第二五七食 旭日真昼と初日の出①

 真昼まひるが頬をぺちぺちして決意を新たにしていたその時、ローテーブルで眠っていたゆうがもぞもぞと身動みじろぎをした。


「う……ん……」

「(あっ!? や、やば、起こしちゃったっ!?)」


 慌てて青年の隣から飛び退いてテーブルの対面側にサッと戻る。よくよく考えればやましいことなど何一つしていないのだから移動する必要などないのだが、少女的には彼の寝顔を覗いてしまった事実に対するい目があったのかもしれない。

 そしてなんとなく背筋せすじを伸ばし、正座をしながら待つこと一〇秒。照明の光を受けてまぶしそうに瞳をすがめる夕がむくりと身体を起こした。


「……あれ……まひる……?」

「お、おはようございます、お兄さん」

「……うん、おはよう……。……あれ……?」


 寝起き特有のかすれた声で呟き、なにやら小首をかしげる夕。まだ意識が目覚めきっていないせいだろうか、いつもの彼なら絶対にしないような小動物じみた動作だ。それを目撃した真昼は「こんなお兄さんもかわいいっ!」と胸中きょうちゅうで叫びつつ、表向きにはどうにか平静をよそおっておく。


「え……なんで真昼、俺の部屋にいるんだ……?」

「えっと、それが昨日の夜、お兄さんのお部屋で眠っちゃったみたいで……」

「へ……? ……って、ハッ! い、今何時だ!?」

「(あ、なんか既視感デジャヴ……)」


 ようやく覚醒した夕の反応に親近感を覚えつつ、真昼は改めて現在の状況と時刻を伝えた。つまり年越しの瞬間に二人揃って爆睡していたということ、そして今は元日がんじつの午前五時過ぎであるということを。

 すると青年は「ま、マジか……」と驚愕きょうがくあらわにしたのち、勢いよく両手を合わせてこちらに頭を下げてきた。


「ご、ごめん!? 年越しの時間になったら起こすつもりだったんだけど、自分でも気付かないうちに寝てて……っ!?」

「へっ? い、いえ、お兄さんはなにも悪くないですから!? 寝ちゃったのは私も同じですし!」

「でも真昼、カウントダウン楽しみにしてたんじゃ……」


 手を合わせたまま気遣うように見上げてくる青年の優しさに、真昼はくすっと表情をほころばせた。正確には年越しカウントダウンではなく、彼と二人きりで年を越すことそのものを楽しみにしていたのだが、その辺りの細かい訂正は一先ひとまいておくこととする。


「本当に気にしないでください。それよりもお兄さんっ!」

「は、はい?」


 言いながらピシッと姿勢しせいを正してみせた真昼に釣られたように、夕も居住いずまいを改めた。少女はその素直な挙動を見てもう一度微笑ほほえんでから、こほんと咳払いを一つ。そして出来るだけおごそかな雰囲気をかもし出すように努力しつつ、テーブルのふちに両手を置いてぺこんと頭を下げる。


「あけましておめでとうございます」

「え……あ……あけましておめでとうございます……」

「今年もよろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします」


 鸚鵡オウム返しをする夕と新年の挨拶あいさつわし、ぺこぺこと頭を下げ合う。


「えへへ、一緒に年越しは出来ませんでしたけど、おかげで初めてお兄さんとお泊まり出来たんだからよしとしますっ!」

「いや、〝お泊まり〟なんて高尚こうしょうなもんじゃないだろ、テーブルの上で寝落ちしただけなんだから……というか真昼、仮にも男の部屋でグースカ寝るのはどうかと思うぞ?」

「え? なんでですか?」

「な、なんでって……そりゃ、その……へ、変なとこ触られたりしたら嫌だろ?」

「変なとこ……? ……はっ!? お、お兄さん、まさかっ!?」

「触ってない触ってないッ!? 新年早々とんでもない誤解をしないでくれ!?」


 顔を赤くして寝間着ねまき越しの胸を抱き締めた少女に、青年が全霊の弁明べんめいを試みる。もちろん真昼とて、夕がそんなことをしたのではと本気で疑っているわけではない。亜紀と雪穂わるいおともだちを真似て、彼のことをからかってみただけだ。


「ふふ、そうですよね。お兄さんはそういうこと、出来ませんよね」

「そ、その言い方だとただのヘタレ野郎みたいで嫌だな、誤解されるより一〇〇倍マシだけど……とにかく、今後は気を付けるんだぞ?」

「はーい……あれ? でもお兄さんが私になにもしないっていうなら、別になにも問題ないんじゃないですか?」


 真昼が特に他意たいのない、単純な疑問をぶつけてみると、夕は「うっ……そ、それは……」とうめいてから顔をそむける。


「……駄目だ」

「どうしてですか?」

「どうしてもだ」

「でもお兄さんは私になにもしないんですよね?」

「しない」

「だったらお兄さんの部屋にならお泊まりしても問題ないんじゃないですか?」

「駄目だ」

「どうしてですか?」

「どうしてもだ」


 かたくなな青年に、少女は思わず「むう」とうなった。

 以前の雷騒動の際には「怖いので泊めてください」などとはとても言えなかった彼女だが、しかしこうして理屈だけで考えてみると、案外なんの問題もなかったのではないかと思えてきて仕方がない。一緒の布団で寝るのは流石にまずいだろうが、隣に布団をいて寝るくらいなら別に構わないのではなかろうか――


「と、ところで真昼サンや」


 ――と、つい今しがたまで「もっと積極的に」と考えていたせいか少しばかり強引ごういんな思考を巡らせる真昼の耳に、こちらもなかば無理やりに話題転換をはかる夕の声が入ってきた。


「せっかく元旦にこんな早起きしたんだから、ちょっと外に出掛けてみないか?」

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