第二七〇食 ヘタレ男子と缶チューハイ①


 一方その頃、うたたねハイツ二〇六号室では――


「――ふーん、なるほどねえ。勢いだったとはいえ、ようやく真昼まひるちゃんに気持ちを伝えられたんだねえ。よかったじゃんか、ゆう

「……ああ、そうだな」


 綿わたの少ない座布団ざぶとん胡座あぐらをかいたまま頷くと、部屋主の青年はローテーブルの対面を見やった。

 いつもはお日様のような笑顔を浮かべる少女が座しているはずのそこに居たのは、彼の友人であるイケメン女子大生だ。行儀ぎょうぎ悪く机にひじをついたままツマミ代わりのさきイカを口へ放り込んだ彼女は、それを缶チューハイで一気に胃の中へと流し込む。


「ぷはっ! うえぇ、やっぱり久々に飲むとすんごい甘いね、チューハイって……あ、このイカ美味しいよ、食べるかい?」

「いや、いらない……というかさ」


 一度言葉を句切くぎるように目を閉じてから――夕はどのタイミングで言おうか悩んでいたことを口にした。


「なんで青葉おまえ、当たり前のようにウチに居るんだよ?」

「え、今さら? なんでって……一昨日おととい残してったお酒の処理のためだけど?」

「だからって新年早々人の部屋で酒盛りするか普通!?」

「いいじゃん別に」


「どうせキミ飲まないんでしょ?」と悪びれもせずに言った蒼生あおいは、早くも残り二本まで減ったアルミ缶の片方に手を伸ばす。麦酒ビールや日本酒を好む彼女にとって甘いチューハイは趣味ではないそうだが……しかし文字通りジュース感覚で低アルコール飲料を消費していく様子を見ている限り、酒ならなんでもいいのではないかと夕は思った。


「そんで、なんの話だったっけ? あ、そうだそうだ、酔った真昼ちゃんに押し倒された夕がとうとう我慢できなくなって、溜まりに溜まった情欲を無抵抗な少女の柔肌やわはだにぶつけたって話――いだあっ!?」

「そんな話をした覚えはねえ」

「い、痛いなあ、なにも叩くことないじゃんか!? ……ちなみにどうだったんだい、押し付けられた真昼ちゃんのカラダは? 私の見立てによるとあの子は今B寄りのCくらいだよね?」

「だからなんの話だよ! 『だよね?』じゃねえよ知らねえよ!」

「いや待って? 雪穂ゆきほが言うには真昼ちゃん、今ちょうど成長期さかりらしいし、夕と付き合うことでここから更なるが見込める可能性もあるかも……? はあ……羨ましい話だよねえ、半分でいいから雪穂に分けてやってほしいよ。あの子は悲しいくらいの絶壁カベっぷりだからさんぎゃあっ!?」

「いい加減にしろ、このボケッ!」


 本人たちの居ないところで――居るところでされても困るが――失礼きわまりない推測&嘆息をする蒼生の顔面に夕が射出した座布団が命中ヒット。どでーんっ、と後方へ倒れ込んだイケメン女子大生は「ごめんごめん」と謝りながら身体を起こす。


「でも真面目な話、キミが理性的なヒトで良かったよ。これが普通の男だったら間違いなく真昼ちゃんに手出してたね。いやー、流石だよ夕! よっ、ヘタレ野郎!」

「誰がヘタレ野郎だ! そんな最低な真似、俺じゃなくたってするわけねえだろ!」

「いや、大学うちのゼミの男連中ならしかねないでしょ。あいつらほんとモテないし」

「……」


 大学祭の時、真昼を連れて歩いていただけで血涙を流しながら掴みかかってきた男たちの姿が脳裏のうりよぎる。……悲しいことに、たしかにその可能性は否定出来なかった。


「まあそういう意味だとキミが手を出さなかったのはやっぱり偉いよね。夕だって真昼ちゃん以外にはほんとにモテないもんね、いやガチで」

「その通りだけどわざわざ強調すんなよ、腹立つなお前」

「春先の飲み会終わりに女の子たちが『誰が格好良かった?』って話題で盛り上がってたことがあったけど、夕の名前なんてがりすらしなかったもんね。私、それ見ててなんだかせつなくなったよ」

「うるさいんだよ、余計なお世話だ! つーかその話する必要まったくなかっただろ!」

「そんなに怒んないでよ、褒めてあげてるんだからさ。……ふう、よくあんな可愛い子からせまられて間違いの一つも起こさずに済んだもんだね、まったく……つまんないなあ」

「今ぼそっと『つまんない』って言っただろ!」


 年が明けても変わらない調子の蒼生にピキピキと青筋あおすじを立てる夕。そしてもう追い出してやろうかと半分以上本気で考え始めたところで、イカを噛みちぎった友人が「で?」と目を向けてくる。


「そこまでいったのに、なんで文化祭の時の決着をつけなかったのさ?」

「ぐっ……」


 先ほどまでのおふざけモードとは違い、その瞳には今度こそ真剣な――夕の気持ちを確かめるかのような色が宿やどっていた。

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