第36話 三年連続優勝者の試合が始まります。
審判さんが二人に声をかけ、ジュリアさんが礼をする。
鎧の人もちょっと遅れて頭を下げた。
後ろに下がった審判さんが深呼吸する。
「試合開始!」
開始の合図と同時に、ジュリアさんが正面から相手に突っ込んだ。
鎧の人はとっさに反応できなかったのか、槍を両手で斜めに構えて防御の姿勢だ。
≪あっさり近づかれたな。これで槍の優位は無くなった≫
ジュリアさんはまず右の二本のメイスで、鎧の人の腕を殴りつけた。鋭い金属音が、壁際の私にまではっきり聞こえる。
間髪入れず、左から二本のメイスが鎧の人の脇腹を狙う。
けど、そっちは鎧の人が振った槍の柄に弾かれた。
ジュリアさんから次々と飛んでくるメイスの攻撃を、鎧の人は槍の柄でなんとか払い続けている。
≪ふうん。あの鎧、防御の腕はそこそこあるな≫
鎧の人が、メイスを弾いた勢いを利用して槍を回転させ、ジュリアさんの頭めがけて上から叩きつけた。しかし、それはあっさりと二つの盾に受け止められてしまう。
鎧の人はそのまま、受け止められている槍に寄りかかって体重を乗せた。
ジュリアさんは残りの腕のメイスで殴ろうとしてたけど、苦しそうな顔をして全部の腕で槍を支えるように姿勢を変える。
「あれ、殴るのやめたね」
≪あのジュリアって女は六本腕だろ? 多腕系の種族の特徴として、手数は多く器用だが腕一本の腕力は普通の連中より弱めなんだ。あの鎧の重量で寄りかかられたら、全部の腕を使わなきゃ受け止められずにつぶされると判断したんだろう。重量を利用するのは死鋼の鎧でも使える戦法だな≫
しばらく槍を支えていたジュリアさんは、六本の腕で槍の
≪さあ、鎧側としてはここで間合いを取れればいいんだが≫
でも、そうはならない。鎧の人が態勢を立て直す前に、立ち上がったジュリアさんがまた詰め寄ってくる。
「また押しつぶそうとするのはダメ?」
≪決定打にはならんし、あそこまで近づかれたら槍は使いづらい。近距離はメイスの間合いでもあるから、組みつくまでに数発は殴られるだろう。鎧は槍持ちだから、距離さえあれば鎧のほうが一方的に攻撃できる。鎧側としては離れたほうが有利だな≫
「なるほど」
ギド王の言うとおり、鎧の人は槍を振り回して、なんとかジュリアさんを引き離そうとしてる。
けど、ジュリアさんは盾とメイスで槍をそらしながら、ぴったりと鎧の人に付いてきている。
隙をみては横や後ろに回ろうとしてるみたいだ。
≪普通の鎧は重量が邪魔をするから、距離を置きたくても素早くは動けない。あいつはよくやってるほうだ≫
鎧の人の鼻近くをメイスがかすめる。だけど鎧の人はひるまずメイスを防ぎ続け、たまに反撃もするようになってきた。
ジュリアさんの攻撃に慣れてきたんだろうか。
まずいのではと思ったとき、ジュリアさんの動きが変わった。二本の手が合わされ、その手の間に白い光の玉が生まれる。
別の腕で振られたメイスを影にして、白い光が放たれた。光の玉は鎧の人の顔のところまで近づき、絞るように縮む。
その直後、目の前が黒く染まった。
この鎧を初めて着たときみたいに。
「うわ、なに?」
≪光の魔法だ。本来は照明用だが、今みたいに目つぶしにも使える≫
そうだ、思い出した。今のは遺跡でウェナが使ってた、光で照明を作る魔法だ。
今さらだけど、目をぎゅっと閉じる。
≪大丈夫だよ。今の光は鎧が防いだ≫
あ、そういうことか。
あの時は、まぶしすぎて動けないくらい目が痛かったけど、今はなんともない。
≪見るんだ。ここは注目だぞ≫
目を開けると、ふらついた鎧の人の右手がメイスで殴られ、さらに太ももが打たれるところだった。
続いて頭めがけて振られたメイスは、鎧の人が右腕を前に出して手首で受け止めた。
あれは痛いよ。
鎧の人は衝撃に耐えきれなかったみたいで、その場に片膝をついた。
≪あの一発が無防備の頭に当たっていたら終わりだったな。だが、そっちのほうがマシだったかもしれん≫
「え、どういうこと?」
≪槍が確保されている。鎧のほうはもう逃げられんな≫
よく見ると、ジュリアさんの右三本腕が鎧の人の槍をがっちりつかんでいた。ジュリアさんの左三本腕にはメイスが握られている。
ジュリアさんの足元、鎧の人の手が届かない位置に盾二個とメイス一個が置かれていた。いつの間に持ち替えたんだろう。
鎧の人は槍を引っ張って取り戻そうとしてるけど、ダメみたいだ。
≪あとは殴られるだけだ≫
ジュリアさんの三本のメイスによる乱れ打ちが始まった。
鎧の人は、頭だけは右腕で守ってるけど、肩、腹、腕、あらゆるところを殴り続けられる。
そのうち、鎧の人が槍を手放して、その場にうつぶせに倒れた。
ジュリアさんが槍を持ったまま後ろに下がり、審判さんが前に出てくる。
審判さんは鎧の人に手をかざした後、頭上で旗を二度振り、そしてジュリアさんに向けた。
「勝負あり! 勝者、ジュリア!」
勝利宣言を受けたジュリアさんが、左腕に握った三本のメイスを振り上げた。
観客席から拍手が巻き起こる。
「エクサの守護者、ジュリアの勝利だあぁ! 六本の腕から繰り出される嵐のような連撃は、今も健在だった! 鉄塊王もよく戦ったがぁ、王者には届かなったっ!」
司会さんの声が響いて、それに観客の歓声がかぶさる。
試合前よりもさらに大きいジュリアコールが始まった。
『ジュリア! ジュリア! ジュリア! ジュリア! ジュリア!』
歓声を浴びるジュリアさんの顔は真っ赤で息が荒く、怒りと笑いが混ざったような表情をしている。
それは前に微笑んだときのかっこよさときれいさに加えて、ちょっと恐ろしさを感じてしまった。
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