第124話

 まずい、まずいぞ。

 光ちゃんの身が危ない。


 俺と一緒に居た幼女。

 光ちゃんを、ちぃちゃんと勘違いするのはあり得る話だ。

 知らなかったとはいえ、マミミーマートに彼女を置いてきたのは迂闊だった。


 間に合ってくれよ。

 そう願いながら、俺は軽四自動車のエンジンをふかす。


 上り坂も下り坂も、狭いあい路も、飛び出し注意の住宅街も。

 かっ飛ばしてマミミーマートへと滑り込む。


 そして――。


「光ちゃん、大丈夫か!!」


 俺は叫んだ。

 マミミーマートに置き去りにしてしまった、少女の名前を叫んだ。

 カウンターの中、お菓子コーナーの横、アイスコーナーと、彼女の姿を探す。


 しかし、残念ながらどこにも、あの生意気な姪の友達は見つけられなかった。


 遅かったのか。

 俺と一緒にいたせいで、彼女を早川家のお家騒動に巻き込んだのか。


 俺がもっと早く、松田ちゃんに連絡していたら。

 いや、軽率な行動をとらなければ。

 ちゃんと光ちゃんを見守っていれば。


 後悔が怒涛のように押し寄せてくる中で――。


「おい、おっさん。随分早かったじゃないか。どうしたんだよ、あわててさ」


 いきなり俺の尻がけり上げられた。


 はい、なんだい、居たのか光ちゃん。

 びっくりさせないでよもう。

 はー、もう、今回ばかりはマジでびっくりした。


 日野さんにどう謝ろうかとちょっと考えたよ。

 ほんともう、居るなら居るってはやく言って。

 ほんと意地悪。光ちゃんてば意地悪。


 振り返ったそこにはなんと、元気な光ちゃんの姿が。

 そして、その背後に、逞しい男女二人の姿が。


 ひぇっ。


 思わず喉から音が飛び出る。


 むくつけき筋肉、こちらを射るような鋭い眼光、ポロシャツからまろびでている胸毛。剛毛、まるで熊のような体毛をした男がそこに立っている。


 隣にはショートヘアー鬼太郎カットの女性。顔の半分を隠した彼女は、ミステリアスな空気をこれでもかと放っている。そして、その手には革製の大きなバッグ。

 なんかこう、いい感じの筒が入りそうなバッグ。


 堅気じゃねえ。


 あきらかに日向を歩いている奴じゃねえ。

 これは、血で血を洗うような、修羅の巷を生きてきた人間の雰囲気だ。


 あかん、これ、全然大丈夫じゃない。


「ま、待ってくれ!! 俺は確かに豊田陽介!! それは間違いない!! けれどもそちらの子供は、ちぃちゃんじゃない!! ちぃちゃんの友達で――」


「おっ、なんだぁ、陽介くんか。久しぶりに会うけれど、なんだか立派になったねぇ。お父さんに似て、また、消防団にうってつけの身体になったじゃないか」


「……はへ?」


 そう言って、俺に向かって手を差し伸べてくるのはむくつけき男。


 意外や意外、この男、ワイルドな風貌に反して紳士的。

 そして友好的な男だった。


 というか、なんか俺のことを知っている様子。


 えぇ、俺、こんな人に知り合い居たっけ――。


 いましたわ。


「日野正人さん!? うわっ、びっくりした!! ご無沙汰です!!」


「ご無沙汰。いろいろやってて、普段町にいないから久しぶりだね。元気?」


「いや、それはなんとも。まぁ、いろいろあったので、元気ではないです」


「ほんと昔から妙な所で素直だな君は」


 日野正人さん。

 俺の二つ上の先輩で、いろいろと小学校から中学校まで俺の面倒を見てくれた兄貴分だ。ちなみに、姉貴や美香さんとも面識がある。


 そして何を隠そう、彼こそこの玉椿町の平和と獣害を防いできた正義の使者。

 オラが村のマタギこと日野家の息子さんなのだ。


 まだ、お父さんが現役でマタギの仕事を完全に任されたわけではないそうだが、ぼちぼちと代替わりに向けて活動していると風の噂には聞いた。


 いやはや久しぶりに会う。


 ちょっと、びっくりだ。


「え、なに? おとーさん、このニートと知り合い?」


「……え、陽介くん、いま、引きこもりなの?」


「あいや、そうじゃなくって、病気で就労許可が出ていないだけで。治ったらすぐにでも働くつもりではいるんですけれど」


「正人、この馬鹿の口から出まかせを信じるな。もしそんな殊勝なことを考えているんだったら、復職に向けてもっと入念な準備をしている」


 そんな俺たちの久しぶりの再会に口をはさんだのはババア。

 彼女は、なぜかみずみずしい顔をして、タオルで顔を拭いていた。


 なんでさ。


 理由を求めて彼女を観察すると――タオルの端にかすかな血痕が。


 すぐさまこのコンビニで何が起こったのか。

 そして、どうして日野家族が、ここに集結しているのか。

 俺はすぐに察した。


 なにも心配することなんてなかった。

 ここはババアが守るコンビニエンスストア。

 そして、カルロス君という外国人助っ人選手もいる。


 どんな奴らがやってくるかは知らんが、サーチ&デストロイ。

 マミミーマートを守るためなら、彼女は店先で粉塵爆発さえ発生させるだろう。


 詰まる話が、心配し過ぎのくたびれ損。

 そうよね、コンビニにおいてきた時点で、そこは察するべきだったわ。

 

「日野さん、愚弟がご迷惑をおかけいたしました。まさかそちらの細君を置いてきぼりにして、このような面倒事に巻き込まれるなど」


「いやいや、僕たちもちょうど居合わせてよかった。と言っても、ほとんど千寿ちゃんが片づけちゃったけれどね」


「……千寿さん。あまり気にしないでください」


「なんか知らないけどちぃの母ちゃん格好よかったぜ!! 何あれ、カンフー?」


 えらい信頼のされようかつ懐かれようである。

 心配して飛んで戻ってきた俺の立場なんてあったもんじゃないよこりゃ。


 というか、もうちょっと俺のことをねぎらってくれてもいいんじゃねえ。

 俺も結構、ひかりちゃんのことを心配してたんですけれど。

 そういうのは全部スルーですか。

 姉貴が全部持ってちゃう感じですか。

 トホホ。


 ほんと、松田ちゃんてば、情報が遅いよまったく。

 後で文句言うてやろう。


「……えっと、姉貴、のした奴らがどういう奴らか、姉貴は分かってるの?」


「分からんが、早川の名前を出していたあたり奴らがらみだろう。まったく婆め。ちぃと私に金輪際関わらないと約束しておいて、いったい何を。許せん」


 いやそれはと言おうとして、ちょっと口ごもる。


 聞いた話によれば、ちぃちゃんのおばぁちゃんは、本件を穏便に済まそうとしてくれている。襲った奴らはそんな彼女の目を盗んでやって来た奴らに違いない。


 なので、ちぃちゃんのお婆ちゃんを恨むのは、筋違いだ。


 しかし、松田ちゃんの情報によれば神戸の半グレらしいけれど、そんなの相手によく立ち回ったな。姉貴、化け物とは思っていたけれど、そこまでとは。


「いや、私だけじゃないぞ。日野さんたちの助けもあってなんとかなった」


「気持ち読んで発言するなよババァ、もう、やめてほんとそういうの」


「……銃の使い方がなっていなかった。これだから、銃を持っただけで強くなったと勘違いする餓鬼は嫌いよ」


「初めて会いますけど、あかりさんはそういう人なのね。ガンマニア的なそういう」


「そうそう。あかりが銃で、俺が罠。本当は逆の予定だったんだけど、彼女の方が腕がよくってさ。お前クビって、親父に言われちゃったよ」


「正人さん。今度良かったら愚痴聞きますよ」


 いまからでもいいですよと、幼馴染に声をかけたその時、そうそう、そうだ思い出したと突然彼は手をたたく。そして、俺の方に真剣な顔を向けてきた。


 なにやら抜き差しならない感じ。


 なんだ。

 彼らの大切な子供は既に守った。

 なのにどうして、そんな真剣な顔をするのか。


 答えは、一つ――。


「参ったよ、今年はちょっと数が多くて。少し寒さも長引いたから出てくるのも遅くてさ。それが、ここ二・三日の真夏日で、いっきに目を覚ましたみたいなんだ」


「……まさか」


「それを駆除している途中で、休憩がてらこちらに寄ったんだけれど――悪い、よかったら手伝ってくれないかな、陽介くん」


 熊退治。

 何でもないように飛び出したその不穏な言葉。

 俺の背中につつつと、冷たいものが走った。


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