第25話 妹強襲の金曜日。懐かしのコーンスープ 下
「分かった。分かったから。説明するから。今は料理をしてくれ。他は?」
「…………まだ、決めてなーい」
ムスッとしながら幸雪がキッチンへ戻って行く。……さて、どうしたもんか。
あいつに報せるか?
いや、勘の鋭い妹のこと。一瞬でバレるだろう。
というか、携帯、スーツの中だし。
……あいつの謎な妖気探知能力に賭けるしかない、か。
妹の叫ぶ声。
「お兄ぃー。携帯のパスワード変わってるんだけど?」
「……極々自然に兄の携帯を見ようとするんじゃない」
慌ててワイシャツのままキッチンへ。
携帯にパスワードを入力し続けている妹の手から、奪い返す。
「あー!!! お兄ぃ、横暴っ!!!」
「…………兄にもプライバシーがあります」
「え?」
「え? じゃないっ! 幸雪、お前なぁ……ああ、エプロンも返せ。もう一つの方を着れば」
「やだ。そっちのは何か臭い。泥棒猫の臭いがする」
「…………」
満面の笑みで拒絶。
……やっぱり、同族嫌悪なんじゃ。
仕方ないので、俺は黒猫のエプロンを身に着けようとし――妹の手によって阻止される。
「幸雪さん?」
「……ダメ。お兄ぃがそれを着るのはもっと認められない」
「エプロン無しはちょっと」
「一日だけなら大丈夫。明日、一緒に買いに行けばいい」
「…………」
不退転の瞳。
四月一日、聞こえているか?
今晩は、こっちに、来るなっ!
真っすぐ、自宅へ帰宅せよっ!!
……修羅場とか、漫画じゃあるまいし。
俺は妹の説得を諦め隣に立つ。
「お? 背、伸びたか?」
「うん♪ 158㎝。お兄ぃが175㎝だから、もう少しだけ伸ばしたいな。あと2㎝で私160㎝だし!」
「? そうか。まぁ、大きくなるのは良いことだ」
何故か昔から15㎝差に拘っているのだ。何かの符号か??
疑問に思いつつ、レシピ本を取り出しパラパラと捲る。
妹は調理を再開。
鍋の中には少量の飴色玉ねぎ。その中に小麦を入れて、炒めている。
「幸雪、コーンスープ以外は何が食べたい?」
「お兄ぃが作ってくれるのなら何でもっ!!」
「そういうのが一番困るんだが?」
「んーとね。なら、オムレツ!」
「ふむ」
買ってきた物の中には挽き肉もある。ハンバーグ用だったが、是非もなし。可愛い妹の為だ。
丁度、美味いパンも買ってきた。
「なら、今晩は、パンとコーンスープ。挽き肉入りのオムレツとサラダ。それくらいだな」
「朝ごはんみたいだね♪」
「コーンスープならパンが食べたいよ、俺は」
妹と軽口を叩き合いながら、調理に取り掛かる。
その間、幸雪は飴色玉ねぎと小麦を炒め終え、鶏がらスープの第一陣を投入。よく溶かしていく。絵になる。自分の妹ながら幸雪は美人さんなのだ。
俺は玉ねぎをみじん切り。卵も多めに取り出し割り、といていく。
鍋の中のだまを溶かしている妹が尋ねてきた。
「お兄ぃ」
「んー?」
「――普段もこうやって料理しているの? あの泥棒猫さんと」
「半々位――……待った」
「待たない」
妹が微笑む。
……怖い。これで包丁を持たせていたら事案である。今はお玉だけど。
頬を大きく膨らまし、幸雪は第二陣の鶏がらスープを鍋に投入。
「い・み・が・わ・か・ら・な・い、んだけどぉぉぉ? あの人と、お兄ぃは、高校で縁、途切れたでしぉぉぉぉ!!! どうして、こんなことになってるのっ!!!! 何時から? 何時からなのっ!!! 私が、ここ最近、こっちに来ていなかったのを良いことにぃぃぃ」
「……幸雪、落ち着け。声が大きいから。あー」
隣のフライパンに玉ねぎを投入。炒める。
妹からは『状況を説明! 説明せよ! せよー!!』というジト目。
少し離れ、買ってきたパンをトースターに投入しながら素直に説明。
「そもそも、会社が一緒だった話はしただろ?」
「…………それは聞いた」
「懺悔します。夕飯を時折、食べるようになったのはその直後からだ。侵食されたのはここ半年くらいだが」
「!?!!! ――……兄さん?」
「止めろ。マジで怖い」
鍋にコーンクリームと牛乳を入れていた妹の目が据わる。
見ないようにしながら、俺もフライパンに挽き肉を投入。塩、胡椒。
剣呑な妹の指摘。
「それで――四月一日泥棒猫さんに家電を買わせて、お揃いのエプロンとかマグカップとかを揃えさせて、一緒に晩御飯食べて……お兄ぃ」
「…………知ってるだろ? あいつ、口が回るんだよ」
言い訳しながら、炒め終わったオムレツの中身を一旦、皿へ。
フライパンをよく拭き、多めにバターを投入。いい香り。次いで卵。綺麗な黄色が広がっていく。
妹に声をかける。
「ほい、交代な」
「はーい」
場所を入れ替わり、幸雪に菜箸を渡し、俺は鍋掴みを両手に装備。
ざるとボウルを取り出し、コーンスープが入った鍋を掴む。
鍋を傾け、ざるで濾す。
一手間だが、こうすると美味いのだ。けれど、鍋は重たいし、危ないのでこれは昔から俺の仕事となっている。母親にもよく頼まれたなぁ。懐かしい。
幸雪は器用にオムレツを作りながら、俺をちらちら。
「ん? どうした??」
「んー? ワイシャツ姿のお兄ぃもカッコいいなぁ、って」
「…………身内の憐憫は時に男を傷つけるんだぞ? 良し」
物悲しくなりながら、濾したコーンスープを鍋に戻す。
スプーンを取り出し、味見。美味い。
俺はオムレツを作り終え、即席サラダを手早く作っている妹にも味見を促す。
「ほれ」
「んー。あむ――……おいしい♪」
差し出したスプーンを躊躇なく口に入れ、満面の笑みとなる妹。
あ、しまった。違うスプーンにすべきだったわ。
……まぁ、気にしてないみたいだし、いいか。
トースターが音を立てた。焼けたようだ。幸雪もサラダを大皿によそっている。
一通り完成したか?
あとはあいつが事態を察知して――玄関が勢いよく開く音がした。
「たっだい…………こ、この靴は……! ゆ、雪継!! 無事っ!!? 強大で得体のしれないブラコンな妖気を感じたんだけどっ! どっ!!」
「………………来ましたね、四月一日泥棒猫さん。今日こそ、三味線の材料にしてあげますっ!!! もう少しで理想の身長差となる私に死角はあんまりありませんっ!!! 微妙に身長差がある我が身を呪うがいい、ですっ! ですっ!!」
妹が大きなオムレツをナイフで綺麗に斬りながら、猛る。危ないからなー。
あと、理想の身長差って……。
どかどか、と音を立てて四月一日幸が此方へ向かって来る。
俺は、テーブルにパンと本の少しパセリを散らしたコーンスープ。オムレツとサラダを置きながら、竜虎の対決に備えるのだった。
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