188. なので、僕はその日の内に用事を済ませて、聖都を発った

 聖都シャトーブリアンの半分強が灰になった日から2日が経った。

 街の半分が残っていれば、案外、世間は回るものだ。といっても、これは都壁が丸ごと残されていたこと、食事の緊急性が低い世界であること、地区毎の独立性が街全体の冗長性を生んでいたこと、この3点が大きい。

 行政の庁舎たる聖城の半分が焼失し、職員の大半が亡くなり、トップの教皇がたおれ、7家あった公爵級家系の5家がほぼ壊滅したものの……残った角エルフ家とインテリヒツジ家が中心となり、聖都は表面上の平穏が保たれている。



 知らなかった、と山本さんは繰り返していた。

 僕も知らなかったし、知識神ラムダ様も知らなかったのだから、それはそうだろう。


「精神的ダメージが9:1キューイチで軽傷が10:0ジューゼロで、死ぬとか重傷とかは警告がなくなって、だから、だから近くにいればみんな大きな怪我はしないって思ってて、でもどんどん警告が大きくなってずっとずっと鳴り止まなくなって、それで」


 と、早口でそこまで言って、山本さんは過呼吸で倒れた。


〈コレットは、神聖魔法で自身を強化して、山本を都壁の外まで投げ飛ばしたのです。

 人には難しいあの魔法を、完全に使いこなしていました〉


 状況を聞いた僕に、ラムダ様はそう仰った。

 魔王討伐には、魔王と戦う域に至れる人の力が必要だって話は、3人で何度もしていた。そのほとんどが死んじゃった訳だから、コレットさんは山本さんを何が何でも助けようとしたんだろう。

 というよりは、今思えば、魔王が来るずっと前からそのつもりだったと思う。


 山本さんが致命傷を受ける確率が0:10ゼロジューだったのは当然だ。そうすると決めていたコレットさんが、そうそうヘマをするはずがない。



 僕の泊っていた宿は灰になったし、山本さんの泊っていた聖城もいつ崩れるか解らない立入禁止状態。この2日間は被害のなかったインテリヒツジ地区に宿を取って、山本さんの看病をしていた。

 山本さんは丸1日寝込んでいたけれど、昨日の夕方には目が覚めた。


「………ッ……ああっ……! コレットちゃんは!!?」


 僕の顔を見て、真っ先にそう叫んだ。


「死んだよ。あと、コナさんとラヴィズさんも」


 山本さんはまた苦しそうにし始めたので、宿の人にお医者さんを呼んでもらった。



 危機感知スキルの言う精神的ダメージと言うのは、そのスキルが反応する理由が十分ある程に、危機・・的なものだったらしい。

 眠る度に悲鳴を上げて飛び起き、抑え付けておかないと自分の頭を壁にぶつけたり、回復薬を飲ませても吐いてしまう。毒耐性スキルのせいで、普通の医薬品が効かないのも厄介だ。


〈山本はもう戦えませんね〉


 はい、僕にもそう見えます。

 本人の申告もあったし、そうでなくても見れば判るかな。



 あの時、僕の危機感知スキルは「このまま振り向かないと10分後に精神的ダメージを受けます」と警告を出していた。

 実際に僕は10分後、ラムダ様からの説明で状況を受け入れ、精神的ダメージを受けた。


 あの時振り向いたら何かできていたかと言えば、あの距離だ。何もできなかったと思う。

 それでもたぶん、その時に見たものを、別れの瞬間として記憶することはできた。


 こちらに来てからも何度か別れは経験している。死に別れも、生き別れもだ。

 あっさりとしたお別れ、全力疾走からの滑り込みのお別れ、僕自身は半分蚊帳の外に置かれたお別れ、襲われた途中のバタバタした状態のお別れ、直後に襲われてバタバタしてしまったお別れ。

 再会を期待して別れたら、僕のいない場所で相手が死んでしまったこともある。偶然再会できたこともあったし、お別れして以降の消息が分からない人もいる。


 でも、コレットさんに対しては、お別れの記憶というものが無い。

 つい10分前まで当たり前にいた人が、少し目を離した隙にいなくなったんだから。


 僕の精神には、ぽっかりと大きな穴が開いている。

 ただ、この穴があったにせよ、なかったにせよ。僕の選ぶ道が変わらなかったとは予想できる。


「世界が滅ぶって警告は、さっきなくなったわ」


 今朝、少しの間だけ正気に戻った山本さんがそう言っていた。

 それもまあ、そうだろうとは思う。




 ラムダ様のお話では、魔王はあの後、近所の魔晶鉱山にガチャを回しに行って、そのまま爆死したそうだ。


〈魔王は、貴方のスキルを彼女なりに予想して、確実にそれを潰せるスキルを取ろうと考えたのでしょうね〉


 神が死んだら、次に復活するのは数十日後でしたっけ。


〈そうですね。今の状況でしたら、70日前後で復活するのではないでしょうか。

 どのスキルを狙っているのかは知りませんが、ピンポイントでそれを得られる可能性は極めて低いですし、何より彼女は堪え性がありません。復活後にガチャを回すにしても、あと2、3回ですね〉


 なるほどです。

 だったら、200日ちょっとは時間があるってことですね。



 僕はラムダ様に、昨日から考えていたことを相談した。昨日から……というか、本当はもっと前に思い付いて、でも自重していたことだ。

 魔王討伐に手段を選ぶのをやめようと思ったんだけど、ラムダ様が駄目だというのなら、別の方法を検討しなければいけない。

 その前に、そのアイデアが実現可能かどうかの問題もあるけれど。


 ラムダ様の答えは簡潔だった。


〈正しい情報があれば可能ですし、その全てを私が持っていますので、可能ですね。

 もし他の神々が何かを言って来たら、殺してでも黙らせます〉


 なので、僕はその日の内に用事を済ませて、聖都を発った。

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