第38話 今日はケイの試合です。
それから数日が経ち、闘技大会は順調に進んでいた。
闘技大会の期間中には休息日という試合のない日もあるんだけど、警備自体はその日もやらなくてはいけない。
それとは別に、私たち警備兵には試合日と休息日の区別なく交代で休みを取ることになっている。
今日は、闘技大会の試合はあるけど私とウェナはお休みの日。
そしてこの日はケイの試合があるということなので、ウェナと二人で応援することにした。
臨時警備員も闘技場関係者ということで、関係者用の客席が使えたりする。
役得というやつなのかな。
なので今日はそこで応援だ。
まあ、役得といっても警備員用に内々に割り当てられた席だから狭くて少なく、早い者勝ちなんだけどね。
どれぐらい狭いかというと、死鋼の鎧の横幅だと座るだけで一段がほぼ埋まってしまうくらい狭い。
「お待たせ、しました」
早めに来て特等席の最前列を確保していた私のところに、ウェナが小走りに近寄ってくる。
「こちらを、買ってきました」
そう言って、ウェナが私に一本のトウモロコシを差し出した。
表面には焦げ目がついてて、あったかい。
「わ、ありがとう」
買ってきてくれるよう頼んでおいた、トウモロコシの海塩焼きだ。
昨日、闘技場の売店で売っていたのを見つけて、勤務が終わった後に買って食べてみたらすっかり気に入ってしまったのだ。
日本のトウモロコシよりも粒が大きくて、味はあんまり甘くないけど歯ごたえがあって香りもよくて、これはこれでとてもおいしい。
さらに塩も効いてて、ほんのり海の香りがして、これまた私好み。
しょうゆ味も好きなんだけどね。こっちの世界だと、しょうゆにはまだ出会えていない。
ウェナは自分用に、ニクスの実を買ってきてた。
この街に来たときに道の露店で売ってた、葉っぱのストローで中の果汁を飲むやつだ。
ニクスの実、気に入ったみたいね。
「席は、空いていない、ようですね」
ウェナが後ろのほうを見てつぶやく。
私も振り返って見てみたけど、いつの間にか関係者席は全部埋まっていた。
「ウェナは、死鋼の鎧に触っても大丈夫なの?」
「はい。従者ですので」
「それじゃ、ここに座る?」
私は自分の膝を叩いたけど、ウェナは何を言われたのかわからなかったみたいで、その場から動かない。
それならば。
私は一度立ち上がって、ウェナの横で少し屈んだ。
「動かないで、そのニクスの実をしっかり持ってて」
「はい? はい」
私はウェナをお姫様抱っこして元の席に戻り、自分の膝の上に乗せた。
ふふふ。お姫様抱っこはこの前の試合場で練習済みだ。
人生、なにが役に立つかわかんないもんだなあ。
ウェナはしばらく私の膝の上で固まってたけど、そのうち私のお腹に背中を預けてくれた。
「あ、ケイが出てきた」
何度かの試合が続いた後、控え室からケイが出てきた。
もう三日月形の剣を抜いていて、その刀身がほのかに赤く光っていた。
白い鎧を着ていても足取りは軽やかで、赤いショートヘアが揺れている。
「がんばってー!」
私が声をかけると、ケイが振り向いた。
こっちを見たケイが、にかっと笑って剣を振る。
ケイの相手の選手っぽい人は、いつの間にか試合場に来ていた。
赤黒いフード付きの閉じられたマントは首元から足先まで全身を包んでいて、マントの合わせ目から見える手には黒手袋。
顔は色白の女性っぽいけど、フードの影に隠れてよく見えない。
「あんな不気味なのが、ケイの対戦相手?」
「登録名は、お薬マニア、だそうです」
ウェナが私を見上げながら教えてくれた。
なんというか、すごい名前。
登録名というのは選手が自由に付けられるみたいだけど、他にもうちょっといいのがなかったんだろうか。
いやでも、ケイの登録名は確か「赤い天使」だった。
この世界のネーミングセンスは、みんなこんな感じなんだろうか?
「そういえば、ウェナが役所で大会に参加しようとしたとき、登録名をなんとかの王ってしようとしてたね。なんか由来があるの?」
「『魔を拒む黒鉄の王』ですね。初代ギド王の、二つ名です」
そう言うウェナの顔は、少し嬉しそうだ。
由来はなんとなくわかるけど、恐ろしげな名前。
まあ、他の人よりはまだマシなのか? たいして変わんないか?
≪そろそろ始まるぞ≫
「ギド王、起きたの?」
≪ああ≫
「ケイの相手って、どんな種族とか、どんな戦い方なのかわかる?」
≪この距離じゃわからんな。武器種や戦闘手段を見切られないように、うまくマントで隠していやがる≫
お薬マニアか。
薬で、どうやって戦うんだろう。
相手に塗るとか?
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