第5話
「『ヤノフスキーの夜鷹』ってのは、お前か?」
一番街のボロノフ通りで店を開く『ヤーストレブ』で、今日も楽しく飲んでいる俺に、背後から声がかかる。
飲み干す手前のロックグラスをカウンターに置いて振り返ると、そこには体格が良く、右頬に
なんとも
「俺が『そうだ』と言ったら、どうする?」
「決まってるだろう、情報を買いに来たんだ」
ふんと鼻を鳴らして、男は俺を見つめ返した。
随分と
「ということはエージェントか? ライセンスを見せてくれ、その顔には覚えがない」
「だろうな。俺は首都で活動している。アニシンくんだりまで来たのはこれが初めてだ……そら、確認してくれ」
俺の問いかけにそう返しながら、男はスマートデバイスの画面を差し出してきた。
ティムラズ・サベリエフ。36歳。連邦公認二級エージェント。クリコフ
なるほど、去年の優秀エージェント表彰者か。尊大で
ともあれ、エージェントなら相応の対応はしないとならない。右隣のカウンターチェアを指し示す。
「……なるほどな、分かった。ここの席に座れ」
「おう」
俺の言葉にぶっきらぼうに返しながら、ティムラズは俺の右隣にどっかと腰を下ろした。
何というか、
飲みかけだったウイスキーを口に含んで、飲み込んでから、俺は片肘をカウンターについてティムラズの顔を見た。
「ヤノフスキーどころかアニシン領に来るのも初めてということは、俺の噂は知っていても、それ以上のことは知らないんだろう?」
「だったらどうだって言うんだ? 俺は金を出す、お前は情報を出す、それさえ出来れば、俺は何も言わねぇ」
不機嫌そうに眉根を寄せるティムラズ。その物言いは、さっさと情報をよこせ、という態度がありありと現れている。
思わずため息をつく俺だ。俺の『ルール』を知らないにしても、限度がある。
「やれやれ、高圧的に出れば何でも解決するってものじゃないんだがな」
「あぁん? なんだと」
呆れ顔で言葉を返す俺に、ティムラズがくって掛かってきた。
こう高圧的に出られたら、俺も仕事がやりづらい。普段なら隣のこいつを追い返すか、支払いをしてさっさと店を変えるのだが、今回は初見の客。ここでぶった切るのはあまりよろしくない。
眉間に皺を寄せながら、ティムラズの鼻先に指を突き付けた。
「いいか、サベリエフ。俺から情報を買うのが初めてだし、ヤノフスキーに来たのも初めてだってことだから、特別に直接レクチャーしてやる。
俺は、もちろんタダで情報を売りはしない。仕事のテーブルにつくために、客には独自のプロセスを踏んでもらうことにしている。そのプロセスに
俺の言葉に、相手はぐっと押し黙った。
当然だ、エージェントが情報屋に情報を買いに来たとき、立場は情報屋の方が圧倒的に強い。情報を売るも売らないも売り手の一存、売れないと判断したら別の客に売ればいいだけの話だ。
それを分からないほど、この熊は
「……ったく、地方の情報屋の連中は独自の流儀があるから面倒だ。で? 何をしろってんだ」
ようやく仕事のテーブルにつく気になった相手に、ふっと笑みを
「なに、簡単な話だ。
「あぁ……?」
俺の発言に、ティムラズは目を見開いた。どうやら彼の中で、予想だにしない返答だったらしい。
またも眉間に皺を寄せて、しかし身を乗り出さずに俺を
「てめぇ、情報料だけじゃなく前金も取ろうってハラか」
「首都の情報屋がどうやってるかなんて俺の知ったことじゃないね。俺は俺のやり方で情報を売るだけさ。
それに俺は信頼できる相手にしか情報を売りたくない。初見の相手の信頼度を測るには、酒を
不機嫌そうに言ってくるティムラズに、飄々と言葉を返す俺だ。
クリコフスクからはるばるやって来たエージェントであろうと、そちらの流儀に合わせる気は毛頭ない。ここはヤノフスキーで、俺の仕事場だ。ロマに行ったらロマ人のやるようにせよ、と格言でも言われるではないか。
俺の言葉に納得するほかなかったか、ティムラズがゆるゆると頭を振った。
「……チッ。そう言われちゃ何も言えねぇ。で、今は何を飲んでるんだ」
「『メイヤーズマルク』フォーティーシックスをロックで」
問いかけに笑みを返しながら、俺は氷だけが残るロックグラスを持ち上げた。
アマリヤン連合国で作られる『メイヤーズマルク』は小さな蒸留所だが人気が高く、世界中で広く流通している。中でもフォーティーシックスは熟成期間が長く取られ、度数も高く作られているため、フラッグシップモデルよりも味わい深い。俺のお気に入りの銘柄だ。
カウンターに肘をついて顎を載せながら、ティムラズが鼻息を漏らす。
「ウイスキーかよ、気取りやがって」
「ここはそういう店だからな。ウォッカ、ジン、テキーラに、ウイスキー、ブランデーもより取り見取りだ。その中から一つ、選んで奢る。簡単だろう?」
不満げな雰囲気を隠そうともしないティムラズに、手元のメニューブックを渡しながら俺は顎をしゃくった。
『ヤーストレブ』はワインこそ置いていないが、蒸留酒に関してはヤノフスキーで一番揃っていると言っても過言ではない酒場だ。大衆向けのウォッカから領主御用達のブランデー、南アマリヤン大陸産のテキーラまで、何でも揃っている
しばらく難しい顔をしてメニューブックとにらめっこしていたティムラズが、ちらと視線を前方に投げる。
「……おい、マスター」
「あいよ」
ちょうど彼の目の前にいたマスターの熊獣人男性、スタニスラフ・アレクセーエフが、ティムラズの呼びかけに短く返した。
その返事を確認してから、彼はメニューブックを閉じて口を開く。
「『クリコフスカヤ』をワンショット。それとこいつに『ジェシー・フォーブス』をロックでやってくれ。どっちも俺につけろ」
その注文に、目を見開いたのは俺ではない、スタニスラフの方だった。
アマリヤン連合国の『ジェシー・フォーブス』は、アマリヤンウイスキーで最も売れていると言える有名な酒だ。どんなにウイスキーに明るくない酒飲みでも、この銘柄は知っているという輩は多い。
新しいロックグラスを取り出しながら、スタニスラフが面白そうに言葉を投げる。
「ほう? 『ジェシー・フォーブス』と来たか」
「俺はウイスキーにはさほど詳しくないが、こいつならどんな相手に出しても外さないだろ」
ティムラズの投げやりな言葉に笑いながら、純氷をアイスピックで砕いていくスタニスラフだ。ロックグラスにそれを入れ、水を垂らして一回し。氷の表面を
何回かステアした後に、俺の手元のロックグラスと交換で、新しい酒がやってきた。
「はいよ、ルスラーン。
「すまない、アレクセーエフ」
スタニスラフに礼を言いながら、俺はロックグラスに手を付ける。
彼がティムラズの注文した『クリコフスカヤ』を30ミリリットルショットグラスに注ぎ、隣に座る熊男の手元に差し出して、そいつがそのワンショットをぐっと
その視線が
「チッ、お高く留まりやがって。言いたいことがあるなら言ったらどうだ」
「いいや。俺は仕事相手には深く踏み込まないのが流儀でね。言いたいことがあれば情報で返す……さて、何を出そうか」
またしてもくって掛かってくる相手をいなしながら、俺はカバンから手帳を取り出した。ページを繰って一枚を切り離し、下の空白にさらさらとペンを走らせる。
それをティムラズの方に差し出しながら、俺は口を開いた。
「俺からお前に提供できる情報は、これだ。三日以内に、ここに記載されている口座に記載の額を振り込んでくれ」
手帳のページを受け取り、その内容に目を走らせたティムラズは目を見開いた。紙片を持つ指に力が入って震えている。
カッと目を見開いたままで彼は俺を睨んだ。先程までの不満げな目つきではない。明確に怒りを
「お前……!」
「不満があるか? 俺は仕事をした、お前がそれを受け取れば、仕舞いだ」
明らかに俺に向けて怒りをほとばしらせる男に、俺は目を細めながら口角を持ち上げる。それこそ、小馬鹿にするように、である。
それが最後の一押しとなっただろう、ティムラズの手の中で俺の手帳のページが握りつぶされる。その握り込んだ手を、カウンターの板面に叩きつけた。
「ふ……っざけんじゃねぇぞ、てめぇ!!」
声を荒げるティムラズに、『ヤーストレブ』店内にいた客の全員が、カウンターに目を向けた。酒場での荒事はどうしたって人目を惹く。そこにいるのが俺と、名前も顔も知らない他所者とあれば、余計にだ。
それは当然スタニスラフも同様だ。慌てて激高するティムラズを制止しようと声をかける。
「おい、アンタ」
「こんな3万セレーにもならねぇしけた情報で、情報料10万セレーだと!? ぼったくりにも程があるだろうが!!」
しかしティムラズは聞く耳を持たない。自分が握り込んでしわくちゃにした手帳の一ページをカウンターに叩きつける。
そこに記されている情報は、以下の通りだ。
『五番街チェチン通りのイワン・ワシレフスキーは酒場からの帰宅途中、酔いつぶれたところをスリによって財布を盗み取られた。今も財布の行方を捜している』。
ヤノフスキー市の五番街は、低賃金労働者が多く住まう、いわゆるスラム街だ。市内でも治安はあまりいい方ではなく、住民の住居も古かったり汚かったりする。それでも一定のレベルで人間らしい生活が出来るのは、ヤノフスキーが恵まれている証拠だが。
そこに住む酔っ払いが財布を盗まれた。そんな案件を、二級エージェントに振るなんてことは普通しない。あり得ない。一般の情報屋ならそう言うだろう。
だが俺は軽薄な笑みをそのままに、ふんと鼻を鳴らしながらティムラズに言ってのけた。
「ほう? お前はそれをそう評価するのか。見くびられたもんだな」
「当然のことを言ってんじゃねぇ!! 貴族でもねぇただの酔っぱらいの
激高したままカウンターチェアを
こんな大柄な、腕っぷしの強い、粗暴な男に胸倉を掴まれて、普通なら恐怖するだろう。身が竦むだろう。だが生憎、俺はどう考えても普通じゃなかった。
「
「んだと……!?」
身体を持ち上げられながらも笑って返す俺に、ティムラズが目を見開く。その隙に右手で彼の右手を掴んで、ぐっとその小指を押し込んだ。痛みに顔をしかめた彼の手から力が抜け、俺の両足が再び床を踏む。
シャツの襟元を直しながら、俺は小刻みに震える手を抑えるティムラズに冷たい視線を投げかけた。
「お前の行動は俺の『ルール』には則っているが、ただ
何も考えず、大衆向けの面白みのない酒を勧められても、大衆向けの情報しか俺は出せない……真に信頼したとは言えない。ましてや『ジェシー・フォーブス』みたいなハイボール向けの酒を、ロックで出されちゃあな」
俺は別に、相手が酒のことをよく分かっているかどうかをテストしているわけではない。俺と言う酒飲みに対して
選んだ酒が好みに合えば最良、合ってなくてもちゃんと考えて選んだならこちらも考える。しかし、考えず、適当に選んでくるなら、俺も適当に提示する。それだけのことだ。
きっとこのエージェントは、自分の階級と立場を明らかにした上で、ぞんざいに「自分に見合う情報を渡せ」と情報屋に言い放つのが常だったのだろう。信頼関係も何も、あったものではない。
ティムラズはいよいよ顔を真っ赤に染めていた。
「てめぇ……後出しでベラベラと喋りやがって!!」
「『ヤノフスキーの夜鷹』を舐めるなよ、三流が」
自分の思い通りにならないで憤慨する男に、俺は冷たく、殊更に冷たく告げた。
俺だって情報屋としてのプライドがある。安く買い叩かれるわけにはいかない。
それがいよいよ我慢ならなくなったか、ティムラズの握られた拳が、ぐっと振りかぶられた。
「この野郎――」
「おっと、そこまでだ兄ちゃん」
その手が俺の顔に叩きこまれるより早く、手首を掴む手があった。
いつの間にかカウンターから出てきていたらしいスタニスラフが、険しい顔つきをしてティムラズの手首を握っていたのだ。
「な……」
「店の中での
厳しい口調で言い放つスタニスラフが、カウンターの反対側に視線を投げる。
そちらを向けば、『ヤーストレブ』店内にいた酔客のほとんどが立ち上がり、俺とティムラズを取り囲んでいた。席についたままの僅かな客も、ひそひそ話をしながら批判的な目を向けてくる。
客全員が敵意を向けているのは、もちろん俺ではない。
取り囲む酔客の中から、カウンターに一番近いテーブルに座っていた三人の男達が、一歩ずつ前に進み出る。俺達の会話をすぐそばで聞いていた彼らは、無論俺の顔馴染みだ。
「黙って聞いてりゃてめえ、ぐちゃぐちゃと文句を並べ立てやがって!」
「ルスラーンの『仕事』に対応できなかったお前が、明らかに悪い」
「酒場でルスラーンに喧嘩を売るエージェントが、ヤノフスキーで仕事を出来ると思うんじゃねぇぞ!」
「な、な、なっ」
厳しい口調で
椅子の下に置かれていた彼の荷物を取り出し、押し付けながら、スタニスラフが眉間に皺を寄せたまま言った。
「チャージ料、『クリコフスカヤ』、『ジェシー・フォーブス』。どうせ合計で2,000セレーにもならん。支払いはいいから、とっとと出ていきな」
「は……!?」
冷たく退店を告げられて、いよいよティムラズは二の句が継げない様子だ。ぽかんとした表情の彼にカバンを握らせて、スマートデバイスにエージェントデータベースの公開情報を表示させながらスタニスラフは舌を打つ。
パシャリ、と写真の撮影音が聞こえる。見れば取り囲む酔客の何人かがティムラズにカメラを向けていた。困惑し、顔を隠そうにも、四方八方からカメラを向けられるティムラズには逃げ道がない。
スマートデバイスの公開情報を画像保存してから、スタニスラフは顎をしゃくった。
「ティムラズ・サベリエフ。エージェント識別番号
ルスラーンはヤノフスキーのエージェントと酒場にとって、なくてはならない人間だ。今後一切、市内の酒場で
彼の言葉に、ティムラズは歯噛みするほかなかった。
ここまで言われて、ここで反抗する姿勢を見せたら、確実に彼を取り巻く状況は悪化するだろう。最悪、ヤノフスキー市どころかアニシン領全体に通達が行って、領内での仕事を制限されることにもなりかねない。
それだけ、情報屋に手出しをすることはエージェントにとってよろしくない事なのだ。
ちら、と招かれざる熊の視線が俺に向いた。対して俺は何も言わない。ただ、店の出口に向かって鼻先を向けるだけだ。
「くそっ」
「おら、スタニスラフさんがああ言うんだ。叩きだされる前に出ていけ!」
「それとも、俺達の手で力づくで放り出してやろうか!? エージェント相手だって、腕っぷしじゃ負けねえんだぞ!」
捨て台詞を吐いて俺から視線を外したティムラズに、彼を取り囲む酔客からヤジが飛ぶ。実際客の中にはエージェントもいるし、肉体労働者もいる。男一人を物理的にたたき出すことなど、わけもない。
観念したか、取り囲む人々を押しのけるようにして、彼は駆けだした。カウンター上のしわくちゃになったページを放置して、『ヤーストレブ』の内扉を乱暴に押し開ける。
そのまま外扉も開いて、バタンと大きな音を立ててそれが閉じられるのを確認すると、ようやく肩の力を抜いた俺は深々と頭を下げた。
「すまない、アレクセーエフ。お前の店には面倒ごとを持ち込みたくなかったんだが」
「いいさ、気にするな。お前さんは何一つ悪くねぇよ」
先程までの
店内の客達も、ばらばらと自分の席に戻っていく。俺は飲みかけだった『ジェシー・フォーブス』のグラスと荷物を手に、近くのテーブルの空き席に手をかけた。先程加勢してくれた三人の座る席だ。
「さて、どうしようかな。いい気分だったのに、
俺の言葉に、鹿獣人のアントン・アルビエフ、猫獣人のアキーム・カプラン、人間のドミトリー・ベルズィンの三人がパッと笑みを見せる。いずれも二級エージェントで、仕事仲間の彼らは、喜んで俺を迎えてくれた。
「やっりぃ! ルスラーンさんと一緒に飲めるなんてラッキーじゃねぇか」
「なぁルスラーン、あの熊野郎のことなんか忘れて、俺にも情報を売ってくれよ。あいつみたいに金の出し渋りはしないからさ」
「そうそう! ぽっとやって来た他所者みたいに、礼儀知らずなことはしないし!」
嬉々としてグラスを掲げるアントンの隣で、アキームとドミトリーが身を乗り出してくる。まぁ、この三人なら間違いなく、さっきみたいな無礼な真似はしないだろう。
頭を下げながら、俺はスマートデバイスを取り出した。先程表示させたティムラズ・サベリエフの公開情報から、通報ページに
「ありがとう。だがまずは、クリコフのエージェント協会に連絡を入れさせてくれ。さっきの顛末をあっちの協会にも報告しないとならん」
通報ページで事故情報を書きながら、俺はロックグラスに口を付けた。
情報屋とエージェントの間で何らかのトラブルがあった場合、情報屋にはエージェント協会への報告が義務付けられている。情報料の未払いや情報の横流しなどのエージェント側の問題だけではなく、
そうして、エージェント、エージェント協会、情報屋の相互的なやり取りが正常に行われるわけだ。
ちなみに、「偽の情報を売った」というのは問題になるが、「情報を売らなかった」というのは全く問題にならない。今回のトラブルはむしろ「情報屋に暴力沙汰を起こした」ことが報告事項、と言うわけだ。
報告を終えてスマートデバイスをしまった俺に、ドミトリーが声をかけてくる。
「それにしても、なぁ。あの熊野郎、二級エージェントの割には目が
「ああ」
小さく頷いて椅子から立ち上がり、カウンターに放置されたままの紙片をドミトリーに渡す。彼の
「……ハハッ、こいつぁ傑作だ」
「なになに、見せてくれよドミトリー」
ドミトリーの毛に覆われていない細長い指に挟まれているページを、アントンが覗き込む。その内容を一読するや、アントンもドミトリーも俺に面白そうな目を向けてきた。
「……はっはーん、なるほどなぁ。吹っ掛けたなぁルスラーンさん」
テーブルの上に置かれた『情報』を拾い上げ、アキームも肩を竦めた。苦笑しながら口を開く。
「
アキームの言葉に、俺の口から自然と笑みがこぼれた。
イワン・ワシレフスキーの案件は、それこそ四級エージェントか三級エージェントに渡すのが適当な案件だ。案件を解決したところで、エージェントの手元に入ってくる金額は2万セレーがいいところ。これに情報料10万セレーとなれば、それはぼったくりと言われてもしょうがない。
ただしこれは、
アントンが指先をくるくる回しながら、アキームへと言葉を返す。
「でも、イワンの爺さんはハチャノフ伯爵家のお抱え庭師だろ。爺さん経由でハチャノフ伯爵家とコネクションを持てれば、10万セレー払っても余裕でおつりが出るんじゃないか?」
彼のその言葉に、異を唱える者も一人もいなかった。
老イワンは五番街のスラム住まいと言えども、庭師としての仕事が長い。その真面目な仕事ぶりが目に留まって、市内でも有数の権力者であるハチャノフ伯爵家に雇用されている。長く住んで愛着のある家を手放す決心さえ出来れば、すぐにでも一番街住まいになれる人間だ。
ドミトリーもテーブルに肘をつきながら、アントンの言葉に頷いている。
「言えてる。今度イワンの爺さんに話を聞きに行ってみるか」
「なぁルスラーン、この情報俺達に売ってくれよ。この情報、金になるニオイがするんだ。10万セレー払えってんなら払うからさ」
アキームが再びページを手に取り、俺の方に向けてくれば、他の二人も笑いながら同調してくる。
そう、こういうやり取りだ。こういう仕事が出来れば、俺も気持ちよく酒が飲めるというもの。
「フ……さぁ、どうかな。とりあえずお前たち、何を頼むか決めてくれ。それから、話をしよう」
自然とこぼれる笑みを返して、俺は店内に視線を向ける。
先程までのピリピリした空気が嘘のように、『ヤーストレブ』の店内はいつも通り、賑やかで楽しい時間が流れていた。
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