第二一一食 隣の少女とレベルアップ


「もっと上手にお弁当を作れるようになりたいですっ!」

「……」


 真昼まひるを連れてショッピングモールへ買い物に行った翌朝。我が家の綿わたがへたれた座布団にちょんこと正座しながら、やけにキリリとした表情を作る彼女が右手をピシッとげた。

 俺たちの間をへだてているローテーブル上には朝食のベーコンエッグが二つずつと炊きたてのご飯、そして茄子なすと油揚げの味噌汁がホカホカと湯気を立てている。昨日に引き続き今朝もなかなかの冷え込みであるため、こういう温かい朝食というのは嬉しいものだ。


「もっと上手にお弁当を作れるようになりたいですっ!」

「目玉焼きに醤油しょうゆ、使うか?」

「あ、今日はソースでお願いします」

「ん。それじゃ、いただきます」

「わーい、いただきまーす! ……じゃなくてっ!? ど、どうして無視するんですかお兄さんっ!?」


 大好きなご飯を前にわずか五秒で話を忘れかけた少女は、しかしすぐにハッとしたように頭を振った。


「いや、もっと上手に弁当を……って言われてもなあ」


 固めの両面焼きに仕上げた目玉焼きの黄身きみに箸を入れつつ、彼女の言葉を繰り返すように呟く。


「そもそも昨日の弁当だってよく出来てたじゃないか」

「で、でも見映えは良くなかったじゃないですか! ぐちゃぐちゃのドロドロになっちゃいましたし!」

「少なくともドロドロではなかっただろ。じゃあ次からは持ち運びに気を付ければいいんじゃないか?」

「そういうことじゃないんですっ!」


 血を吐くように嘆く真昼。あくまでも本心を言ったつもりなのだが……どうやら本人的には昨日の弁当アレでは満足できなかったらしい。


「私はっ……! 私はもっと綺麗でお洒落で、お弁当を作れるようになりたいんですっ……!」

「味噌汁、冷めちゃうぞ?」

「あっ、本当だ!? ……ふう、やっぱり寒くなってくると朝ご飯のお味噌汁が嬉しいですよねえ。……じゃなくてっ!? なんでさっきから微妙に話を逸らそうとするんですか!?」

「ごめんごめん。冷めたらもったいないなと思って」


 そんなおふざけ会話を挟みつつ、目玉焼きを一つ食べ終えた俺は改めて首をひねる。


「でも意外だな。真昼って食べられればなんでもいいタイプだと思ってたのに」

「ど、どういう意味です?」

「なんというか、食べ物に『綺麗』とか『お洒落』とか求めなさそうというか……『胃袋に入っちゃえば関係ないですよっ!』とか言いそうだろ?」

「お兄さんの私に対する印象イメージが酷いですっ!? ……た、たしかに美味しければそれでいいとは思ってますけど……」

「思ってるんじゃねえか」


 そりゃそうだろう。中学三年間をコンビニ弁当とスーパーのお惣菜という、仕事に疲れ果てた独身サラリーマンみたいな食生活で乗り切った彼女が、いわゆるデコ弁やキャラ弁といった見映え重視の弁当に憧れているとも思えない。

 ちなみに俺も同類みたいなものだ。といっても俺の場合は盛り付け方やら飾り切りやら、そういう面倒な行程に時間をくのが嫌だという意味合いが強い。自炊なんて素早く簡単に、かつそこそこ美味うまく作れれば上出来だと思っていたような男とは対極に位置する食べ物だもんな、デコ弁。


「い、いえ、私もデコ弁とかキャラ弁を作りたいわけじゃないんですよ?」

「え? 違うのか?」

「はい。もっと単純に……上手に玉子焼きを作れるようになりたいなーとか、出来るだけ綺麗に仕上げたいなーとか、そういう話です。お兄さんだって味や手間てまが変わらないなら、綺麗な見た目の方がいいですよね?」

「まあ……」


 ふとテーブル上の皿を見てパッと頭に浮かんだのは、一〇〇均などに売っている目玉焼き用の型だった。フライパンの上に置いてその中に卵を落として焼くだけ。手間もほとんど変わらないのに綺麗な円形や星形に焼き上がるということで、一時期うちの母親もハマっていた記憶がある。……「無駄に洗い物が増える」という理由から、いつの間にか使われなくなってしまったが。

 もっとも、真昼が言っているのは一品一品の出来映えや盛り付け順など、多少の調理スキルと意識次第でどうにかなるようなレベルの話だろう。


「……でも、そういうことなら練習あるのみなんじゃないか? 何回も繰り返し作るうちに慣れていくものだろ、今までの料理みたいにさ」

「はい! だから繰り返し作ろうと思って!」

「……ん?」


 どういうことだろう、と俺が首を傾けたのもつか、彼女はむふん、と胸を張って言った。


「私、お弁当デビューしてみます!」

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