16 初のリリースイベント
「え、陸先輩、当選したんですか!? しかも、リリイベも、握手会も!?」
すみちゃんはあんぐりと口を開けている。
「うん。拍子抜けしたね。そんな簡単に当たるなんて」
「え、すみはどうして当たらなかったんですか。すみ、陸先輩よりお金かけてるのに……」
「やっぱり、愛が足りないんじゃない? 俺のほうが真希歴は長いからさ♪」
陸先輩、すごくご機嫌だぁ……。
すみちゃんはむむむとうなっている。
陸先輩が、真希ちゃんに、会いに行く……。
この前の陸先輩の言葉で納得したような気になっていたけれど……。
会って、どうなるの?
って、また考えてしまう。
会って、真希ちゃんが陸先輩と付き合うことになったら……、とそこまで考えて、ないない、と首を振る。
だって、芸能人だもん。
アイドル声優なんでしょ。
付き合えるわけ、ない。
―—悠希くんも。
突然そう思ってしまった。
今は悠希くんもアイドルみたいな感じで、あのころとは身を置いている場所が違っていて、もう私のことなんか、気にかけてないはずなのに。
―—私、悠希くんと、一緒にいたかった……。
今までそんなこと、考えたことなかったのに、ずるいなって、自分でも思う。
告白された時だって、追いかけようとしなかった。ただ、喜びにひたっていただけだった。
今までは、地理的に遠いところにいるだけだった。
でも、もう、手が届かないってわかると、そう考えてしまう。
私、悠希くんの彼女になりたかった……。
でも、だからこそ。
陸先輩の、真希ちゃんへの気持ちがよくわかる。
だけどさ。
会っても、無理だから。無駄だから。
やっぱりやめた方がいいって思うけど、結局口にはできなかった。
そんなこんなで、陸先輩はリリイベ(握手会はリリイベが終わった直後)に行き、私たちは夢佳先輩の家に集まって陸先輩を見守ることにしたのだ。(ちなみにすみちゃんは陸先輩について行ってる、みたい。会えないのがわかっていても、音漏れがあるかもしれないからって、ついて行ったのだ)
「ていうか、夢佳先輩は陸先輩についていかなくていいの?」
「このはちゃん、前から思ってたけど。先輩って言ってるのに敬語じゃないのはなんで?」
「あ、ごめん。これからは夢佳ちゃんて呼ぶね」
「そういうことじゃない!!」
このはちゃんはおとなしい子だって思ってたの、間違いだったのかも。
あとから知ったけど、結構フレンドリーなんだよね。
たまにクラスをのぞくと、周りにたくさんの人が集まってるし。
私は……まだ友達ができてないから、尊敬しちゃう。
——今日は、そばに大きなリュックサックがあるのが気になるけど。何なんだろう?
その時、着信音が流れ始めた。
「電話? 誰の?」
「あ、私です」
私はスマホを取り出す。
遥大くんだ。
「え、なになに、梨々花ちゃん、彼氏?」
「何言ってるの夢佳ちゃん。梨々花ちゃんは天野悠希が好きなんだって」
「あああ、遥大くんはそんなんじゃないし、悠希くんは……、で、でるね! もしもし?」
『ああ、梨々花? この間送った悠希の動画、見た?』
「梨々花ちゃん、スピーカーフォンにして!」
私は言われたとおりにする。
「みたよ」
『梨々花、どう思った?』
「悠希くんだなって思った」
「きゃ、名前呼び!」
「やっぱり、梨々花ちゃん……天野悠希のことは……」
ああ、外野がうるさいよお。
『あ、今どこかでお出かけ中? ごめんね。かけなおすよ』
「ううん、大丈夫」
今思うと。
遥大くん、悠希くんのこと、今も知っているような話し方だった気がする。
「ちょっとからかってみただけ。……悠希は、あいつ、書道はすげー上手かったのに、字だけは今でも直んないんだよな。その点梨々花は字も上手いから書道も上手いんだろうなって」
あれは単なる聞き間違い? 言い間違い?
遥大くんは、悠希くんをどこまで知っているの?
それが知りたくて、さりげなく悠希くんの話題に持っていこうとした。
「今日は先輩が天野真希ちゃんのリリイベに行ってるんだ」
『あー、真希先輩の幼馴染のこと?』
ん? 私、そんな話、したっけ?——でも、悠希くんの親友だったんだから、知っててもおかしくない、よね。
「そう。——ねえ、遥大くんは、なんで私にあの動画見せたの?」
あの動画を見てから、ずっと不思議に思っていた。
世界に三人同じ顔がいるって言ってた。なんだかごまかすように。
だけど、親友だったら、悠希くんだってすぐわかったはず。
なのに、どうしてそんなこと言ったの?
『んー、確信が欲しかったから、かなぁ。俺、悠希からもらったもの、返し忘れてるものあって。本人だったら事務所に送ろうかなあって思ってさ』
あ、そういうことだったんだ。
遥大くんのこと、疑って悪かったな……。
何か悠希くんの情報が得られればって思ったんだけど、知らなさそうだね。
『お出かけ邪魔しちゃ悪いから、そろそろ切るね』
「うん、またね」
プツ、と電話が切れた。
★☆★
「梨々花、貴重な情報、ありがと」
遥大はスマホに向かってそう呟く。
静かな部屋で一人窓際の机に向かっている。
「これで俺もまいかをあそこに戻せる」
遥大は暗闇の中でゆっくりとパソコンを閉じる。真剣な瞳だった。
スマホを再度持ち上げると、ある人に電話をかけ始める。
「あー、富田さん、天野真希の握手会っていつ終わる?」
『また遥大―? ほんとに今忙しいんだから電話かけんなっつうの!』
「いいからいいから」
『んー、大体16時くらい? でも急に何よ』
「いや、いいことしようと思って」
『いいこと? 遥大が言うとシャレになんないんだけど。とにかく、うちに迷惑かけない程度に頼むよ』
「あー、ごめんそれは保証できない。だけど」
『あ、天野に呼ばれたわ。切るよー?』
電話が切れた後ぽつりとつぶやいた。
「俺たちにとっては嬉しいこと。きっと、親父も」
握手会が終わって片付けていろいろ準備してたらいつくらいになる?
天野真希はもうそろそろ辛そうだと、まいかから聞いていた。
きっと、俺の予想通りの行動をとるだろう。
絶対に、まいかを戻す。
遥大は長袖のシャツをきて外に出た。
この日は気温が高く、まだ昼に長袖を着るには早い。
★☆★
『もしもし、夢佳先輩ですか? すみです! 現在陸先輩は緊張に緊張しまくってトイレに行きまくっています! すみが代わりにリリイベ行ってあげたいくらいです』
『夢佳に変なこと言うな! 違う、俺は……』
『もう少しで開場なんですよ。すみはアニメ関連店で真希さんサインを見まくるの旅をしてきます! 開演時刻になったら音漏れしないか確かめます』
すみちゃんはそう報告だけして電話を切った。
「大丈夫かな、陸……」
「うん、大丈夫じゃなさそうだよね」
「あ、そうそう。夢佳ちゃんはなんで、ついていかなかったの?」
さっき、答えてなかったよね。
一緒に行けばデートみたいだったのに。
「だって、ほら、一緒に行くと、まーちゃんに会えるのにワクワクしている陸を見ることになるわけでしょ。そんなの嫌よ」
確かに……。
恋する乙女的には複雑な気持ちになりそう。
「全イベントが終了するまで何時間あるんだっけ、夢佳ちゃん」
「二時間ちょい」
「じゃあそれまではさ、ゲームでもやらない? いろいろ考えてきたよ~」
このはちゃんの大きな荷物はそのためだったのか!
リュックをひっくり返すと、面白そうなゲームがたくさんある!
「これは、この前使ったトークテーマの箱。あとは私が書いた書道を破ったやつで、パズルゲームができるよ。それに——」
陸先輩から電話がかかってくるまでの二時間、私たちはとっても充実した時間を過ごせたんだ。
だけど……。
電話をかけてきた陸先輩の声はは、とても暗かった。
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