第四九食 JK組とハンバーグ①


「さてと……んじゃ、始めるか」


 一人呟き、キッチンに立った俺はTシャツの袖をまくった。

 目の前に並べられている食材は牛豚の合挽あいびき肉とタマネギ、卵、牛乳、パン粉。そして味付けとソース用の各種調味料。

 そう、これから俺が作るのはみんな大好き・子どもの好きな食べ物ランキング上位常連の一品――〝ハンバーグ〟である! ……といっても、自分で作るのはこれが初めてなのだが。


 うちの母親もよくハンバーグを作ってくれて、子どもの頃の俺は夕食がハンバーグと知れば飛び上がって喜んだものだ。母は決して料理上手ではなかったと思うがそれでも最強に美味しくて、欲張って二個も三個も食べようとしては「また作ってあげるから」と怒られたことを鮮明に覚えている。……世の美味うまい食べ物をたくさん知った今でもなお、なんの変哲もない肉料理が俺の中で〝ご馳走〟カテゴリに属しているのは、この記憶のせいなのかもしれないな。


 どこかの馬鹿のせいで突然暇になった俺がこうしてハンバーグを作ろうと思い立ったのも、当時の記憶が突然蘇ったからだ。……昼前の講義で腹が減っていたことは言うまでもなかろう。

 本当は真昼まひると一緒に作ろうと思っていたのだが、どうやら今日は珍しく友達と遊んでいるようなので久々の一人料理だ。まあ俺も料理本を見ながらの作業になるし、真昼に教えるのは自分がきちんと作れるようになってからでも――


「おーにーいーさーんっ! あーそーぼーっ!」

「!?」


 その時、いきなり我が家の玄関をドンドンと叩く音とともに、やけにレトロな誘い文句が聞こえてきた。


「(な、なんだ、真昼か……?)」


〝お兄さん〟という特徴的な二人称からいつもの女子高生を思い浮かべつつドアの鍵を開ける俺。……この時、面倒くさがらずにドアスコープをちゃんと覗いておくべきだった。なぜなら――


「おっ、いたー。それじゃあお邪魔しまーす!」

「はっ!?」


 ――開錠音とほぼ同時に勝手にドアを引かれ、次の瞬間には私服姿の、そして真昼ではない女子高生が勢いよく飛び込んできたからだ。


「おおー、中はまひるの家とおんなじだー。でもまひるの家と違ってちゃんとレンジもあるー」

「ちょっ……! あ、赤羽あかばねさん!? なにしてんの!?」

「あ、おにーさん。お邪魔してまーす」

「いやお邪魔してますじゃなくて!?」


 女子高生の正体はつい先ほど駐輪場前で会った真昼の友人・赤羽さんだった。間延びした口調とゆるゆるふわふわした雰囲気が特徴的な彼女は歌種高校の制服からラフな格好に変わっている。

 許可もなく家に上がってきた彼女に戸惑う俺。すると今度は外の廊下からダダダダッ、とすごい勢いで何者かが駆けてくる音が聞こえてきた。


亜紀あきちゃんっ!! 勝手にお兄さんの部屋に入っちゃダメだってばっ!?」

「ま、真昼!」

「あっ、お、お兄さん、こんにちは……じゃなくて!? す、すみません、うちの子ったらお兄さんと料理するって聞かなくて!? 亜紀ちゃん、勝手に人の部屋に入っちゃメッ、だよ!?」


 幼稚園児を叱る母親のようなことを言う真昼に、しかし赤羽さんは「えー、いいじゃんかー」とこちらを振り返ってから、まな板の上に用意された食材を指差す。


「おにーさん、これからハンバーグ作るんだよねー?」

「えっ……うん、まあ……」

「だから私たちも手伝ってあげようと思ってさー」


 赤羽さんがそう言ってにぱーっと笑うと、真昼が「ち、違うでしょ!?」と珍しくぷりぷりした様子で声を上げた。


「お兄さんの迷惑になるから夜ご飯は外で食べようって決まったよねぇ!?」

「決まってないもーん。多数決の結果はファミレス派に一票、おにーさん派に一票、美味しければなんでもいい派に二票だったじゃん。あっ、ちなみにおにーさん派に入れたのは私だよー?」

「い、今その情報いるっ!?」

「まひるはファミレス派なんだってー。おにーさんのハンバーグよりファミレスのハンバーグが食べたいのかなー?」

「そんなこと一言も言ってないよね!? ちっ、違うんですよお兄さん!? 私はただ、四人で押し掛けたりするのは絶対迷惑だからやめようって言っただけなんです、信じてくださいっ!?」

「い、いや、俺別に何も言ってないんだけど……」


 なにやら涙目になって必死に訴えてくる真昼に困惑の表情をする俺。そしてそんな真昼を見てニヤニヤと悪どい笑みを浮かべるのは赤羽さんだ。……ああ、なんとなく彼女の性格が掴めたような気がする。だってあの顔、たまに青葉あおばがする顔と同じだもの。

 一応赤羽さんには気を付けておこう、と心のメモをとりつつ、俺はじりじりと距離を詰め合う女子高生たちに「えっと」と控えめに告げた。


「晩飯、君らの分も作ろうか?」

「えっ……」

「いいのー、おにーさん?」

「うん、別にいいよ。材料は十分あるし……まあ俺も作るの初めてだから上手く作れるかは保証しかねるけど、それでもよければ」

「で、でも……」


 やはり俺に迷惑なのではと考えているのだろう、真昼がもじもじと両手の指を絡める。……そういえば初めて会った時も最初はこんな風に遠慮していたっけ。そしてあの時はたしかタイミング良く真昼の腹が鳴って……。

 俺は「ふむ」と一つ頷くと電子レンジの天板上に広げて置いてあったレシピブックを手に取り、「ちなみに」と真昼の前に差し出した。


「今日作ろうと思ってるのはこの〝初心者必見・誰でも簡単! デミグラスハンバーグ〟だ」

「でみぐらすはんばーぐ……!」

「うわ、おいしそー」


 赤羽さんもろともあっさりと釣れた食いしん坊女子高生に、俺は内心ニヤリと笑いながらもポーカーフェイスを保って続ける。


「だろ? でも〝簡単〟って書いてあるわりに結構手順が複雑でな……あー、どこかに〝器用〟で〝料理上手〟な女の子でも居ないもんかなー? 居てくれたらすごーく助かるんだけどなー?」


 我ながらひどい棒読みの台詞だったが……それを聞いた瞬間に真昼の両目がビカーンッ! と発光した――ように見えた。直後、彼女は先程までの遠慮はどこへやら、右手を天高く挙げながらぴょんぴょんと自己の存在をアピールしてくる。


「はいっ、はいっ! とっても器用で料理じょ……お、お料理大好きな女の子ならここに居ますよっ!」

「うわー、まひるチョロー」

「〝料理上手〟を自称しなかったのはせめてもの謙虚さの表れか……?」


 チョロチョロな真昼に憐れみの混じった目を向ける赤羽さんと、一応客観的な自己評価も出来るらしい少女に苦笑する俺。

 そんなこんなあって、本日のハンバーグ作りのメンバーにゆるふわ系の女子高生とチョロい女子高生の二名が加わったのだった。

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