第五章 ニンジャ、友の恋を取り戻しに向かう
再会! お宅訪問!?
あれから、優月とは話せていない。もっと話さないといけないんだが。
今日は朝から空がドンヨリと曇っている。強めの小雨が、アスファルトに降り注ぐ。
夏休みの登校日、今日の天気を象徴するかのように、太一が机にうなだれていた。
「朝からずっと、こうなんだ」
カガリが太一の側に立ち、肩をすくめる。
「何があったんだ?」
「これを見てよ」と、太一がスマホを見せてきた。
太一のスマホに、一通のメールが送信されている。
内容を見て、オレは愕然とした。
『私はあなたにふさわしくないようです。さようなら』
太一の恋が、突然終わりを告げたのである。
資料館襲撃の翌日、鏡華が別れのメールを送ってきたという。
「おいおい、どういうこった? 何か、心当たりは?」
「多分、事件のせいじゃないかな?」
確かにな。それしか考えられん。
「僕が嫌われることをしたんじゃないか、って考えてるんだけど。ずっと研究研究だったから」
「そんなわけねーだろ。鏡華の身内が騒ぎの発端だ、みたいな事態になっちまって、気にしてるんじゃないのか?」
世間では、『鏡華父が、自分が設備不良を起こしたと偽の証言をして、今回の騒動の責任を取った』事になっている。
MIBは責任を追及したりはしなかったが、彼は「自分で責任を取りたい」と名乗り出たのだ。
太一は、鏡華の父親が嘘をついているなんて知るよしもない。
「そ、そうそう。太一君に非があったなんて事はないんだ」
事情を知っているオレとカガリは、そうとしか返答できずにいた。
「ボクが優月君を説得して、鏡華君に事情を聞いてきてやるから、安心したまえ」
「でも虎徹、十文字さん、僕のせいだったら」
「それも含めて、話を聞いてきてあげよう。だから、元気出すんだ」
太一は分かってくれたようで、オレの意見を聞き入れた。
まだ気を落としているが、妙なマネはしないだろう。
「鏡華が消えたのは、オレのせいだよな……」
カガリに、そっとつぶやく。
オレが追い詰めたから、鏡華は太一の前から消えた。
忍者の使命感か、太一を騙していた事実に対して頭にきたか。
どっちにせよ、オレは結果的に鏡華を問い詰めた。
あいつが太一を騙して、資料館に欠片のテクノロジーを展示させたと思っていた。
が、実際は違う。
「問い詰めたこと自体を、オレは悪いとは思っていない。とはいえ一方的だったと思う。鏡華の事情なんか聞きもしないで、自分の意見を押しつけた。感情に任せて」
カガリが、オレの肩を掴んだ。
「あまり自分を責めるな、虎徹。なんでも自分のせいにしてしまうのは、キミの悪いクセだ。それより、この先のことを考えよう」
「ああ、分かってる」
このツケは必ず払う。オレも情報収集に参加せねば。
熱くなったオレの頭を冷やしてくれるかのように、空から小雨が降ってきた。
「いったん、家から傘を取ってくる。その後、
「君が行っても門前払いだろ。ここは女子であるボクに任せてよ」
「助かる」
だが、家に戻ると更なる事態が待っていた。
宙ノ森の制服を着たツインテールの女子生徒が、我が家の前で突っ立っている。
インターホンを押すかどうかで、オロオロとたじろいでいるようだ。
「優月じゃねえか!」
私物の入ったトランクを持って、優月が玄関にいた。
オレの顔を見るなり、掴みかかってくる。
「ねえ、鏡華がこっちに来てない? 寮にもいないの!」
なに!? どういうこった?
「鏡華の両親は保護されてるんだよな?」
「MIBが保護しているよ。けれど、鏡華君だけはぐれてしまって」
「あいつが行きそうな場所に心当たりは?」
今の優月は、頭が回っていない。ただ、首を振るばかり。
これでは、居場所を突き止めるどころではないだろう。
「まあ、とにかく入れ。雨も降ってるし」
二人を家に入れると、テトテトというリズミカルな足音が近づいてきた。
「おかえり、お兄ちゃん。あれー? カガリちゃんだ。いらっしゃーい」
オレたちのシリアスムードを断ち切るように、亜也子が制服姿のまま居間から顔を出す。
「どうも、亜也子ちゃん。お邪魔するよ。それと、タオルを貸してもらえるとありがたい」
カガリが手を挙げて笑顔を見せ、優月が軽く会釈をした。
「もしかして」と、亜也子の顔が紅潮する。
「ああ、コイツは」
「カ……カカ、カノジョさんだーっ!」
光の速さで、亜也子が居間から飛び出す。ドタドタドターッと、道場の方へすっ飛んで行く。
「おいおい、話を最後まで聞けって!」
「おじいちゃん! お兄ちゃんが彼女を連れてきたよ! 道場、まだ終わりそうにない?」
「うむ。ワシはマダム方の相手で忙しい。畳の間に上がっててもらいなさい。ワシも、その方に言わねばならん事情がある」
「はーい! じゃあ、カノジョさん、どうぞ」と、亜也子はダダダダッとせわしなく、キッチンへ消えていく。
優月は遠慮がちに「お邪魔します」と靴を脱ぐ。
「悪いな。ドタバタしていて」
歩きながら、家で一番大きな畳の間へ誘導する。
狭いオレの部屋よりは落ち着くだろう。
「いいのよ。さっきの女の子は、妹さん? 似てないわね」
「イトコだ。よく間違われる」
「イトコのご家族と、暮らしているの?」
答えるのが難しい。
オレがまごついていると、カガリが「色々あったんだよ」と、助け船を出してくれた。
「どうも、埜場虎徹のイトコで、
「河南優月です。どうも」と、優月は緑茶を口にする。
「それ、
「そうですよー。今年入学したの」
亜也子がその場で一回転した。
亜也子は『宙ノ森学園 中等部』の生徒なのである。
「アンタのイトコが調べたから、鏡華の抱えてる事情に詳しかったのね?」
得心がいったように、優月が何度も頷く。
「こいつ、特待生なんだよ。専門は諜報員科だ」
宙ノ森女子が『宇宙人、もしくは宇宙人関連の人物を専門に受け入れる』学園だと知っていたから、ここまで調査することができたのだ。
「それにしても綺麗な人だなぁ。ホントに海賊なの?」
足を投げ出して、亜也子が質問する。
「待てよ。失礼だろ?」
「おっと、ごめんなさい」
亜也子は自分を小突く。
「いいのよ、事実だから。けど、誤解しないでね。あたしは綺麗でもないし、虎徹とは交際してないわ」
「そうなの? 二人はお似合いだと思ってるけどね、わたしは」
「ありえないわ。海賊と忍者との交際なんて」
それは,俺も同意見だな。
「えーっ? 好きになったら関係ないよ。だって、お兄ちゃんの両親って、駆け落ちしたんだもん」
「駆け落ちですって?」
「あのね、お兄ちゃんのお母さんって……」
イトコが言いかけて、司令部から通信が入った。
60インチのプラズマTVに、司令官の顔が写る。
「お父さん?」
司令官は、亜也子の父親だ。
「亜也子か。ちょうどよかった。虎徹はいるか?」
「うん。カノジョさんと一緒」
画面の向こうで、司令官は一瞬、「こんなときにデートか」と、眉間に皺を寄せた。が、優月の顔を見ると、目を大きく開ける。
「ふむ。あなたが例の恋人さんですね?」
優月が、自己紹介を済ます。自分が海賊だと証明して。
「なるほど。では河南優月さん。貴女にも、この男の顔を見てもらいたい。心当たりがあるはずだ」
優月に、司令官が語りかける。
司令官の後ろには、二人組の忍者が立っていた。
二人は、拘束された男を画面の前に突き出す。真っ黒い袋を被せられて、顔は見えない。着ているのは、忍び装束だ。
「そいつが、襲撃の首謀者で?」
「そうだ。顔を見て驚くなよ」
司令官が、忍者二人に指示を送る。
男から、黒い袋が取り払われた。
「あんたは……」
オレの隊長じゃないか。
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