第36話 みゆう無双
「私は本庄さんの小説の登場人物です。今では忘れ去られてしまった多くの作品の登場人物の最後の生き残り」
「他の人たちはどうなったんですか?」
紫苑さんは少し離れたところにある透明な六角形に視線を送る。
「私はあなたがたの世界がなくならないように活動している管理者の一員となりました。だから、本庄さんが存在しなくなってもこうやって活動できています。でも、他の者はもう誰にも読んでもらえない。役目を終えてしまった登場人物は、この世界を支えることになります」
「回りくどいのう。あの壁になったと言えば分かりやすかろうに」
老婆が口を挟む。
「そうなんですか?」
「はい。もう意識も残っていないでしょう」
「まあ、説鬼になってしまうよりはマシじゃがな。よほど評価の高い作品でなければいずれは忘れ去られてしまう。最期を迎える時にあの姿になれるのは、ある意味幸せじゃろうな。わしか? まだその時ではない。お主が生きて物語を生み続ける限りはな。お主には半分忘れられておったようじゃがの」
「す、すいません」
「まあ、ええわい」
「マスターって作品だけは多いですもんねえ。よくもまあ、次から次へと話が書けるものだって感心します」
あまり褒められている気がしない。まあ、みゆうさんだし。
「私のように管理者になるか、世界と同化するか、説鬼になり果てるか。説鬼の数が増えつつありましたが、基本的にこの枠組みは変わらなかったのです。しかし、新たな者が現れました。黒の男爵とその同調者です」
「一体何者なのです?」
「おそらく元は誰かの作品の登場人物だったのでしょう。説鬼を操る術も身につけ、積極的にあなた方の世界に干渉することを目論んでいます」
「なんのために?」
「自らの想像主が居なくなってからも生き延びるためです。あちらの世界で、自分のことを物語に書き続けるように作家を支配し、この世界と同化することを防いでいるのです」
「なんだか良く分からないです」
「一種の不老不死願望ですわね。管理者といえどもいずれはこの世界の一部になります。それを拒絶して生き続けようとしているのです」
「まあ、気持ちは分からなくはないですね。確かに死は怖いですから」
「それだけなら良いのですが……」
「何をとち狂ったのか世界征服なんてものを始めたというわけですね」
「はい。全人類に自分の出てくる物語を読ませるつもりです。決して自分という存在が消えてなくならないように」
「目的と手段が乖離し過ぎてません?」
「そうですわね。たぶん、もう正気ではないのだと思います」
「哀れじゃな」
うーん。なんだか話がややこしすぎて頭が痛くなってきた。あれ? そういえば、さっきから発言が無い人が一人いるはずだけど。
みゆうさんが地面に座り込んで膝を抱えて転寝していた。
「ちょっと、みゆうさん。風邪ひきますよ」
僕が肩をゆすると不機嫌そうに睨みつけてくる。
「だって、面白くないんだもの。小難しい話をしてるし」
「みゆうさんは興味ないんですか?」
「だって、私には関係なくないですか。それに、私は自分の面倒を見るので手いっぱいです。私にはどうしようもないし。巻き込まれて迷惑だってのはありますけど」
「身も蓋もない意見ですね」
「だってそうでしょう? こちらの人達で解決すべきことじゃないですか。根本的にはマスターにも責任はないですよね。まあ、マスターはそうもいかないんでしょうけど」
「ほら、一旦引き受けた以上はね」
「またまた、そんなこと言っちゃって」
みゆうさんはにやにや笑いを浮かべる。
「紫苑さんに役に立つところを見せたいというその一念で頑張れちゃうんだから凄いですよ。いやホント感心します」
みゆうさんには言われたくない。
「そういうみゆうさんだって、僕の登場人物に会うの楽しみにしてるじゃないですか」
「そうよ。私のことを身を挺して守ってくれる相手なんて現実には会えやしないもの。そんな彼にぎゅうっと抱きしめられたらそれだけでおかしくなりそう」
みゆうさんは自分の体を抱きしめている。老婆は呆れたように首を振った。みゆうさんは腕をほどくと、地面に座り込んだまま、紫苑さんに指を突きつける。
「だいたい、紫苑さん」
「なんでしょうか?」
「あなた、マスターをさんざん利用しておいて、どういうつもりなの?」
「申し訳なく思ってます」
「そうじゃなくて。新巻さんのことを好きなの? もちろん恋愛対象としてよ」
「ちょ、ちょっと、みゆうさん!」
「純情なのが可愛いのはせいぜい20まででしょ。もう見てらんない。新巻さんもいい歳なんだからさ。さっさとはっきりさせてダメなら次行った方がいいでしょ。さっき銃をぶっ放した子なんかもいいんじゃない? きびきびしてて新巻さんを尻に引きそうでお似合いだと思うけど?」
「ちょっと、みゆうさん!」
「何度も名前呼ばなくたって聞こえてます。で、紫苑さん、どうなの? 新巻さんは有り? 無し?」
僕は固唾をのんで返事を待った。
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