第三三六食 鍋メンたちと楽しい時間⑤

 昼食を終えた後、七人はショッピングを再開した。といっても七人中六人が女性ということもあってゆうにはやや肩身が狭く――いくらなんでも下着類を取り扱う婦人用品店に堂々と立ちるのは気が引けるだろう――、また雪穂ゆきほのハイペースに振り回された蒼生あおいも早々にダウン。結局高校生たちに付き合う役目は千鶴ちづるが一人でになうこととなる。


「千鶴さん千鶴さんっ! ハンカチを買いたいんですが、こっちの花柄とあっちの水玉模様ならどっちの方が可愛いと思いますかっ!?」

「あァ? ンなもん自分の好みで決めりゃいいだろ……オレは花柄の方がいいと思うけどよ」

「分かりました! それじゃあお兄さんへのプレゼントはこれにしますっ!」

家森アイツに使わせる用かよ!? だとすりゃどっちもビミョ……ま、待て真昼まひるッ、早々はやばやとレジに並ぶンじゃねェッ!?」


 時にはお日様系少女の無邪気さに振り回され。


「あの、千鶴さん……蒼生さんは大丈夫だと思いますか……?」

「あン? ただ疲れたから休んでるってだけだろうが。多少雪穂おまえに振り回されたくらいで青葉あのバカはヘソ曲げたりしねェよ」

「いえ、そうじゃなくて……蒼生さんってああ見えて結構女らしいところもあるから、家森やもりさんと二人きりっていうのがちょっと心配なんです。ど、どうしよう、私とまひるの目が届かないのをいいことに、家森さんが蒼生さんを多目的トイレに連れ込んで多目的なコトをしてたら……!?」

「オイやめろ、気色悪きしょくわり絵面えづらを想像させンじゃねェッ!? お前、自分と友達ダチの恋人をなんだと思ってやがンだ!?」


 時には想像力豊かな眼鏡少女の妄言もうげんに吐き気をもよおし。


「すみません、千歳ちとせさん。あの子たちが迷惑ばかりかけてしまって……」

「ひより……別にお前に謝られることなんてなにもねェよ。まァ、お前みたいにマトモな奴があの三人とつるんでる理由はよく分からねェが――」

「むっ? あそこにいる二人組の男、真昼ひまを見てなにかヒソヒソと……私の目の前であの子をナンパしようなんていい度胸どきょうだわ。千歳さん、私ちょっと行ってきます」

「指の骨鳴らしながらドコ行く気だお前ッ!? やめろ、たかがナンパを流血沙汰りゅうけつざたに発展させようとすンじゃねェッ!?」


 時には武闘派少女の知られざる一面に戦慄せんりつし。


「あ、千鶴さーん。どうー? そろそろ唇がヒリヒリするの治ったー?」

「う、嬉しそうに聞いてきてンじゃねェぞ、テメェ……!」


 時には激辛だった昼食の感想をたずねてくるゆるふわ系少女にニヤニヤとあおられ。


 いつもは大人など大嫌いな千鶴だが、今ばかりは彼女らを教え導く〝教師〟という存在が偉大なものに思えてならなかった。たった四人の高校生相手でさえこれほど大変なのだ、遠足や修学旅行で何十人もの生徒たちを引率するなど考えただけでも恐ろしい。千鶴のことを見た目だけで不良扱いしてきた当時の担任も、もしかしたら今の千鶴のような気持ちだったのかもしれない。


 そして、彼女が高校生たちに手を焼かされているうちに矢のごとく時間は過ぎ去り――気付けば帰りの車の中。


「ったく……散々遊び回って、座った途端におねむかよ。まるっきりガキだな」

「ははっ! よっぽど楽しかったみたいだなあ」


 助手席に座った千鶴のぼやきに小声で笑い返したのはハンドルを握る夕だ。後部二列の座席ではJK組の面々と蒼生が全員揃って仲良く眠りこけていた。そのため行きと比べ、帰りの車内は実に静かなものである。


「つーかなんで青葉バカまで寝てやがンだ? 後半はオレ一人にガキどものおりを押し付けて休んでやがったくせに」

「まあまあ、いいじゃないか。寝かせてやれよ」

「テメェも同罪だろうが。なに中立みたいな顔してやがる」

「別に真昼たちを押し付けたつもりなんてないぞ? ただホラ、今回の買い物はあくまであの子たちからお前に対するお礼っていう名目だったから仕方なく、な?」

「ケッ、物は言いようだな。おかげでせっかくの休日が丸々潰れちまった。夕飯もまたあのクソガキのせいでバカ甘いクレープになっちまったし……こんなことなら来てやるンじゃなかったぜ」

「そうか? でも俺の目には、あの子たちにあちこち引き回されてるお前が楽しそうに見えたけどな」

「……フン、寝言は寝て言いやがれ」


 鼻を鳴らした金髪女子大生はどっかりとシートに体重を預けて車窓しゃそうの外へ視線を逃がす。次々と後ろへ流れていく高速道路の電灯に照らされて擬似ぎじ的に点滅する彼女の頬には、心なしか赤みが差しているような気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る