第58話 魂の在るところ・Ⅰ

 俺は自宅のベッドに横になっていた。

 あの後、恐らくグローが子供達を殺したのだろう。

 エルウィンは俺を自宅に送った後、例の村へ向かった。

 子供達を匿っていた村人を捕まえる為だ。

 捕まった村人は軍に引き渡されるだろう。

 その後の処置は軍次第だ。


「はぁ……」


 何とも情けなくて仕方ない。

 矮鬼ゴブリンなどの暗黒種族の子供を殺すのには、今まで何の躊躇いも持たなかった。

 しかし、何故か今回はダメだった。

 何故、忘れていた過去の自分と重なったのか。

 理由は分からない。

 それが無性に情けなかった。

 起き上がって、紙巻煙草に火を点ける。

 大きく吸い込んで、ゆっくりと煙を吐き出す。

 天井を見上げていると、ドアがノックされた。

 煙草を咥えたまま、ドアを開ける。


「大丈夫?」


 セリファが立っていた。

 エルウィンに聞いたのだろう。


「まぁ……」

「これ。ご飯はちゃんと食べなさい。じゃあね」


 そう言って、白い布を被せたバスケットを俺に手渡すと、スタスタと帰っていった。


「……」


 とりあえず、受け取った籠をテーブルの上に置き、煙草を灰皿で消し、再びベッドに横になる。

 俺はいつの間にか眠りに落ちた。



 俺はまた『魂世界アーラヤ』に降りた様だ。

 何もない空間にたった1人で立ち尽くしていた。


「またか……。ウラグはいるかな……」


 俺はウラグを探して歩き始めた。

 しかし、以前来た時と何やら雰囲気というか、空気が違う。

 肌にざらつく様な、喉に何かが詰まる様な、不快な感じだ。

 何とも言えない嫌な予感もある。

 しかし、俺は歩くしかなかった。

 『魂世界』への降り方も明確には分かっていない上に、戻り方もよく分からない。

 魔術も心得もない俺が、こんなところに来てはいけないとは思うのだが、勝手に降りるのを止める術を知らない。


「戻ったらエルウィンに聞くか……」


 むしろ、エルウィン以外に聞く相手がいない。

 うんざりとしながら歩いていると、話し声の様なものが聞こえてきた。

 誰かいるのだろうか?


「ウラグか……?」


 声の方向に向かうと、ほんのりと光っている様に見える。

 妙な不快感が強くなる。

 これは近付くべきではなかったかもしれない。

 そう思った時には遅かった。


「〇◆$@=▼#!」


 聞き取れない叫び声を上げながら、赤黒いものが俺の身体に纏わりついてきた。


「何だ!?」


 まるで虫の様に、赤黒いものが俺の身体を這い回る。

 しかも何匹かいる。

 その上、脳内を掻き回されている様な強烈な不快感。

 これは何なんだ。


「クソッ!」


 思わずうずくまる。

 怒り、悲しみ、恐怖、憎しみ。

 そう言った負の感情が頭の中に直接流れ込んで来る。

 このままでは正気が保てない。

 何度も嘔吐する。

 しかし、口からは何も出ない。

 それでも身体は何かを嘔吐している。

 息が詰まりそうだ。

 とにかくどうにかしないと。

 しかし、どうすればいいのか分からない。

 その時だった。

 急に身体が揺さぶられた感覚に襲われ、俺は目を開けた。


「ガル!」


 エルウィンだった。


「エル……ウィン……?ここは……?」


 周りを見回す。

 俺の自宅だ。

 どうやら『魂世界』からエルウィンが引き戻してくれた様だ。

 安心したと同時に、異臭に気が付いた。


「俺……」


 俺が寝ていたベッドは嘔吐物で汚れていた。

 例に漏れず、エルウィンもだ。


「ガル!貴方、自分が何やってるか分かってるの!?」


 ぼやけていた視界が次第に明瞭になった。

 エルウィンは泣いていた。

 しかし、俺には何が何だか分からない。


「むやみに『魂世界』へ降りないで!あのままだったら取り殺されてたわ!」

「どういう事だ……?てか、降り方なんて俺には分からん……」

「はぁ……」


 エルウィンは呆れた様に溜息を吐くと、ゆっくりと説明を始めた。


「いい?まずガルが覚えるのは『魂』のコントロールのやり方。今日みたいに、恨みを持って死んだ魔術師がいる時は、絶対に『魂世界』に降りないで。引き込まれるわ」

「……、つまり俺が見たのは、あの子達って事だな……?」

「……、そうよ。貴方は暗黒種族じゃない。闇の『魂世界』には降りるべきじゃないの」

「降りたくて降りてるんじゃない……」

「分かってる。だから余計にを覚える必要がある。分かる?」

「……」

「とにかく、横になって、今日休んで」

「……、また降りるかもしれない……」

「私が付いてる。大丈夫よ」


 眠るのが怖いと思ったのはいつぶりだろうか。

 大の大人が、ブルブルと震えているのだ。

 情けない事この上ない。


「何故か、殺せなった……。今までは何の躊躇いもなく殺せたのに……」

「仕方ないわ。貴方は以前よりも暗黒種族に近い存在になってる、そののせいでね。同族だから同情が湧く」

「このままじゃ廃業だ……」


 俺は自嘲的に笑った。

 ギルドの依頼内容の殆どが暗黒種族に関するものだ。

 殺せなければ、依頼を達成できない。

 敵を殺せない冒険者など、意味がないのだ。


「大丈夫、私がいる。任せて」


 そう言って、エルウィンは優しく俺に口付けした。

 そのまま押し倒される形で、俺をベッドに寝かせる。


「エルウィン……?」


 こんな状況で何をやっているんだ。

 エルウィンの両肩を掴み、引き離すと、エルウィンのはシーっと言いながら、俺の唇に人差し指を当てる。


「こんな時に無駄口を叩くのはよ」


 エルウィンは再び唇を重ねてきた。

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