第46話 奇跡の後の条件

蒼狼ツァンランを取り逃がした……」


 実験室だった部屋の制圧は完了した。

 襲ってくる暗黒種族もほとんどいない。

 この建物の制圧も間近だろう。


「仕方ないわ。本来の目的は実験施設の破壊、問題はない筈よ」


 エルウィンが死体に刺さった矢を回収しながら言う。

 複数の影が近付いてきた。


「ほとんど終わっているようだな」


 手勢を引き連れた上将軍だった。


「閣下……、申し訳ない、蒼狼を始末できなかった」

「そこまでは流石に期待はしておらん。これだけの敵の死体が回収できただけでも上々の戦果だ」

「今後はどうするおつもりですか?」


 エルウィンが上将軍に訊ねる。


「此奴等の死体を全て中央軍が回収する。これで、腐った西方司令部を一網打尽にできるわ」

「そうして頂けると助かります。私達は西都を攻める必要がある。西方司令部が出てこれなくなれば、我々のかなり楽に戦えます」

「それは何より。ことろで……」


 上将軍の目が鋭く光る。


「蒼狼と打倒した後、お主等はどうするつもりだ?フェイ

「……、そこは俺の管轄じゃない。ファンに聞いてくれ」

「お主に聞きたいのはそこではない」

「なに?」

「お主等が蒼狼を倒した後、九龍会クーロンカイを仕切るのは黄なのだろ?」

「その通りだ」

「では聞くが、黄が蒼狼のようにならない保証はあるか?」


 予想外の質問に、俺の思考は停止した。

 黄が蒼狼になる……。

 考えてもいなかった。

 そんな事になる筈がない。

 しかし、それを証明する物証もない。

 黄とは幼い頃から競い合った仲だ、どういう人間かは俺が一番理解しているだろう。

 しかし上将軍、いやこれは上将軍だけではない。

 九龍会に関わりを持たない者にとっては、蒼狼と黄の違いなど分からない。

 どちらもただのヤクザなのだ。

 が出てきても当然と言える。

 しかし、それを覆すような納得のいく反証など存在しないのだ。

 俺がどんなに黄の人間性を説いたとしても、そんなのは身内贔屓の戯言だと一蹴されかねない。


「嫌な言い方をしてすまない、吠」

「いや、閣下の懸念は最もだ。しかし、それを聞いたって事は、閣下の頭の中には最善策があるんだろ?」

「うむ……、西部の統治は王国軍に任せてもらえないか?」

「……」


 それはつまり、九龍会を解体しろという事だ。

 西部は紛れもなく王国の地。

 それが至極当然なのだが、先代、先々代は王国から西部を事実上切り取ったのだ。

 それを王国に返還しろと言うのは、当たり前だ。


「ハッキリ申すが、蒼狼との決戦後、お主等が勝とうが負けようが、九龍会は弱体化する。それを見越して、蒼狼は魔王軍残存部隊を引き入れたのだろう。となれば蒼狼が勝った場合、九龍会など存在しない事になる。事実上、ただの魔王軍残存部隊に成り下がるのだ」


 閣下の言う通りだ。

 決戦で多くの構成員が死ぬ。

 そうなれば、より大きな魔王軍残党に吸収されるのがオチだ。

 蒼狼が頭をやっている限り、それでも九龍会を名乗るだろうが、蓋を開ければ九龍会とは名ばかりのただの魔王軍。

 逆に俺達が勝った場合でも、組織の弱体化は免れない。

 維持する事がやっとで、西部の統治に手が回る訳もない。

 そうなれば西部は荒れる。

 火を見るよりも明らかだ。


「お前達の生業を全て辞めろという訳ではない。幸い、蒼狼が力を入れていた西都物流商事は物流を基盤とした一企業として成り立つ。ヤクザなど辞めて、真っ当に生きる事も出来るだろう」

「……、悪い、閣下。今はそんな事まで頭が回らん……」

「なに、ここで答えを求める程、儂は野暮ではない。しかし、が見え始めたのだ、少しは考えるべきではないか?」

「……、分かった、一度持ち帰って考える」

「すまんな。事後処理は儂等に任せろ。お主等に今必要なのは、休養だ。部隊の再編も必要だろ」

「その通りだ。閣下、本当に助かった」

「なぁに、やっと西方司令部を締め上げられるのだ、感謝しているのはこっちだ」

「では、先に失礼する」


 俺は閣下に一礼する。


「サリィン、助かった。また何処かで会おう」


 そう言い残して、俺はエルウィンと部下達を連れて建物から出た。


「どう思う?サリィン」

「……、西方司令部は一度解体すべきでしょう。再編までの間は中央軍が西部を統治するべきです。あと、九龍会に関しては、どちらが勝とうが監視を付けるべきかと」

「いつの間にか冷酷に物事を考えるようになったな」

「閣下のご指導の賜物です」

「それは褒めているのか?」

「どうでしょう……、私にも分かりかねます」

「まぁいい。すぐに監視を付けろ。蒼狼と黄両方の陣営にだ」

「了解しました」

「儂を冷酷だと思うか?」

「いえ、閣下は常に、王国と国王陛下そして王国民の為を思って行動なさっております」

「あまり儂を過信するなよ、サリィン。意見がある時はその場で言え」

「心得ております」


 決して大きくない西部の町で起きた、西方司令部への鬱憤が限界に達した王国民による武力蜂起未遂。

 王国史にはその様に残されている。

 西方司令部に対し、王国民が武器を手にした所で上将軍が中央軍を率い、町の西方司令部支部を制圧。

 王国民は戦闘を開始する直前に到着した上将軍に歓喜し、蜂起は起きなかった。

 もしも上将軍の到着があと少し遅れていたら、西部全体に飛び火し、王国の治安は大きく乱れていただろうと、後の研究者達は口を揃える。

 後に町の名を取って、「サリグラードの奇跡」と呼ばれるこの事件の真相を知る者は、後世、王国軍関係者にも皆無となる。

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