第154話

「また来てしまったわ、この何も無い荒野に――」


 私の名前は五十鈴川エルフ(ペンネーム)!!

 ライトノベル作家を目指すティーンエイジャーガール!!

 そう、青春のすべてをつぎ込んで、文筆業で食べる誓いを立てた女!!

 男なんて二次元――いえ、一次元(文字情報)で充分よ!!


 原稿用紙と万年筆が私の恋人!!


 とか思っていたんだけれど、先日東京の出版社に持ち込みに行ったら「今どき紙の持ち込みはちょっと。というか、アポなしっていうのも。こういうのは新人賞に出した方がいいし、紙での応募はお金かかるからパソコン買った方がいいよ。ほら、それに、パソコン使えると職業の幅が広がるから」って言われてしまったわ!!


 これが時代の流れ!!

 小学校の頃から慣れ親しんだ原稿用紙と万年筆にお別れを告げるのは寂しかったけれど、世界がそういう動きになっているのなら仕方がない!!


 私はパパとママに頼んだわ!! ノートパソコン買ってって!!

 けど、「お前にはまだ早い」って言われて、口を噤むしかなかった!!

 高校行かずにひきこもってる私には、口を噤むしかなかった!!

 だって仕方ないじゃない!! 高校生なんだから!!


 こうなってしまってはもはやどうしようもない!!

 私は一縷の望みをかけてまた玉椿町にやってきたわ!!


 そう――母方の伯母さんが住んでいる玉椿町に!!

 お年玉の前借りをしに!!


◇ ◇ ◇ ◇


「おー、幸穂ちゃん、随分大きくなったね。もう高校生だっけ」


「……嘘でしょ?」


「かーさん、幸恵ちゃんところの幸穂ちゃんが遊びにきたぞ。まーためんこくなって。若い頃の母さんにそっくりだな」


「……嘘でしょ?」


 なんでこの子さっきから嘘でしょ嘘でしょって言ってるの。

 なに、次の流行語?

 今でしょの次は、嘘でしょが流行るの?

 都会はわかんねーな。


 つって、彼女が住んでるのは伊勢市なんだけどね。


 お袋の実家は伊勢にある。

 五十鈴川のほとりでちょっとした雑貨屋を営んでいたんだけど、まぁ、爺ちゃんも婆ちゃんも死んじゃって、今は次女夫婦が家を改築して住んでいる。歳の離れている姉妹のせいか、それとも仕事のせいか、あるいは俺たち――顔を会わせるのが恥ずかしい家族――のせいか、すっかり最近は親戚付き合いをしなくなった。


 そう、それが今日突然現れた少女。

 宮川幸穂ちゃんの正体。


 目の前のツインテール、きょどきょどゴスロリ少女は、俺の従妹なんだな。


 ゴスロリにごっつい眼鏡ってすっげー不釣り合い。

 けどまぁ、この年頃の格好としてはまだ許せる感じがする。

 なんてったってまだ十代だもの。


 しかし、赤ん坊の頃に会ったきりだけれど、随分成長したなぁ。

 そして、宮川家の血――母と姉のそれ――を見事に裏切って、普通な女の子に育ったなぁ。ちょっと安心しちゃった俺がいるよ。


 とか思っていると、非番で休んでいたお袋が、慌てて居間からかけてきた。


「あらあら、幸穂ちゃんいらっしゃい。幸恵から電話でこっちに遊びに来たみたいって聞いて待ってたのよ。どうしたの? 何か嫌なことあったの?」


「あ、いえ、別にそんな」


「……そういや、今日って平日だよな。あれ、幸穂ちゃん学校」


 おバカとお袋が俺の頭をひっぱたく。

 うぉ、久しぶりにお袋に殴られた。


 野暮なこと聞くんじゃないよと俺を睨むお袋に、なんとなーくだけれど、幸穂ちゃんの置かれている状況を俺は把握した。


 同情するように、親父が俺の肩を叩く。

 なるほど、まぁ、俺たちに伝わっていないだけで、最低限のやりとりはしているみたいね。そして、あっちもあっちで大変みたいね。


「あ、あの、伯母さま。私、その、ちょっとお願いしたいことがありまして」


「なんだいなんだいあらたまっちゃって。お金の無心と犯罪以外なら力になるよ。なんてったって親戚なんだから」


 そこは先に犯罪が来るんじゃ無いのか警察官。

 金の方の心配を先にするって――まぁ俺と親父というダブル金食い虫を、その細腕で支えているから、そんなほいほい金は出せないか。

 したってその言い方はないと思うけれど。


 ほら、幸穂ちゃんめっちゃ蒼い顔してるじゃん。

 いきなり生々しいなぁって、そんな顔してるじゃん。


 とりあえず上がりなさいと母に居間に通される幸穂ちゃん。

 そのまま、彼女とお袋は俺たち男衆を閉め出すと、二人で話し出したのだった。


 うぅむ。

 こういう時、男はなんもできないのが歯がゆいよな。

 何があったか知らないけれど、女性の悩みは女性にしか解決できないのだ。


「なんなんだろうな幸穂ちゃん。久しぶりに見るけど、なんかちょっと神経質そうな顔してた。この時間に訪ねてくるのもなんかあれだし」


「孝穂くんも結構神経質な子だからなぁ。親の悪い所を遺伝しちまったのかもしれない。まぁ、うちも言えたこっちゃないが」


「やれやれおやがむしょくぶらいのおとこだとむすこはたいへんだぜ」


「半分は警察官の血が入ってるはずなんだぞ?」


 つれないこと言うなよチャーン。

 全部親のせいにしていろいろ許されようとしたのにさ。


 とはいえ、ほんと心配っちゃ心配だ。


「ちょっと陽介!!」


「ふぁい!?」


 なんて思ってたら、いきなりお袋が居間から出てきた。

 なになになんなのいきなり。


 別に怒っている感じではないけれど、普段かーちゃんそんな声出さないからちょっとびっくりしたよ。


 立ち聞きしているのは分かっていたのだろう。

 ただまぁ、声を潜ませて会話をしていたので内容は分からない。

 そんな俺に、お袋は財布から五千円を取り出して握らせた。


 うん――。


「陽介、命令だよ。これで幸穂ちゃんにパソコン買ってあげな」


「伯母さま!! そんなとんちじゃないんだから!!」


「んー、オッケー」


「オッケーなんですか!?」


「どうやってパソコンを調達するかはアンタに任せる。出かけるなら廸子ちゃんも一緒に連れていきな。間違いが起こったら、幸恵に申し訳がたたないからね」


「いや、そこは信頼してよ」


 なるほどね。

 そりゃ俺に任せる訳だわ。

 大丈夫なのだろうかとこちらの顔を窺う従妹の女子高生。

 そんな彼女に、俺は、務めて爽やかな笑顔を送った。


 大丈夫、こういうの、俺、得意だから。


「とりあえず、ご要望を聞いてからかな。どういう用途で使うのか。あとは、何ができればいいのか。まぁ、流石にこの予算でノートは――中古になっちゃうけど」


「えっ、えっ、えっ?」


「安心しな幸穂ちゃん、陽介はニートだがただのニートじゃない。パソコンだけは詳しいニートだから」


 パソコンだけは詳しいニートとはなんだ。

 他にもいろいろ詳しいわい。


 まぁ、としごろのじょしこうせいのまえではちょっといえないけれど。


◇ ◇ ◇ ◇


「と、言う訳で、悪いな廸子。ジャンク屋めぐり付き合わせちゃって」


「なんかもうガソリン代だけで五千円飛んだんじゃねえ?」


「……す、すみません、私のせいでご迷惑をおかけしちゃって」


 いやいや、何も何も。

 というか、この五千円はお袋なりの方便。

 この金で町降りて廸子とデートしてこいって意味だから。


 そもそも五千円じゃ――ピンキリのPCになっちゃうからね。


 最低でも一万円は無いと、ちょっと辛いよね。


「しかし、陽介にこんなかわいい従妹がいたなんてな。びっくりしたよ」


「ゆずちゃんやきもち? ねぇ、やきもちなの?」


「だいじょうぶ。あたし、ようすけがはんざいしゃにはならないってしんじてる。りょうしきあるおとなだってしんじてる」


 心配してもなりゃしねーよ。

 お前ね、そういう趣味はね、俺にはございませんてーの。

 普通に親戚の小さい女の子に親切にするだけで疑われてたら、俺はちぃちゃんの面倒だって見れませんよ。


 というか、ちぃちゃんとのやりとりで分かっているだろう。

 まったくもうちょっと幼馴染みを信頼して欲しいね。


「えっ、陽介さんって、そういう趣味の。無職で、ロ……」


「違うからね!! そういうんじゃないからね!! 大丈夫だから!! お兄さん普通に、隣の30歳ババア金髪ギャルが好きだから!! 年増じゃないけど、まぁ、普通に同年代くらいの女性が趣味だから!!」


「誰が30歳ババア金髪ギャルだ!!」


 オラと、廸子に殴られる。

 ちくしょう、いいことしているはずなのに、なんでこんなことになる。

 日頃の行いが悪すぎるのか。


 これから運転だというのに、頭にこぶを作った俺がふてくされるのを横に、廸子が幸穂ちゃんの方を振り向く。


「……まぁこんなバカだけどさ、パソコンは詳しいから任せといてよ」


「だからぁ、パソコン意外にもいろいろ詳しいってばァ」


「あと、なんだかんだで優しいから」


 はい、廸ちゃん、従妹の前でそういうのやめてください。

 普通に照れてどういう顔したらいいか分からなくなりますから。


 誤魔化すように、俺は車を発進させた。


◇ ◇ ◇ ◇


「幸穂!! もう、心配かけるんじゃないの!! びっくりしたじゃないの!!」


「お義姉さんの所に行ってたんだって? もう、事前に連絡くらいしてくれよ。しかもパソコン買って貰ったって。そんな高価なもの」


「……いちまんえん」


「え?」


「このパソコン、なんかね、一万円で作ってもらったの」


「一万円って」


「大丈夫なのか? それ?」


「べつにげーむとかせずに、もじかきしていんたーねっとにつなぐていどなら、むかしのぱそこんにりなっくすいれればだいじょうぶって、陽介お兄さんが」


 顔を見合わせるお母さんとお父さん。


 なにを言っているんだって顔をしている。

 実際、私も自分で何を言っているのか分からなかった。

 けれど陽介さんからもらったパソコン――中古のノートパソコンは、びっくりするくらい快適に動いた。


 なんかお父さんに貸したら――「これ普通にビジネスで使えるな」って、驚くくらい快適に動いてた。


 うぅん。


「陽介くん、情報系の学校行ってたとは聞いたけど、ここまでとは」


「……なんか、お仕事してないって聞いて心配してたけど、大丈夫そうね」


「じょうきょうこわい」


 田舎でニートしているダメ男と思ったら実は最強の情報強者でした。

 なにそれなんのラノベ。


 田舎にあるもの、なんか間違っていません。

 こんなのスローライフものじゃないよう。


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