した。


 林へと入ると、目の前に二匹の黒い獣。四足歩行…では無い。

  六足歩行の黒い狼のような異形が低く身構え、唸っていた。


   ザシュッ


 土を蹴る音と共に二匹が俺へと飛び掛る。前足の鋭い爪が右肩を掠め

  痛みと共に声が漏れた。


  「いってぇッ!! んだこの六本足!?」


  「あ、こら! ルルカにマルル! 悪戯しないの!!」


 悪戯? 明らかに殺意篭ってたんだが、ルイのメッ!で大人しくなり、

  林の奥へと戻っていった。それを確認したルイが心配そうな顔で

  近寄ってきて、軽く怪我をした右肩に触れる。


  「もう、あの子達ったら…。大丈夫? はやく手当てしないと」


  「あ、ああ。消毒は早いトコしときたいな」


 獣の爪はバイ菌の塊と聞くし、化膿したらいやだし、

  そんなこんなルイの家に辿り着く。これは見事な木造の家。

 一階建てで程よく狭い。一応必要な設備は揃っているようだ。

  だが、電気らしきものが無い。科学とか無縁なんだろう。


 そんな彼女にお湯を沸かすから待っててと言われ、

  俺は木製の椅子に座って待つ事数分。お湯と布きれ…まさか。

  消毒って…熱湯消毒? いや、ちょ…医学レベル自重し過ぎ!!


  「ちょま!!まさかそのお湯!? 消毒ってお湯!?」


  「傷が悪化しない内に早くしないと!!」


 ガタンと椅子から飛びのいて、狭い家の中を逃げ、

  壁にビタンと背を張り付け、顔を左右に振って嫌がる。


  「ちょ、待て。火傷するって!!」


  「しない程度に熱いだけだから大丈夫!!」


 木製の桶には、その言葉を否定するかの如く、湯気がモクモクと。

  ほら熱いぞ、絶対熱いぞ、めっちゃ熱いぞといわんばかりに。


 彼女が近づくと、俺は壁伝いに逃げる。それを繰り返す。

  

 逃げる度、ルイの表情が段々と険しくなってきた。

  然し、それでも逃げ…コーナーに追い込まれた。


  「ふふふ。もう逃げ場は…無いね?」


 一瞬、ルイの目が怪しく光ったように錯覚し、

  両手で必死に抵抗を試みた。


  「ひ。ちょ…話せば判る。話せぶぁちぃぃぃッッッ!!」


 抵抗虚しく破れたジャージごしに、

  熱いお湯に付けられた布をベシリと宛がわれた。

  

  「あっつ!! あちちちちちちちちちち!!!」


  「もう、君も幻獣でしょ? それぐらいで…」


 あつーい!! …ん? 何か今、変な事言わなかった?

  幻獣扱いされた気がしなくも無いが。


 ともあれ、どえらい原始的な消毒を済ませ、布で右肩を

  グルグル巻きにされた俺は、ヒリヒリ痛む右肩を見つつ着席。

 今後の衣食住を考えた。幸いな事に食と住は此処で良いとルイは言う。

  

 とは言え、紐みたいな生活は嫌なので、稼ぐ方法を尋ねた。


  「それなら、レヴンギールで魔物討伐すればいいかな?

    ヨータならあの街のクエスト楽勝でしょ?」


  「意味が判りません。特に楽勝という根拠が」


  「ん? あ~…記憶無かったんだよね。

    君、もう20もの悪威を討伐してるんだよ?」


  「悪威? 20?」


  「うんうん…えとね?」


 悪威


 世界に仇成す魔物の総称。一固体で国一つを滅ぼす程の力を有する。

  その中でも上位3体は【三絶】と呼ばれている。

  

 壮絶にして凄絶にして超絶。一切の慈悲も無く、

  ただ破壊と殺戮を繰り返す存在と言う事らしい。

 間違っても関わりたくも無い。


  「…そんな化物どうやって倒したんだよ」


  「えー…」


 えーっ…て、首を傾げた瞬間、後ろから小型の二つの何かが

  飛びついてきた。勢い余って椅子ごと前へと転倒する。


  「いてぇぇぇえッ!」


  「ヨター! もっかい勝負だーっ!!」

  「次は八つ裂き決定だーっ!!」


 余りの勢いに床につんのめった俺の背に、

  何かが乗っかっている。幼い声が二つのようだが物騒な言葉が。


  「ちょ、誰だ。降りろこるぁっ!?」


  「もうルルカにマルル! 悪戯はやめなさい!」


 ルルカとマルルってさっきの六足狼? なんとか背面を見やると、

  黒髪オカッパの幼女が二人乗っかっていた。服は白のワンピ。


  「えーっ! ルルカこいつに負けたままだもん!!」

  「やだーっ! マルル、コレに負けたままだもん!!」


 負けた? 何、どゆこと? 俺、幼女と喧嘩したの?


  「いいから早く降りなさい!!」


 背後に雷でも落ちたようなルイの余りの剣幕に、

  すごすごと俺から降りて、椅子にチョコンと座った二人を見て、

  俺も椅子を起して座る。


  「で…この子達は? さっきの獣と同じ名前だけど…」


 その言葉に、見た目がそっくりなので判別不能な片割れが

  フーッと猫が威嚇でもするかのような音を出して怒った。


  「むっかー!! 眼中に無いとか!? 記憶にすら残らないとか!?」


 そして残りの一人が椅子から飛び降り、四つん這いになり唸る。


  「ブッ殺です! 絶ッ殺です!!」


  「絶ッ殺て…ルイ。何この子達は」


 ハァ…と、目頭を押さえて溜息をついたルイが、二人を宥めつつ

  説明してくれた。


  「こっちの釣り目の子がルルカ。少し垂れ目の子がマルル。

    君が倒した悪威の子達だよ?」


  「へぇ…」


 理解出来ずの生返事。そもそも、こんなチマ子が国一つ滅ぼせる?

  無茶振りにも程がある。やや苦笑い気味にルルカとマルルを見た。


  「ヨタがちっちゃくしたんだよ!!!」

  「お前がアタシ達の力の大半を削ったからだよバカーっ!!」


 記憶に御座いません。つかヨタっておい。


  「ヨタじゃない、ヨウタだ。チマ子ーズ」

  「「纏めんなぁ!!」」


 なんて息のあった返事とコンビネーション。

  椅子の上からまさかのトペ・コン・ヒーロ。

 ルチャドールかこいつらは!? 

  余りの行動力に面食らい腹部と股間部に一発ずつ直撃。


  「ぐへぉ!? ちょ…おま、そこは――」


 頭の芯まで奔る激痛に耐えかね、股間を押さえて蹲る。


  「ふっ…勝った!!」

  「トドメだーっ!!」


 勢いにのってテーブルの上から膝から落ちようとでも言うのか!?

  流石に子供の体重でもやばいぞソレは!!

 慌てて起き上がった瞬間、苦笑いしているルイが二人を掴んだ。


  「いい加減にしなさい! 全くもう」

  「「は な せッ!!」」


 ようやく収まったか。大きく溜息をついて起き上がり、

  椅子に座りつつ取り合えず当面の行動をルイに告げた。


  「えー…ホントに10億ギッド貯めるつもりなの?」


  「ん。異世界引越し計画つーかうん。

    ウチの家族に病弱なのいてね、空気の良いこちらのが

    段違いに棲みやすいだろうから」


  「成程…。でも大変だよ?」


  「困難だからこそ、挑み甲斐もあるってね」


 ちょっと格好つけて言ってみたが、ふーん?

  と、反応が薄かったのに少しショックを受けた。


  「じゃあ、明日でも地図を渡すから、

    ババ様の所と依頼所見に行くと良いかも?」


  「OK。そうさせて貰うよ。ありがとう」


  「うん、どう致しまして」


 笑顔で返事したルイを見ると、やっぱり可愛いなぁと思う。

  是非彼女に!!などと言いたいが、先ず振り向かせる事から

  だろう。控えめに見ても無関心に近いぞ今の現状。


 その日は何事も無く、ただ二匹のビースト幼女に散々追い掛け回され

  疲労で倒れるようにベッドに寝たのが最後の記憶。



 翌日、俺は朝食を頂いた後、地図を手渡されて街へと歩いている。

  大した距離でもなく、一時間程だろう。


 折角なので周囲の景色を眺めつつ歩いている。

  遠くの山が鮮明に見える。空気が綺麗なのだろう。

  傍の小川も透き通るように綺麗だ。


 …と、景色に色々と目を向けているが、脳内では一つの事が

  離れない。ルイの家に一晩泊まったのはいいとして、

  今後の寝床も安泰としてだ。


 俺、男として認識さてるのか? 普通に傍で寝てたぞルイ。

  10億ギッドとやらを貯めるより、難しそうな気がする。


 一度立ち止まり、ハァ…と、溜息で先行き不安を吐き出しつつ、

  目の前に迫る大きな街を見据え、歩き出した。

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る