第116話
うんまぁ、子供って元気だわ。
もうほんと、手に余るくらいに元気。
「おらぁっ、ちぃ水鉄砲だ!! バンバン!!」
「ぎゃぁっ!! やーらーれぇーりゃー!! ぱたん!!」
「最後に言い残すことはないか?」
「こきょーのかぞくにつたえてくれ、あいすくりーむおなかくだすほどたべちゃだめよって。とくによーちゃん」
壊しておりません。
廸子も九十九ちゃんも、そんなアホなことをしたのっていう目で俺を見ない。
いい歳した大人がね、アイスクリーム馬鹿食いなんてことしやしませんよ。
そんなアホらしいことする訳ないですよ。
そう。
アイスクリームじゃなくて、アレはかき氷だった。
ちぃちゃんを喜ばせたくて、いっぱい作ったけれど、頭キーンするってまったく食べなかったちぃちゃんに代わって、俺は食べた。
親父も食べた。
二人で、食べた。
もうなんていうか、しばらく冷たいものいいかなってくらい食べた。
親父はむせ返りながら食べていた。
そして、腹は壊した。
やはりケチってロックアイスを使わずに、家で作った氷がダメだった。
俺は去年の夏、親父と肩を並べて青い空を眺めてそんなことを思った。
閑話休題。
「はい。それじゃ、そろそろ川遊びはお開きにして、バーベキューしようか」
「やったぁ!! ばーべーきゅー!! ばーべーきゅーだお、ひかいちゃん!!」
「えー、煙たくって俺はやだなぁ」
「それも川遊びの情緒ですよ、ちぃさん、光さん――ですが」
と、九十九ちゃんが向けた視線の先。
そこにいるのは、パーティの主役だというのに死んだ魚の目をしている女。
美香さんが体育座りをしていた。
これみよがしにバーベキューの準備をしているのだが、無反応とは。
「こういう時、ごめんごめんー、すぐ手伝うねー、野菜切ればいいのかなー、とか言って、男に媚びうる美香さんが無言って、怖いものがあるよね」
「アタシはそれを言った陽介が、あとで美香さんにどんな目にあわされるのかの方が怖いけれどね」
なんにしても、まったくもって美香さんは美香さんらしくなかった。
まぁ、現在進行形で病気と闘っているのだから仕方ない。
今日も、実は外に出るのを結構渋ったのだ。
そんな状態で無理に俺と廸子で連れてきたのだ。
水着も身に着けていなければ、バーベキューの用意もない。
こりゃまた彼女がしょんぼりと膝を抱えるのは仕方なかった。
まぁ、荒療治だとは俺も思いましたよ。
けど、この件について裏で取り仕切っている、本当の発起人――美香さんの親友こと姉貴が連れてけって言うんだから仕方なかった。
まったく、ほんと、弱い人の心がわからんよね、ババアは。
「無理やり連れだせば少しは気分がよくなるだろうって。そういうことじゃないんだよな。ほんと、ババアってば世間様を自分の尺度でしか測れないんだよな」
「メンタル系のケアはなぁ。まぁ、周りの気持ちも分からなくもないけど」
いきなり外に連れ出されても、鬱状態ならなにもする気になれない。
むしろ、眼前に自分の命を奪ってくれる川があるのは状況的によろしくない。
発作的に飛び込んだらどうするんだ。
まぁ、そこは俺たちが見張ってるけど。
あと見た感じ、酒に逃げる余力があるので、まだ大丈夫そうだけれどさ。
発散方法を知っている・使っている間はまだ踏みとどまれる。
とはいえ、あぶなっかしいことには変わりない。
「よし、そろそろ店も交代の時間だ。手筈通り、ライフセーバー姉貴を連れてこよう。廸子、バーベキューの準備は任せた。走一郎くんと夏子さんも手伝って」
「任せてよお兄ちゃん!!」
「……わかりました」
「どうせバーベキューの準備さぼりたいだけだろう。へいへい、分かったよ。ほんとお前はこういう時ずっこいんだから」
だから、姉貴をコンビニに迎えに行くって言ったでしょうよ。
この面子の中で、車を出すことができるのは俺だけでしょ。
それとも、あのまま美香さんを岩場に放置して、本当に干物女子にする気か。
事前の計画でも、昼過ぎに姉貴をここに連れてくることになっていたんだから、そこは何も言わずに譲ってくれよ。
はぁとため息を吐き出して俺は廸子たちに背中を向ける。
すると、意外な人物が俺の隣に並んできた。
「なぁ、お前いまからマミミーマート行くのか?」
「お前じゃない、豊田陽介さまだ」
「ろくでなし、マミミーマートいくのか?」
「そのよびかただけはやめて」
「ニート」
「たいしてかわらないでしょ!!」
なんで幼女に罵倒されなくちゃならないの。
やって来たのは光ちゃんだった。
というか、ほんとこの子口悪いなぁ。
この口調だけは、ちぃちゃんの成長に悪影響与えそうで怖い。
けれども、町の有力者の娘さまだから、丁重に扱わなくちゃならないし。
ほんと村社会ってこういう時にしんどい。
というか、なんなの、マミミーマート行くって言ってるじゃん。
早くいかせてくれよう。
ババアはちょと時間に遅れただけでも、鬼の首を取ったように怒るんだから。
せっかく、こっちがてめえの親友のために、骨を折ってやっているっていうのに。そういうの無視して、あれやこれやと言い出すんだから。
もう、ほんと、立ち話とかしている場合じゃねえんですよ、マジで。
「話じゃ、お母さんとちぃのお母さんが入れ替わるって聞いたけど」
「あぁ、うん、確か、そういう話になってたね。ちょっと遅れて、その間は、カルロスくんがワンオペするらしいけれど」
「……なんだ。お母さんと会えるわけじゃないのか」
ほんでまた寂しそうな顔をするんだ。この娘。
やんちゃなくせにさぁ、結構子供なのよ。
ピュアな子供なのよ。
お母さん大好きでさ、隙あらばあきらさんに会おうとする健気な子なのよ。
くっそ生意気なのに。
俺に対しては、くっそ生意気なのにさぁ。
こんなやりとり見せられたら、そりゃ俺も心にきますがな。
ずるいわ。
子供ずるいわ。まったく。
「……だったら、一緒に乗ってくか。ちょっとくらい店で時間潰してても、まぁ、姉貴も光ちゃんが一緒なら文句言わないだろうし」
「ほんとか!?」
はい、笑顔満点。
もうそんな返事されたら、おじさん断る言葉を用意できません。
いいよな、と、俺は廸子に目で合図をする。
光ちゃんの母思いは痛いほど知っている。
それでなくても、あきらさんと同僚の彼女。
そうしてやりなよという顔を確認すると、俺は光ちゃんの手を引いた。
「んじゃまぁ、行こうかお姫さま。お母さんの所までエスコートしてあげるよ」
「なにふざけてんだよ」
え、これくらいのおちゃらけくらい許してよ。
これからお世話してあげるんだからさ。
けっと毒づきながらも横顔は笑顔。
素直じゃないなぁ。
けれど、前言撤回。
この子がちぃちゃんに悪い影響を与えることはきっとないだろう。
まぁ、ちぃちゃんもなんだかんだで母親想いな子だし。
「そういうところが、たぶん、気が合ったんだろうな」
「……なんだよ」
べつに、と、子供の視線を躱す。
躱しざま、そうそう大切なことを思い出したと、俺は廸子の方を振り返った。
「廸子。頼む、先にウィンナーは食べないでね。ウィンナーはみんなで食べようね。僕は今日、それだけを楽しみにここに来たのだから」
「とってつけたようなせくはらすな」
おあとがよろしいようで。
◇ ◇ ◇ ◇
「……見つけた」
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