第25話 箱舟
ああ
眠ってしまっていたみたいだ
君の指にふれたまま
トパーズ色の日差しが
優しく
寂しく
僕たちを包み込んでいる
君はまだ眠っているんだね
手首の脈動を探る
胸の
なだらかな動きを見つめる
ああ
君は生きている
お湯のような涙が溢れて
溢れるままに
君の白いシーツに染みをつくってゆく
気がついたら
嗚咽していた
走り込んできた看護師が
うつぶせた僕に覆いかぶさるようにして
モニターのバイタルを確認する
瞬間
生きて躍動している人間の
弾力と息遣いが
鮮やかに
強烈に
僕は思わず
君の指に強く縋り付く
「変わりないですよ・・・」
若い男の看護師が
小声で告げた
変なものでも見るような
憐みの混じった目
突き上げるように
暴力的な怒りが生じ
僕は叫びたくなるのを
必死でこらえた
「・・・いつもご苦労様です。」
・・なんじゃそりゃ?!
怒りが笑いにひっくり返る
いつもご苦労様です?
なんじゃそりゃ 兄ちゃん
何挨拶だ
看護師は
曖昧な会釈をして
部屋から出ていった
僕はまた
君とふたりっきりに戻る
君の髪を梳く
ブラシに残った抜け毛をゴミ箱に捨てる
髪が
また少し長くなったね
リップクリームを塗ってあげようね
唇が乾き過ぎてしまわないように
ほら
唇に艶が宿って
とても綺麗だよ
可愛いよ
・・・このリップクリームは何本目だろう
こんな夕暮れは 何百回目だろう・・・
僕達を乗せたトパーズの箱舟は
漂い続ける
静寂と昏睡と祈りの波間を
歌も 風も 太陽も無い海を
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