第19話

 俺の名前は本田走一郎!!

 県内最速!! 近畿じゃ下り最強を自負するバイク乗りだ!!

 今日はこのド田舎に、軽四で慣性ドリフト、九十度カーブノンストップ待ったなし野郎が出ると聞いてやってきた!!


 近畿最強の名は伊達じゃない!!

 四輪だろうが二輪だろうが、下りで名を語るなら、俺を倒してからにしろ!!


「だが、ちょっとその前に、コンビニでコンディションクリア」


 あってよかったマミミーマート!!

 こんな山奥にコンビニがあるなんて――膀胱がはちきれそうで困ってたんだ!!


◇ ◇ ◇ ◇


「うふふっ、廸子ちゃんったら、また今日もトイレ掃除して。本当にスケベな子ね。いったい何を想像してトイレ掃除しているのかしらね。よっこいしょういち」


 そして俺はトイレに座った。


 そう、洋式トイレ。

 それこそは、人類の叡智の結晶。

 おそらく、この世で最も人の暮らしを楽にした、画期的な発明と言えるだろう。


 それまで、うんこ座りをして用を足さなければいけなかった人類は、この洋式便器の発達により、座りながら用を足すことができるようになったのだ。

 体重を支える必要のなくなった人類は、重力から解放された。

 そして、よりフリーダムに用を足すことができるように――。


「ドンドンドン!!」


「おぁーっ!! 俺のリラックスタイムにいきなりの闖入者!!」


「ドンドン!! ドンドンドン!!」


「ごめんなさい入ってますどうぞー!!」


◇ ◇ ◇ ◇


 俺の名前は本田走一郎!!

 なんてこった!! 入ったコンビニのトイレが使用中だったなんて!!


 こんな辺鄙なコンビニに来る奴がいるというのか!!

 なんという偶然!! いや、もしかすると、中に居る奴も走り屋!!


 しかし!!

 そんなことはどうでもいい!!


 俺の膀胱は既に爆発寸前なのだ!!

 ライダースーツの中で、はちきれんばかりになっているのだ!!


 くそう、こんなことなら、途中のサービスエリアで無料のお茶をしこたま飲むんじゃなかった!! 思い返せば、あの時からフラグは立っていた!!


 どうする!!

 どうするんだ!!

 早く出てきてくれ、中の人!!


「ドンドンドン!!」


 俺には扉をノックすることしかできねえ!!


◇ ◇ ◇ ◇


「ほぁー、どうしようどうしよう。こんな時間にコンビニ来る人とかいないと思って、めっちゃお腹にためてきたのにどうしよう」


 飛び出した、便意は急に、止められない。(標語)


 もうむりむりむりー、絶対に止まらない、止まるものかという感じに、俺の臀部排出ユニットから噴出される茶色の廃棄燃料。


 これはあれですわ、便器に詰まっちゃう奴ですわ。

 家の便所は和式なので、正直使いづらいとか思って、マミミーマート使ってたのが裏目に出ましたわ。ため過ぎましたわ。


 ほんでもって、俺の便意も止まらなければ、相手の便意も止まりませんわ。


「ドン!! ドドンドン!! ドンドン!! ドンガドンドン!!」


「ごめんね、ごめんね!! 今、急いで出しているから!! 当社比、三割増しくらいで出しているから!! ほんと、もうちょっとだけ待って!! お願い!!」


「ドドドドドドドン!! ドン、ドドドドドン!!」


「ほぁぁあぁあぁあ!! そんな振動与えても、便の出がよくなったりとか、そういうことないから!! というか怖いから!! 余計に出なくなる!!」


 なんなのこのトイレのドアドラミング。

 扉がプライバシーを保護してくれてるから、まったくもって扉の向こう側の人がどういう方なのか分からない。

 これ、相当ヤバい人なんじゃないの。

 ヤク〇みたいな人が出てくる奴じゃないの。


 そんでもって、おー兄ちゃん、俺のずぼんがびっしょびっしょやないけ、どないしてくれるんじゃワレ、みたいな感じになる奴じゃないの。


 やめてよ、やめておくれよそういうの。

 我が家にそういう危機に対応する金銭的余裕はないのよ。

 そして、俺の便意にも、それに即応する余裕はないのよ。


 もうさっきから、ノンストップなのよ。


 溜めてたから。

 家でしないで溜めてたから、しばらく続いちゃうのよ。


「ドドドン!! ドン!! ドンドドン!!」


「あぁっ、リズムがなんかおしっこ我慢してる感じに!! 男の子にしか分からない、この、自分のリズムで尿意コントロールする奴!! いや、女の子にもあるのかもしれないけれど、なんか男の子がよくやってる感のある奴!!」


 やべー、絶対にトイレの向こうの奴男だ。

 そしてこの力強さ、間違いなくヤバい感じの人だ。

 時間的にも、場所的にも、ヤバい感じで怖い感じのお方だ。


 どうしてそんな奴の入店を許可したんだよ廸子。

 ちょっとぉ、頼むよ、廸子。


 このマミミーマートの守護神の自覚をもっとちゃんと持ってくれよぉ。


◇ ◇ ◇ ◇


「ドドン!! ドン!! ドスコドン!! ドドン!! ドドドンドドンド!!」


 くそう!!

 ぴょんぴょんして尿意を抑えるのんもそろそろ限界が来たぞ!!

 ぴょんぴょんで尿意を一次的に軽減する裏技が通じなくなってきたぞ!!


 いったい中の奴は何をやっているんだ!!

 本田走一郎!! こんな、こんな所で、お前は人間としての道をコースアウトしてしまうのか!!

 公衆の面前で、しょんべんを漏らして、コースアウトしちまうのか!!


 舐めるな!!

 俺は近畿最強の下り屋!!

 本田走一郎だぞ!!


 うぉおぉぉおお!!


「ドン!! ドッドン!! ドドドドン!! ドン!! ドドドドォン!!」


◇ ◇ ◇ ◇


「ふぅ、ウォシュレットウォシュレット。この瞬間がたまらないんだよね」


◇ ◇ ◇ ◇


 オレ、ホンダ、ソウイチロウ!!

 トイレ!! モウ!! ボウコウゲンカイ!!

 ゼンキノウテイシマデ、アト――。


 4


 3


 2


 1


◇ ◇ ◇ ◇


「ふぅー、すっきりすっきり。いやはやすみません、お待たせいたしました」


 じょばぁ。

 あふれだす、この情熱感。

 そして匂い立つアンモニア臭。


 ……間に合わなかったか!!


 くっ、俺がもたもたとウォシュレットなんかしていたばっかりに。

 尻にこびりついた汚れを、しっかり落としていたばっかりに。


 トイレを待つ、一人の男のズボンをダメにしてしまった。


 けれどもねあーた。

 そんな人を急かすようなドラミングしちゃいけませんよ。


 借金の取り立てじゃないんですからね。

 そりゃ、トイレなんて入ったもん勝ちなんですから。


 だいたい、セルフコントロールがちゃんとできてないのが悪い。

 どうせドライブスルーでしこたま無料のお茶でも飲んだんでしょう。

 まったく嘆かわしい。


 ヤク〇か、インテリヤク〇か、半グ〇か、マト〇か、なんだか知りませんけれど。

 俺は絶対に謝らな――。


「お、お兄ちゃん、僕のずぼんがびっしょびっしょで、どうしようこれ」


「ショタだったー!!」


 悪いことしたー!!

 ショタだったー!!

 なんか罪悪感を覚えるレベルの美少年だったー!!

 こんな子に黄金水を流させるなんて、やらせちゃいけない奴だったー!!

 そして、覆水盆に返らない奴だったー!!


「廸子ォ!! 廸子ォ!! 雑巾持ってきてぇっ!!」


「なんだよぉ、また横に飛ばしたのか。ほんと、トイレは綺麗に使えよな」


「俺じゃねえよ!! いいから早く持ってきて!! 清潔な奴を!!」


 こんな子待たせてたならもうちょっと早く言ってよ。

 そしたら、俺はジェットエンジンで燃料を噴射して、さっさとトイレから飛び出してきたよ。彼に譲って、自分は野で果てるのもやむなしとか覚悟しましたよ。


 まぁ、それはともかく。


「大丈夫!! 大丈夫だから!! おしっこ漏らしたくらい、全然そんなのたいしたことないから!! ノーカウント!! 人生のノーカウントだから!!」


「……ほんとぉ?」


「ホントだよ!! お前、人生しくじり通している俺が言うんだ!! なぁ、廸子よ!! 俺のおもらし伝説言ってみな!!」


「中学の修学旅行のバスの中でまさかまさかの」


 なっ。

 しょんべんたれたくらいでどうってことないのさ。


 大丈夫、君は平気さ。

 まだ美しいまま。うん。


 俺はもうなんていうか、ズタボロだけれどね。

 とりあえず、急いで持ってきた雑巾と替えのズボンで優しくケアしてあげる。


 免許取り立て、明らかに十代の彼は、しゃくり声を上げながらも、どうにかこうにか自分を取り戻したみたいだった。


 ほっ、やれやれ、落ち着いて何より。


「もー、こうなることあるから、陽介はトイレ使用禁止な」


「なんだよ!! 洋式便所使いたいんだよ!! 頼むよ廸子ちゃん!!」


 ここ追い出された、俺が安心してできるトイレがなくなるよ。


 勘弁してよ、廸ちゃーん!!


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