第一〇一食 家森夕とオーバーケア

 ★


 自分で言うのもなんだが、俺は友だちに恵まれている方だと思う。……いや、待ってほしい、そんなに疑わないでほしい。毎度ウザ絡みしてくるどこかの青葉バカを連想して「どこが……?」と懐疑の目を向けられるのも無理はないが、それは青葉蒼生あおばあおいが特殊なのだという方向で解釈していただきたい。もし俺の友人がみんなあんなのだったら、たぶん今頃俺は相当グレていたと思う。

 それに恵まれている、と表現したが、それは数の話ではなく質の話なのだ。……いや、待ってほしい、なおさら疑念の色を濃くするのはやめてほしい。息を吐くようにドタキャンするどこかの青葉アホを連想して「アレで……?」と俺の鑑識眼かんしきがんを哀れむ人がいるのも無理はないが、やはりそれは青葉蒼生が特殊なだけだ。というか青葉だって普段はろくでなしだが根っこは悪い奴じゃない。それは先日の海での一件からも分かる通りだ。


 閑話休題。

 繰り返すが、俺は友人に恵まれたという自覚がある。別に〝命を投げ出してもいいと思えるほどの親友〟だとか〝第二の家族とも呼べるような仲間たち〟だとかがいるわけじゃない。友だちの絶対数だって特別に多いというわけでもない。それでも「恵まれた」と思えるのは、俺の性格をかんがみてのことだ。

 だってそうだろう。俺――家森夕やもりゆうという男は、必ずしも一緒に居て楽しいたぐいの人間ではない。愛想がいいわけでも付き合いがいいわけでもなく、なにか特別に優れているような部分もない。そんな俺に普通に話し、普通に笑い合える友人が出来たことを「恵まれている」以外にどう表現しろというのか。


「――じゃあまたなー、家森ぃー!」

「またこっち帰ってきたら言えよなー!」

「おう、じゃあな」


 こちらに向けて手を振る友だち二人と別れた後、俺はすっかり暗くなった空を見上げて「ふう」と息をつく。

 歌種うたたねから帰省して四日目。しばらくぶりに実家へ帰ってきた俺は珍しく自分から高校時代の友人に連絡をとっていた。といってもなにか目的があったわけじゃない。夕方頃にだらだらと合流し、そして近所の安居酒屋で数時間ほどとるに足らない世間話をしてきただけだ。


「(でも……案外いいもんだな、こういうのも……)」


 普段から青葉の誘いをあしらっていることからも分かるだろうが、俺は基本的に〝飲み会〟というやつが得意ではない。十数人単位でわいわい騒ぐのが苦手というのもあるし、まだ酒の良さも今一つ理解出来ていないからだ。

 けれどしばらくぶりに会った旧友と初めて共にした酒の席を、俺は意外なほどに楽しめた。もっともそれが酒の力なのか、単に久しぶりの再会に気分が高揚していただけなのかは分からないが……。


「……」


 程よく酔って火照ほてった頬に、夏の夜風が気持ちいい。「これが風流フーリューか」なんてとりとめのないことを考えながら一人のんびり歩いていると、不意に尻ポケットに入れてあった携帯電話がぶるぶると振動した。

 取り出して画面を点灯させると時刻は二〇時を回ったところ。そして今の振動はメッセージアプリの着信通知だったようだ。立ち上げてみると、送信者名は〝旭日真昼あさひまひる〟となっている。


『旭日真昼:ひよりちゃんたちと夏祭りです! お兄さんはもうお友だちとご飯食べましたか?』


 そんな短い文章と共に浴衣ゆかたを着たJK組――小椿こつばきさん、赤羽あかばねさん、冬島ふゆしまさんの三人がわたがしやりんご飴を片手に屋台の立ち並ぶ神社を歩いている写真が送られてきた。真昼自身は彼女らを後ろから撮影しているため写っていないが、代わりとばかりに写真下部で見切れているピースサインがなんだか微笑ましい。

 帰省当日に本人が言っていた通り、真昼からはちょくちょくこうしてメッセージが飛んで来る。「お父さんがご馳走を買ってきてくれました!」や「お母さんと一緒に料理をしました!」など、楽しい帰省になったようでなによりだ。彼女は当初の予定通り三日で歌種に戻ったようだが、今日は今日で友だちと一緒に夏祭りに行っているのだから見事な青春謳歌っぷりである。


 思えば俺が今日、柄にもなく高校時代の友人に連絡をとったのは真昼の影響もあったのかもしれない。俺が知っているのは小椿さんたちくらいだが……真昼のことだ、きっと他にもたくさんの友だちがいるのだろう。そんな彼女の姿を毎日見てきた俺は、なんだか妙にかつての友人たちに会いたくなってしまったのである。


「(祭りか……もう長いこと行ってねえな、そういや)」


 祭りそれ自体は嫌いではないのだが、あの人混みに自ら飛び込んでいくほど好きでもない。いや断じて、断じて物価が高いからなどではなく。

 そういえば歌種むこうに行ったのは貧乏大学生活を始めてからだから、そもそもどこでどんな祭りがあるのかすら把握していないな。後で暇な時にでも調べてみようか。


「(しっかし、こんな時間に女の子だけで祭りか……まあ祭りなんてだいたいどれも夜からが本番メインだろうから仕方ないんだけど……)」


 それでも少しだけ心配してしまうのは過保護だろうか。どうにも海でのナンパ事件以降、なにかと気になってしまうことが増えた気がする。


「(……せっかく楽しんでるんだ、水を差すのもな)」


 どちらにせよ、一隣人に過ぎない俺が今以上に真昼のプライベートに口を出すのは流石によろしくない。かぶりを振り、当たりさわりのない返事にとどめておこうとフリック入力を始めた俺は――


「…………」


 ――やはりなんとなく気になって、画面を操作する手を止める。入力中だった本文を消し去り、代わりに指先を伸ばしたのは〝旭日真昼〟の表示の隣にある受話器マークのアイコン。


「(絶対過保護だよなあ、これ……)」


 もしかしたら煙たがられるかも……なんて考えながらも、俺は今度こそ手を止めることなくそのアイコンをタップしてしまうのであった。

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