第42話 バーサーカー
【前回のあらすじ】
ミレニアとトルーニーの狂言により、護衛艦『ほしかぜ』の乗組員たちは退艦した。いち早く彼女の狙いに気づいたアルフォートは共に行動することを願ったが、銃声がミレニアの返事となった。
「うらあああああ!」
ユニオン兵から巻き上げた銛撃銃を連射して『赤鬼』を狙う。
敵はもはやヤツひとり、敵潜水艦も対マリナー戦では魚雷の効果が薄いと分かっているので、同士討ちを恐れて中途半端な水域で止まり右往左往している。
それをいいことにルカは、ジュピター号の警護も忘れてひたすら『赤鬼』だけと戦っていた。
「ええい、チョコマカと! そんなんだからジュリアにフラれんだよバアァーッカ!」
撃ちつくしたのを捨て、小脇に抱えた中から新たな銛撃銃を抜いた。そしてさらなる罵詈雑言と共に、銛の連射を浴びせかける。
しかしながら敵もさる者。この海に敵う者なしとまで謳われている最強の傭兵である。
ルカにいくら天賦の才があろうとも、怒りに任せてただ銃爪を引いているだけでは的に当たるはずもない。ましてや相手はソナーが追いきれないほどのスピードの持ち主。普通に考えて、飛び道具の類が有効とは思えなかった。
「キイィィィィ! 当たンない! こんなモンいるか――ッ!」
ついに癇癪を起こしたルカは、マーキュリー号が抱えていた銛撃銃をあたりにばら撒いた。散乱する鋭利な銛の数々。海流に乗ってダンスを踊り、危険なこと極まりない。
「ちょっとルカ、落ち着いて!」
遅れていたジュピター号が、銛の包囲網を抜けてマーキュリー号の肩を掴んだ。通信機から流れる彼の声に、ようやくルカに正気が戻る。
「クィント? マシューは? あの馬鹿はどこよ!」
「だから落ち着けって。ソナーをよく見なよ。いまはこっちの索敵能力の外にいる。さっきからきみが銃を構えている時だけ一瞬姿を見せて、撃ちはじめたらソナーの外へ隠れるを繰り返している。さすがに接近戦で撃たれたら厄介だからね、きみが全弾撃ちつくすのを待っているんだ」
「そ、そうなの?」
「いまはこっちが二体そろってるから、銃を手放しても迂闊に攻め込んできたりはしない。マシューの戦い方は力技だけじゃない、よく相手を見てるよ。だからルカも早く銃を拾うんだ。それから冷静になって」
「あう……ご、ごめんなさい……」
頭に昇っていた血が急速に降下していき、ルカに戦場の機微を思い出させる。
相手は確かに憎い裏切り者だ。だからといって憎しみだけで倒せる相手でもないことは、重々承知のはずだった。
そんなことも忘れて駄々っ子みたいに暴れて。それでよくみんなの敵討ちなどと言えたものである。己を取り戻し、しっかりと反省。ルカはそうした気持ちの切り替えで、何度も死線をくぐってきた経験がある。
こと戦闘において、もはやクィントから助言出来ることなどない。
「ありがとうクィント。あたし負けるとこだった。もう大丈夫。あとは任せて」
「ほ、ほんとに? 良かった、実はミレニアからの信号が、いくら待っても来ないんだ。例の潜水艦は、もう深度六〇〇メートル付近にはいるのに。心配だ、迎えに行きたい。いいかな?」
「いいも悪いもないでしょう」
まったくこの男は。
ルカは眉根を寄せて苦笑した。
ホァンも奥手だったが、クィントは鈍感で腹が立つ。ホァンの気を引くために、わざとクィントを誘うような仕草もしたが、一切なびかなかった。女の子としての魅力がないのかと不安に思い、ジュリアやサクラに相談したほどである。
好きな子がいるならいるで、そう言えばいいのに。
誰にでも好かれたいなんて横暴だわ――。
「クィント、八方美人は嫌われるよ」
「へ?」
「いいから早く行って! 約束したんでしょミレニアに、『守る』って」
「な、なんでおまえがそんなこと知ってんだっ!」
「この緊急事態にオタオタしない! マシューには絶対邪魔させないから、とっとと行って連れて帰って来いっての!」
「う~……釈然としないが、頼んだ! じゃあな!」
潜航艇モードで海底へと消え去るジュピター号。次第にスクリューの泡も消えてなくなる。
躍起になったそのスピードに、彼のミレニアへの想いを感じるルカであった。
「よし!」
パシンと頬を張るルカ。気合いも入れなおした。
来るなら来いだ、マシュー・ザ・レッドゴブリン!
ソナーが何かをサーチする。索敵限界のギリギリとところで。
それが『赤鬼』であるのなら、捉えた時にはすでに距離を詰めている。
「さあ来い。みんなのカタキ……取らせてもらう――」
マーキュリー号が一体になった瞬間を狙い、マーズ号は同機の索敵能力が有する効果範囲内へと躍り出た。
極限にまで軽いボディと、アタリのエンジンを搭載することによって実現された驚異のスピード。それはヒトが生み出したものが、ヒトガタのままで海洋生物を凌駕することを目指した一種の進化系。ヒトのエゴを理想とした浅はかさのうつし身である。
だがマシューにはそんなことすらお構いなしだ。
元よりそんな高尚な精神性は持ち合わせていない。金、女、権力。世俗にまみれた貪欲さが彼の本性である。
だから強い。だから死なない。
生半可な信念では、彼の強欲を打ち破ることなど出来ないだろう。だからヴィクトリアは彼を嫌ったのだ。だからシェフは彼を認めようとはしなかったのだ。
それを弱者の理論と吐き捨てるマシューには、一生分からないだろう。
知る術すらもはや絶たれた――。
「ハッ! さすがについこないだまでツートップ張ってた相棒だぜ。もう油断はしませんってか?」
キャノピー越しに見えたマーキュリー号は、恐慌から回復して一丁の銛撃銃を構えなおしていた。目視で確認出来る位置まで来て、急停止したのは久しぶりである。マシューは、マーズ号の両腕をクロスさせ、特攻に備えた。
ルカの蹴りは厄介である。一撃でもまともに食らえば装甲の薄いマーズ号には、分が悪い。接近戦は避け、ヒットアンドアウェーで体力と精神力を同時に消耗させたいところだ。
だが、
「うおっ! ッブネ!」
先手を取ったのはルカ。銛撃銃の連射を効果的に用い、マシューをたじろがせた。
頭部に集中された銛を避けるため、マーズ号は身をよじる。たったそれだけの動作の隙に、マーキュリー号は間合いを一気に詰めてきた。
放たれる最上段からのカカト落とし。エッジの利いた脚部装甲が、ギラリと光る。
「させるかよ!」
態勢を崩しながらも両腕の剣でガードするマシュー。続く下からの蹴り上げにも対応して、距離を取った。これでお互い正真正銘の仕切りなおし、飛び道具もなしだ。激しい攻防戦になるかと思いきや、ルカに一方的に攻め込まれ、マシューは防戦に回る。
回転の速いマーキュリー号の蹴り技に、マーズ号は押されっぱなしである。両の剣さばきで直撃は防いでいるものの、後退を強いられていた。
もし観客がいたのならば、誰の目から見ても劣勢は明らか。
仕舞いには連撃の隙を突いて、敵に背を見せ逃げる始末。
これにはルカも腹を立てたか、無防備に最高速度で追ってくる。それがマシューの計略の一部だとも知らずに。
突如、マーキュリー号の左脚部が爆発した。
小さな爆発であったが、それなりの閃光があたりを照らす。それを見たマシューはマーズ号のコクピットのなかで、ニタァ~と口の端をゆがませた。
その場に急行するマーズ号。爆発はさらに続いていた。
左肩部、右上腕部を共に破損。左脚部のいたっては、膝下から先が吹き飛んでいる。マーキュリー号はすでに戦えない状態になっていた。しかし、小爆発はあちこちでやまない。なぜならばマシューよって散布された機雷が、マーキュリー号との接触をきっかけにして次々と誘爆を引き起こしているからである。
マシューは動けなくなったマーキュリー号を捕まえて、コクピットへ刃を当てる。最後の一撃をわざわざ出し惜しみして、ルカへと通信を送った。
「よおハネッ返り。すこしは楽しンだかい?」
「うるせーっ! 殺るならとっとと殺れーっ!」
「おいおいおい。まあそうトンがるなよ。昔のよしみだ、いまのクライアントに口利いてやってもいいぜ? ちょいとお堅いとこだがな、待遇は三食昼寝付きどころの騒ぎじゃねえ。テメエもいい加減、大人になれや。なンならおれの女にしてやってもいいぜ。カラダだけはいっちょ前だしな!」
「誰がおまえなんかに!」
「あ? ホァン、ホァン、ホァン、ホァンか? ブルーポラリスはもうねーんだよ。あのむかつく女船長も、クソコックもな! ホァン? 機械いじりしか能のねえ、陰気なガキだ! 世の中なぁ、弱ぇヤツから死ぬんだよ! おまえの両親みてえにな!」
「な……んだ……と……?」
「タイミング良過ぎだと思わなかったか? あの時、おれが助けてやった海戦だよ。おまえの両親がおっ死んだあの時のな!」
「おま……まさか!」
「ああ、すべておれのシナリオ通りだったんだよ。そして今回もな!」
「そんな……そんな……」
ルカはうわ言のようにそう繰り返し、絶望に暮れる。そんな様子がマシューには手に取るように分かった。顔を醜くゆがませて哄笑し、快感に打ち震えている。
「うああああああああああああああっ! マシュー――――ッ!」
「うるせえ! 騙されるほうが悪ぃンだよ! 交渉決裂だ、冥途でシュテンバイツによろしく言っとけ!」
マーキュリー号のコクピットに当てていた刃を一旦引き、大きく振り上げる。一撃で耐圧クリア樹脂を貫けるように、きわめて浅い曲面に対して垂直に構えた。これならば剣を弾かれる心配はない。
この一振りでルカは死ぬ――。
「あばよ――」
感慨もなく振り下ろされようかという赤刃。それをマーズ号のコクピットに響き渡る、ソナーの警戒音が止めた。
「なんだぁ?」
高速で接近する移動体。『赤鬼』の移動速度を凌駕するようなものではないが、直線的にこちらへ向かうその物体は、どこか馴染みのあるスピードだった。
薄暗い闇のなかを音もなく切り裂いて突き進む。ほどなく肉眼で捉えたるその風貌は、鋼鉄の人食いザメとでも形容しようか。
「魚雷か!」
慌てて避けたためにマーキュリー号も掴んだままだ。マーズ号の元いた場所は、巨大な魚雷が通過した。一瞬見切れたその形状。ユニオンの物とはすこし仕様が違う。
それにいまとなっては友軍である自分を、ユニオン艦が襲う訳がない。クィントのロケットランチャーは単発式のはずだし、となると……。
そこまで考えてマシューは、マーキュリー号を手放した。単純に身動きを良くするためにほかならない。魚雷のターゲットは間違いなく自分だった。上下左右とうまく避けるが、避ける先に次弾が飛んでくる。
五発、六発、七発と。飛びも飛んだり鉄のサメ。
八発目の弾を避けた時、マシューは前方から押し寄せる巨大な影を見つける。それがもし最後の魚雷だとしたら、一際巨大な弾コロだった。
二基のスクリューかき回し。船首に掲げる
「このくたばりぞこないがあっ!」
マシューが闇に向かって叫ぶ。現れ出でたのは潜水艦ブルーポラリス号。速力は以前ほどの冴えがなく、船体もかなりボロボロだが、それでもあの船は生きていた。しぶとく地獄の淵より舞い戻る。
「だからなんだってンだ! 正体が分かればいくらでも……な、なに?」
マシューがその海域を抜けようとうえを目指すと、そこには突如、機雷原が出現していた。それもまるで巨大クラゲの触手みたいに鈴生りに。
しかもそれが四方八方に張り巡らされている。気付いた時にはすでに、マシューはかごの鳥状態だった。逃げ場はない。前方にはブルーポラリス号が迫り、後方には先ほどの魚雷が作り上げていった機雷原の回廊があるだけ。
「なんだってンだ、おい……どうしろってンだコンチクショー!」
ブルーポラリス号は俄然、勢いを増してマーズ号へと接近を続ける。マシューは、後方に続く確実なる死と、前方から迫り来る死との狭間で硬直していた。
やがてブルーポラリス号の船首はマーズ号のボディを捉え、周囲に拡散した機雷を起爆させながらそれでもまだ止まらない。
衝突のダメージにギリギリ耐えたマーズ号のコクピット内で、マシューはある発見をする。
このまま行くと近場の大陸棚にぶつかって、自機が押し潰されてしまうことに。
爆煙の中に見え隠れするジョリー・ロジャー。
蒼白となったマシューは自己の運命を予想し、狂乱のままに絶叫する。
「ここまでやるかァ! ヴィクトリアァ――――――――――ッ!」
直後、行く手を塞ぐ堅い岩壁に、マーズ号ごと突き刺さったブルーポラリス号。二本ある強力なスクリューも停止し、浮力を失い徐々に沈みはじめた。外装はほぼ全面にわたり大水圧を受けて圧壊。鋲うちの装甲版などは、すでにほとんどはがれてなくなっている。
船首にいたっては、もはや原形をとどめていなかった。
〈つづく〉
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