第26話 テスト

【前回のあらすじ】

 クィントは自らの夢でもある『目覚めの宝』のサルベージを船長に申し出た。そこで彼には試練が与えられることになった。




 海面下一五〇メートル付近。海底にはまだ一〇〇メートル余りを残す、視界の開けた見通しのよい水域だった。海

 面を見上げれば、巨大なブルーポラリス号の船体が確認出来る。

 クィントはいま、それをホァンから託されたジュピター号のコクピットから見ていた。


「操作方法は分かるね?」


 出発前の、ホァンとの会話が思い出される。

 彼としても心血を注いだ愛機のシュイクダウンだ。

 慎重にならざるを得ないだろう。


「大丈夫だよ。ユニオン製のマリナーなら乗ったことあるもん。基本操作は同じだろ?」


「まあね。でも性能ならこっちだ。両肩に搭載したスクリューの効果で、戦闘形態でも抜群の移動速度をほこる。コイツなら『赤鬼』相手でも、そう簡単には競り負けないさ」


 マシューが戦利品として持ち帰ったミレニアの機体に、クィントの船のエンジンを追加搭載。さらに不具合箇所をそれぞれ違うマリナーから拝借したパーツで修理しているので塗装も統一されておらず、見た目はまだら状態。そんな外観を木星の縞模様になぞらえて、ヴィクトリアが命名したのが、このジュピター号である。


 手にはワイヤーロープのついた銛が握られ、さながら漁師のよう。

 いま、さらなる深海へと向かって静かに潜航を続けていた。


 ふと左手のレバーに設置された、スイッチを見る。

 ホァンによれば、超音波を使用したユニオン製の兵器らしいのだが、彼の見解ではそれほど役に立つものではないそうだ。辛辣である。


「多分、クジラとかの出す衝撃波をモデルにしてるんだろうけど、マリナーのボディを圧壊させるような性能はないよ。せいぜい電気回路を断絶させる程度のものさ。それにしたって一瞬だから、捕まった時の対抗策ぐらいに考えておいてくれ。ユニオンの技術者には悪いけど、こんな装置はいくら規模を大きくしても魚避けくらいにしかならないよ」


 恐ろしいほど辛口である。

 マリナーのこととなると、本当によく口の回る男だ。


 それにしても久しぶりのマリナー操縦。

 ばかりか、武装した機体での「鬼ゴッゴ」などついぞ経験したことがない。


 高鳴る緊張と、同じシートにミレニアが乗っていたんだなという感慨深さがない交ぜとなり奇妙な興奮状態だ。

 それを落ち着けるため、クィントは首から提げた革袋を握り締める。

 なかにはあの耳飾りが入っていた。


 刹那、ソナーが高速の機影を捉える。「そいつ」は海上からやってきて、ジュピター号へとまっすぐ向かってきた。バックミラーに映るのは、まぎれもなくあの赤い機体。


「アイツ! いきなり全開かよ!」


 操縦桿を倒し、クィントが叫ぶ。

 ジュピター号がそれに追従して反転をきめた時、すでに『赤鬼』は目前に迫っていた。


 両の腕から繰り出される剣撃を銛を受け止め、力のベクトルに逆らわず後方へと流れる。

 両肩に搭載されたスクリューが随意に前方を向いて、フルスロットル。

 これで『赤鬼』の攻撃速度をわずかに上回り、ダメージの一切は吸収された。


「聞こえてるか小僧」


 通信機からマシューの声が聞こえる。

 海中での電波のやり取りが不自由なマリナーでも、ここまで密着状態となっていればその限りではない。ノイズ交じりの恫喝は、どこか歓喜に打ち震えているようにも思えた。


「あの時のケリをつけようや。おれは人前であれだけコケにされて、そのままにしておけるほど、人間出来てねえんだよ! テストだかなんだか知らねえが、この場で始末してやンぜ!」


 くる!


 そう感じたクィントはマシューの行動よりも一瞬早く、機体を下方へと潜らせた。停止していたメインスクリューがうなりを上げ、見る間に『赤鬼』との距離をあける。マシューの攻撃は空振りに終わり、二体はそのまま潜航艇形態での追走劇へと戦いを変じた。


「参った。勝てる気がしない」


 高速で海底へと逃げるジュピター号のなかでクィントはごちた。


「とりあえずこっちの目的はサルベージなんだから、無理に相手しなくても……」


 と、バックミラー越しに気配を感じ、クィントは慌てて機体を左右へ振った。その直後、ジュピター号がさっきまでいた空間を、数本の銛が乱れ飛ぶ。あとすこし回避が遅れていれば、今頃ジュピター号は串刺しだった。


「どぅわっ! アイツ、殺りにきてる! どうにかしないと……ん?」


 海底はもう目の前にまで迫っていた。

 あたりには深いおりが堆積し、いたるところに屹立した岩礁で入り組んでいる。海面から鉛直方向へと降りてきた海流が、迷路のように複雑に絡み合った岩塊の隙間に吸い込まれて、渦をなしていた。


「しめた!」


 絶好の隠れ場を見つけたクィントは、迷うことなく岩礁へと飛び込んだ。そこで灯火類を消して静かにしていれば、マシューの索敵に掛かることはない。


 狭い岩場での戦闘、待ち伏せはいくらでも出来る。

 向こうも迂闊には近づいては来ないだろう。

 クィントは、本来の目的であるユニオンのマリナー探しに集中した。


 この海域は、幾度となく海戦が繰り広げられてきた場所である。

 ちょっと潜ればマリナーの残骸などゴロゴロしている。


 またクィントがこの岩礁を選んだのも、マシューの攻撃をかわすだけが理由ではない。

 海流に巻き上げられた澱は、渦になって岩場の中心へと流れ込んでゆく。

 それはとても強い力で、船の残骸なども吸い込むほどだ。


 幼少の頃から培ってきたサルベージャーの勘が告げる。


「あった」


 まるでドーム上に折り重なった岩礁の中央。クィントは、ミルク色の澱みに横たわる一体のヒトガタを見つけた。型は古いが、どうやらユニオン製マリナーのようだ。肩部を覆う装甲にはっきりと三槍旗が描かれている。


 両手足は健在のようだが、コクピットのキャノピーは消失していた。むき出しとなったパイロットシートには、びっしりとフジツボなどの固着動物が生息している。


 クィントは、一旦ジュピター号から降り、ユニオンのマリナーに取り付いた。そこで簡単なチェックを行うと、しばし腕組みして考え事をはじめる。

 数分後、いたずらな笑みを浮かべながら、廃マリナーのコクピットに細工をしだした。

 眠っていたヒトガタは静かに浮上を開始する――。


 ただでさえ視界の悪い深海でのマリナー戦。

 しかも獲物は、岩場の影に逃げ込んだまま出てこないときている。不用意に飛び込んで、待ち伏せを食らうような馬鹿をする気はサラサラないがマシュー・ミラーは焦れていた。『赤鬼』こと、マーズ号のコクピットのなかで、彼は血に飢えたハイエナの目を光らせている。


 マシューにとって、生きることと敵を殺めることは同義であった。

 かつて隆盛を誇った超大国の、海軍にルーツを持つと言われている傭兵団の出身である彼は、自分の腕だけを頼りにここまでやってきた。『血染めの王』の伝説に憧れ、自らも成り上るんだと野心を胸に海へと出たが、当の「伝説」はすっかり丸くなっていた。

 得体の知れない女のもとでヘラヘラと飯炊きなんぞをやっている。


 彼にはそれが許せなかった。

 目を覚まさせてやると幾度も思った。

 しかし「伝説」は見向きもしない。ばかりか、自分の気に入らないガキの世話を、さもうれしそうにやっているのだ。マシューの目には、それが嘲りと映った。恥辱にまみれた彼の胸裡に、クィントはただの敵としてしか認識されていない。


「出てこいよクソガキが……伝説だの夢だのと、甘っちょろいこと言ってる奴ァ、おれが片っ端からツブしてやンぜ」


 マーズ号は、岩礁周辺を満遍なく哨戒する。飛び出してきたクィントを、いつでも仕留められるように。


 その時だった。

 岩礁の一部が突然崩落し、内部から大量の海底沈殿物が噴出したのだ。


 四方から岩場に流れ込んだ潮の圧力が、薄い岩壁の破壊により、まるで火山の噴火のように一気に上昇している。

 ただでさえ見通しの悪い水域だったが、吹き上げられた澱によってあたりの視界ゼロになる。


 だが対物ソナー自体の感度は良好だった。ちょうど泥水が吹き上がっている穴の下から、なにかがせり上がってくるのをマシューは捉え、舌なめずりをする。


「澱に紛れてケツまくろうってのか? 甘ぇンだよ! そのニヤケ面ァ、二目と見られないように切り刻んでやらぁ!」


 マーズ号が突撃を開始した。

 なにも見えない煙幕のなかを赤い機体が狂気に跳ねる。ソナーの示した光点の先、待ち受ける無力な獲物を目指して。

 距離が縮まる。

 うっすらと影が見えてきた。巻き起こる泥の嵐をスクリーンにして、静かにゆれるヒトガタ。


「あばよ!」


 マシューは躊躇なく、ソレを斬りつけた。

 肩口から袈裟にコクピットを割る……はずだった。


「な、なんだコイツは!」


 そこにいたのは、すでにコクピットも半壊した型遅れのユニオン機だった。

 マシューの研ぎ澄まされた傭兵の勘が、最大音で警鐘を鳴らす「これは罠だ」と。


 とっさに機体をひねったマーズ号の横を、一本の巨大な銛がすり抜ける。

 あとすこし振り返るのが遅ければ、マーズ号は射抜かれていた。

 銛はそのまま狙いを外し、背後にあるユニオン機の頭部へと突き刺さる。


「は、ははは……あはははは! 小賢しいンだよクソガキがぁ! なにを隠れているかと思えば、くだらねえことしやがって! 所詮はこの程度なんだよ、おまえの企みなんざ。そこ動くンじゃねえぞ、いま消してやる!」


 一瞬だが肝を冷やされた屈辱感に逆上するマシュー。

 怒りに震えた両のかいなが操縦桿へと伸びた時だった。

 マーズ号の背後で、半壊したユニオン機が突然、息を吹き返したように動き出す。広げていた両腕がマーズ号を抱え込んだ。


「なにぃっ、なにが起きたっ!」


 目を凝らすとユニオン機の頭部を貫いた銛からはワイヤーが出ているのに気づく。マーズ号は見る間にそのワイヤーでぐるぐる巻きにされていった。


 さすがの『赤鬼』も、背後から両手を封じられていては、抵抗も出来ない。さらに通信機からは、飄々としたクィントの声が聞こえてきたのである。


「マシュー、聞こえてる?」


「テメぇ! このクソガキ! なにしやがった!」


 するとクィントは、これまた別段、得意がる風でもなく淡々として答える。


「その機体の動力がまだ生きてたんで、ちょっと細工をね。腕部への電力供給が絶たれた時の応急動作を、プリセットしたんだ。それから銛を打ち込んで、いまこっちからワイヤーを通して超音波で妨害信号送ってる」


「な、なんだとぉ……」


「こっちには元々、戦うつもりがないんだ。悪いけどこのまま船に帰還させてもらう」


「な! 待てよコラっ! これじゃあカッコつかねえだろうが! せめて解放しろよ!」


「その手には乗らないよ。解放した途端にズドンじゃ、目も当てられない」


「……くっ」


 ワイヤーを介した三体のマリナーが海面へと浮上する。

 因縁を含み、波乱のうちにはじまったクィントのテストであったが、軍配は彼に上がる。勝負はいまだ藪のなかだが、今回はクィントの大漁で幕を下ろした。



〈つづく〉

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