第一四二食 友人たちとベタな展開


「……意外だったわ」

「んー? なにがー?」


 体育の授業でペアになったひよりからぼそりと呟くようにそう言われた亜紀あきは、ストレッチのかつぎ合いをしながらのんびりと聞き返した。


「いや……亜紀アンタっていっつもしょうもないことしかしないでしょ? 場を引っき回してばかりの問題児っていうかトラブルメーカーっていうか」

「あははー、ひどい言われようー」

「でも、今日はちゃんと真昼ひまにアドバイスしてあげてたでしょ? いつものアンタだったらそれこそあの子を変にき付けたりしそうなのに」

「んー、まーねー……よいしょ、っと!」


 担ぎ手側を交代し、亜紀は背中合わせになっているひよりをぐぐっと容易たやすく引き上げる。小柄な彼女ではスタイルの良いひよりを担ぎ上げるのは大変なようにも思えるが……本人にとっては造作ぞうさもないことのようだ。


「っていうかこー見えても私、まひるんとおにーさんのことはけっこー本気で応援してるつもりだよー?」

「それは嘘だ」

「まさかの即答ー?」

「だってアンタと雪穂ゆきほ、いっつもあの子のことからかってたじゃない。ひまも最近、アンタらの前では家森やもりさんの話するの警戒するようになっちゃってたし」

「あははー、それくらいは許してよー。まひるんはちょーっとからかっただけでも真っ赤になってくれるから楽しいんだー。ほんとうぶだよねー、ひよりんの親友とは思えなーい」

「どういう意味、よっ!」

「あだだだだだっ!? い、いだいだいっ!? ぎ、ぎぶぎぶっ、私の身体からだっ、すごい角度になってるからっ!?」


 青筋を浮かべたひよりに力いっぱい引き上げられ、足をばたばた振り回しながら悲鳴を上げる亜紀。


「げほっ、げほっ……ち、ちょっとはパワーセーブしてよねひよりーん。ただでさえ同じ霊長類れいちょうるいとは思えないパワーなんだからー――」

「今度は背骨が折れるまでいってみようか?」

「スミマセンでした」


 りずに軽口を叩きかけたゆるふわ系少女がお口にチャックをしたところで、道場通いの武闘派系少女は一つ息をついてから話を戻した。


「……やっぱり意外だわ。アンタに友だちの恋を応援するような、真っ当な人間の考えが出来ただなんて」

「失敬だなー。私だって人並みに恋の応援くらいするよー」


 するとグラウンドの上で胡座あぐらをかいた少女は、ふとひよりから目線を逸らした。視線を追ってみるとその先には、前屈の体勢で眼鏡の少女にぐいぐい背中を押され、「痛いっ、痛いよ雪穂ちゃんっ!?」と声を上げている真昼まひるの姿があった。


「――〝ただ気になってるだけ〟か〝真剣な恋〟なのかくらい、私にだって分かるよ。それが大切な友だちの恋だっていうなら……応援してあげたくもなるよ」

「アキ……」


 珍しく真面目な顔で微笑む亜紀の横顔に、ひよりは感じ入ったかのように瞳を揺らし――


「――でもそう言う割にアンタ、青葉あおばさんのことを男と勘違いしてる雪穂のことは面白がって放置してるよね?」

「あははー、まー別に女の子同士でもカップルになれないわけじゃないですしー」

「アンタって子は……」


 とはいえ雪穂とどこかのイケメン女子大生についてはひよりもただ静観しているだけなので、亜紀ばかりを責めるわけにもいかない。いや、もっと言えば話がややこしくなったそもそもの原因はあの女子大生本人にあるのだが。

真昼ひまのこともそうだけど、雪穂の方もそろそろどうにかしてあげないとなあ……」と〝母親〟の少女が頭痛をこらえていると、もはやストレッチをやる気もないらしい亜紀が「でもさー」と間延びした声を発した。


「まひるん、おにーさんとのことどーするつもりなんだろうねー? 今朝ケンカして出てきちゃったんでしょー?」

「ん……喧嘩したというよりはあの子が一方的に飛び出してきただけだけど」

「あははー、おにーさんニブいからなー。『ま、真昼はなんで怒ったんだ……?』とか思ってそー」

「まあ実際、あの人からしたらなんでひまが怒ったのかなんて分からないわよ。あの子、自分の気持ちもハッキリしないまま『気付いてほしい』って言ったようなものなんだし」

「ひよりんって、一見まひるんのこと甘やかしてるようで案外キビシーよねー」

「別に……手放しで肯定してあげることだけが優しさじゃないでしょ。最終的にあの子のためにならないんだから」

「お母さんかよー」

「う、うるさいわね……」


 けらけらと笑う亜紀から照れたように目を背けるひよりだった。


「……どうすると言えばさー、そろそろ文化祭の出し物も決めないとだよねー。今日のホームルームで決めるとか聞いたけどー」

「文化祭、ね……」

「あははー、学校の二大行事イベントにそんなにやる気ない顔するのなんてひよりんくらいだよー?」

「文化祭自体が嫌なんじゃないわよ。ただこの学校の文化祭って、一年生は慣例的に屋台か教室展示でしょ?」

「あー……たしか体育館は二、三年生が使うから、劇とかバンドは事実上不可なんだっけー? イマドキあんまりないよねー、こういう露骨な年功序列ってー」


 屋台や出店は祭りの華だが、実際に自分たちが出店するというのは凄まじく面倒くさいものだ。食材の品質管理の徹底や食中毒への懸念けねん、そして何時間も屋外で熱された鉄板ホットプレートの前に立たされたり、校外からもやって来る客を次から次へとさばかなければならなかったり……指折り数えるだけでも大変な様子が目に浮かぶ。

 かといって教室で手芸教室を開いたり、やる気のない書道作品の展示会をするというのもいただけない。やはりそこは人生で一度しかない高一の文化祭、思い出に残るような〝なにか〟をしたいのだ。


「あ、歌種高うちの文化祭といえばアレも有名だよねー、後夜祭のフォークダンス」

「? なによそれ?」

「知らないのー? 毎年、後夜祭でキャンプファイヤー囲みながらフォークダンス踊るんだよー。しかも噂によると、そこでペアで踊った男女はなんと――」

「あーはいはい、〝ペアで踊ると恋がみのる〟とかそういうありがちなやつね」

「あははー、ベッタベタだよねー。でも私はそういうの嫌いじゃないけどなー」

「アンタは当日大変そうね……」


 男子人気なら真昼すらしのぐゆるふわ系少女に気の毒な目を向けつつ、ひよりは今聞いた話を脳内で反芻はんすうする。


「(そういえば、真昼あの子はこの話知ってるのかな……たしか以前まえに『文化祭にもお兄さんを誘うんだっ!』とか言ってたけど……)」


 脳裏に浮かぶのは今朝、迷いが抜けたような表情かおをしていた親友のこと。彼女が今後、ゆうとのことをどうするつもりなのかはなにも聞いていないが……。


「(……変に吹っ切れちゃって、『後夜祭でお兄さんと一緒に踊るっ!』とか言い出さなきゃいいけど……)」


 でも真昼あの子って時々、本当に心配になるくらい馬鹿だからなあ――なぜかひよりには、早くもこの後の展開が読めるような気がしてならなかった。

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