第59話

 豊田家家族会議。

 イン、なのかどうかは知らんが、町内カラオケ大会のあと。


「うーしょー!!」


「ふっ、まぁ、私とちぃの手にかかれば、優勝なぞ造作もないこと」


「ババア、お前ちぃちゃんの後ろでタンバリン叩いていただけだろ」


「ちぃの可愛さに全振りするため、あえて後ろに下がった英断。この私の采配を理解できないとは、陽介、やはりお前は無能」


 はい、そんなのこじつけでしょうよ。

 ババアも俺と同じで、親父の音痴の血をひきしものだものね。

 知ってるもんね、音楽の授業で酷い評価受けて、どうして私は歌だけは駄目なんだって悩んでたの。俺、知ってるもんね。


 一緒にバケツ被って音痴矯正とかやったからな。

 それだけやったあんたが、まさか町内カラオケ大会で優勝するなんて。しかも、ちぃちゃんなんていう飛び道具使って、まんまと優勝掠めとるなんて。


 ちくしょう。


 ぎろりと俺はババアを睨み返せば、彼女はいつもの余裕の表情を向けてくる。

 やれぬお前が悪いのだと、言わんばかりの上から目線。昔からこうだけれども、今日ばっかりはちょっと鼻に着いた。


 期待していた温泉旅行のチケットを、まんまと掠め取られたのだ。

 仕方あるまい。


 ちくしょうババア。

 どうして今更温泉なんかに。

 そんなのに入らなくったって、酒飲んで寝てりゃ元気いっぱい、毎日働けますよっていう感じのタフガールのくせして。


「陽介、お前、今、なんか失礼なことを思っただろう」


「……オモッテナイ、オモッテナイヨ」


「ちぃちゃん。ちょっと、こいつこちょこちょしてあげなさい」


「よーちゃんかくごぉ!!」


 ちぃちゃんをけしかけられては仕方ない。


 脇に膝にあばらに背中。

 いろんなところをこちょこちょされた俺は、すみません、ちょっと思ってましたと音を上げるのだった。


 いやほんと、反撃できない子供に拷問させるとか、鬼畜の所業ぞ。

 それでも人の親かまったく。


「思ってましたよ、思ってました!! なんでババアみたいなストレスマネジメントなんて不要!! 気合で乗り切る系女子がこんなもん欲しがるんだよって!! ぶっちゃけいらんでしょう!! そもそも、行っている暇なんてあるの!?」


「ないな」


「ないんかい!! だったらなおのことなんで優勝しようとした!! いらんのだったら大会に参加しなくてもいいだろ!! それに、温泉旅行券を喉から手が出るほど欲しい人間だっているんだから!!」


 愚問だなとババア。

 腕を組み、立ち上がり、椅子の上に足を載せる。

 そして、決めポーズのまま、彼女は自慢の娘を抱きかかえた。

 抱きかかえて、頬ずりして、そして一転、きりりとした表情で俺たちに言った。


「ちぃのかわいさを町内に知らしめる以外に、なんの目的があるというのか」


「そおだ!!」


「ただの親バカかよ!! ちくしょーっ!! こんなバカに、子供可愛さの馬鹿に、まんまと負けて、おまけに賞品までとられるなんて情けねえ!!」


 けどまぁそれなら納得。

 そうよな、ババアが温泉旅行とか、行きたいとか言い出すわけないもんな。

 というか、それでなくても神戸だものな。


 有馬温泉の方には流石に因縁はないと思われる。けれども、ババアにしてみたら、あまりちぃちゃんを連れて近づきたくない地域には違いない。

 とすると。


「という訳で、別に私は旅行券が欲しくてあの大会に参加した訳ではない。あの旅行券は、まぁ、父さんと母さんに骨休めにでも行って貰おうかと、そういうつもりで貰っておいた」


「おぉ、千寿、おぉ……」


「ほんと、あんたってば、どっかの誰かと違って、できた娘よね」


「よしてくれ、これくらいの親孝行、別に普通の事ではないか。それに、たまには夫婦水入らず、旅行などに行って家族の絆を確かめるのもまた大切なこと」


 はい、そうですかそうですか。

 孝行娘を持ててて、よござんしたね。

 そして、頼りのない放蕩息子で申し訳ございませんね。


 回りくどい俺いじめやめてくれます。ほんと傷つく。


 なんだい、最初からチケットは父さん母さんに譲る気だったんかい。

 それならまぁ、俺としても文句はないわい。


 廸子を連れて行ってあげれたらなとか、そういうことを考えていたけれど、まぁ、それはそれだ。そもそも、廸子がそれを由とするかどうかも分からないし、誘うのに勇気がいるのもまた事実。


 合理的な理由でチケットが消費されると言うのなら、俺にも文句はない。

 分かったよと、おとなしく引き下がることにした。


 とはいえ――。


「おー、よーちゃん、なんだかこころここにあらずだねぇ」


「……まぁねぇ」


「なんだ、陽介もチケットが欲しかったのか?」


「貰えるもんなら貰いたかったですけど、まぁ、一緒に行くような相手もございませんから。それより、親父たちが仲良くやってくれることの方が、俺としても嬉しいので。別にそれで構わないんじゃないでしょうか」


「……仲よくだなんて、なぁ、母さん」


「……そんな、弟を期待されても、困るわよねぇ、父さん」


「そこまでは求めてないよ!!」


 どういうことーとこちらを見つめてくるちぃちゃん。

 意図せず逆セクハラの構図となり、言葉を詰まらせる俺。

 やはり、俺のセクハラの血は、この親たち譲りということがここに証明されてしまった。ほんと、勘弁していただきたい。


 どうしたものかな。

 期待に俺を見るちぃちゃんに、今回の下ネタの説明を考える俺。

 しかし、そんな考えは、親父の上げた素っ頓狂な声で突然終わりを迎えた。


「ありゃ。ダメだ。この日、俺バイトのシフト入ってるわ」


「なんだって。もう、ちゃんとして――って私もこの日は夜勤だわ」


「え、あれ?」


「ふむ。なるほど。これはいささか、親孝行港が先走り過ぎたかな」


 旅館の宿泊チケットの日程と、親父たちの日程がかみ合わない。


 あれ、こういうのって普通、手に入れてから向こうさんと日程調整するもんじゃないの。と、思ったけれど、これは廸子の家に放り込まれた謎チケット。

 日付が指定されていてもおかしくはない。


 となれば、どうする。


「まぁ、ワシは最悪休んでもいいが。母さんはなぁ」


「この理由で有給取るのはちょっとねぇ。いや、そういうこと言うご時世じゃないのは分かっているけれど」


「……え、あれ、それじゃもしかして」


 父、母、姉の視線が俺に向く。

 家族内で、景品を回し合う流れであった。

 そして、俺も欲しかったのだという、カミングアウトも済ませていた。


 となれば、巡ってくるのはもはやここしかない。


 あれ。

 思いのほか、すんなりと話がつながったぞ、おい。


「陽介。仕方ないな、そんなに欲しいのならば、くれてやろう」


「ま、まじですか、ババア――いや、千寿姉さん」


「私とて鬼ではない。しかし、やるからには相応の対価が必要だ」


「相応の対価……だと」


 なんだ、何をせびるんだ。

 まさか、今よりもっと家の仕事を手伝えとか言うのか。

 それともまさか、マミミーマートで働けとか言うのか。


 どちらも勘弁だぜ。

 俺はフリーのニートで行きたいんだ。

 そんなナンセンスな要求飲めるかよ。


「なに、そう、身構えるな。難しい話ではない」


「なんだ、難しい話じゃないのか」


「家の仕事を手伝えとはいわん、マミミーマートで働けともいわん。再就職しろなんてことも言うつもりはない」


「なんだ天国じゃないですか」


 心配して損した。

 そんなことを思う俺に、姉貴はいい笑顔でこう言い放った。


「陽介。廸子ちゃんを旅館に誘って、そのままなし崩しでSE〇してこい。それがお前に求められるミッションだ」


「ぶふぅーっ!!」


「まーご、まーご!!」


「ふたりめのまーご!!」


「きゃっきゃっきゃ!!」


「子供居る前で、なんちゅうこといいだすんだ、このババア!!」


 だから、そういうんじゃないって。

 俺は、純粋に廸子のことをだなぁ。


 あぁもう。


 そうだった、こいつら俺の家族だった。

 セクハラ大魔王の俺の家族だったわ。

 ちくしょう。

 血筋じゃ手に負えねえ。


 なんにしても、俺は有馬温泉の旅館チケットを手に入れる代わりに、えらいミッションを引き受けてしまうことになったのだった。


「まぁ、証拠写真は、廸子ちゃんのプライベートのため、勘弁してやる」


「撮らねえよ!! 撮らさせねえよ!! というか、やらねえよ!!」


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