【30】弥生ちゃんと小説

「匠君、おはよう!

匠君!起きてよ~!?」


『お…はよう翼。あれ?今日は休みの

はずだよね?まだゆっくり寝ようよ…?』


いつもは早起きの匠君だが、今日は珍しく

中々布団から出てこない。


「…匠君?今、家にとっても可愛いお客様が

きていますけど、あなたは、いつまでもそうやって布団の中にいるのね?」


『…えっ!可愛いお客様?!何で早く言ってくれないのよー?すぐ着替えて降りるから

待っててもらってよね!』


何だこいつは…可愛いお客様という単語を

聞いた瞬間に布団から飛び起きてあっという間に着替えを済ませている。アイドルの早着替えならぬ、おっさんの早着替え…。


『おはよー!さてさて、可愛いお客様とは

誰のことでしょうかねー?』


上機嫌で二階から降りてきた

匠君をお客様が出迎える。


『おっはようございま~す。匠さん!』


「あれ?弥生ちゃん??おはよう!って、

可愛いお客様って弥生ちゃんの事?」


『ヤダー弥生を可愛いだなんて~!

照れるじゃないですか~!!』


「弥生ちゃんって、朝早くから

凄くテンション高いのね…」


『はい!それが私の取り柄ですから!』


「匠君?弥生ちゃんがね、私達に相談したい話があるらしいの。二人揃ってから話したいからって匠君が起きてくるのを待っててくれたのよ?」


「そうだったのね~ごめん、ごめん。それで、話って何なの?まさか…仕事を辞めさせて欲しい!とか言わないよね?」


『そんな事言うわけないです!私、皆さんと一緒に働かせてもらって、本当毎日楽しいんですよ?こんなに良くしてもらっているのに、辞めてしまったらバチが当たります!』


「いやー、そういってくれて安心しましたよ!で、何の話なの?」


『…兄の話になるんですが、茶封筒に入った小説の原稿の事覚えていますか?』


確か飛ばされたそれを取りに行って、弥生ちゃんの兄である飛鳥さんは亡くなってしまった。


「もちろん!確か茶封筒に入った小説がお兄さんの家のポストに入っていたのよね?」


「俺だって、忘れてないからね!

その小説がどうかしたの?まさか…?!」


『そう!そのまさか?なんですよ~!昨夜

仕事が終わって帰宅後にね、知らない固定

電話から着信があったんです。電話の相手は、兄の原稿を持って行った出版社の方でした。でね?驚かないで下さいよ?!

兄の小説が!兄の小説が……ぐすっ…』


凄くいい知らせなのだろう、弥生ちゃんは

言いながら涙ぐんでいる。


「大丈夫?でもこれは嬉し涙よね?」


『翼さん、そう!嬉し涙なんです…!兄の苦労が報われたと思ったら…私、嬉しくて…!なんと、兄の遺作が◯◯文学の新人賞にノミネートされたというんですよ!でも私、

活字にまったく興味がなくて、どれくらい凄いことなのかもよくわからないし…是非とも我社で書籍化して出版をしたいのですが?とかまで言われちゃったんですけど、こんな巧い話がある?もしかして私騙されてたりする?って思ったんですよ。だから、"身内と相談して明日また連絡します"って電話を切ったんです。私、どうしたらいいですか?』


「…弥生ちゃん、どうしたらいいって…

そんなの受けるに決まってるじゃないの!!あ、一人で行くのが心配なら俺が付いて行くよ!よし、これで決まりだ!」


「飛鳥さん、凄い!弥生ちゃん、これは本当他人に自慢していいレベルの話よ?あ、怪しい遠い親戚とか現れるかもしれないから気をつけておかないとね。それより匠君?方向音痴のあなたに弥生ちゃんは任せられません!

やはりここは私がついて行きますよ?」


「えぇー?そんな理由で俺却下されるの?」


『翼さん!お願いしま~す!』


「今日は休みの予定だけど、急に予約でも

入ったら大変でしょ?お土産買ってくるからお留守番よろしくねー?」


俺も行きたいと駄々をこねていた匠君に

隠しておいたビールを差し出し機嫌をとると

私と弥生ちゃんは、新幹線に乗って東京へと出発した。


───そして数時間後

家を出てから全く匠君に連絡をしていなかったことを思い出し、新幹線を降りてから電話をかける。


「あ、もしもし匠君?今帰りの新幹線降りてタクシー乗ったから後三十分くらいで到着する予定です!予約の電話とかなかった?」


『もぉー、家出てから全然連絡くれないから心配したんだからね?本当に…。予約の電話も今日はありませんでした!あぁ俺もついていけばよかったよー。』


「ごめんね?予約の電話もなかったなら久しぶりに一人でゆっくりできたでしょ?また着いたら詳細報告するから切るねー!」


『…匠さん、怒ってませんでした?』


「うん、何かプリプリ言ってたけど気にしなくて大丈夫!お土産渡したら忘れてくれると思うよ?」


『翼さんと匠さんって、本当仲いいですよね~?あー、私も結婚したいな~?』


「まぁ、一緒に働いてるから喧嘩したら最悪よ?そういう時でも幸栄達がいるから、なんとかなってるけどねー?弥生ちゃん?誰かと結婚する時は必ず私達に紹介するのよ?おばさんとおじさん達が見定めてあげるから!」


『いや~、頼もしいです!その前に相手探しからだけど…?幸栄さん達も仲良いですし、本当羨ましー!!』


私には兄妹がいない為、最近では弥生ちゃんが妹のように思えてならない。きっと會舘のみんながそう思っているだろう。

ガールズ?トークを楽しんでいると時が過ぎるのはあっという間だ。私達の小旅行が終わる。今度は幸栄も誘って三人で行くことにしよう。


「ただいまー!匠君帰ったわよー?」


玄関を開けると、その音を聞きつけた匠君が

走ってお出迎えにきてくれた。


『二人ともおかえりなさい!無事に帰ってきて良かったよー!!てか、何その荷物?』


「見てわからない?皆へのお土産です!」


コーヒーでも飲みながら、東京での成果を

匠君へと報告しますか。彼は待ちきれない様子で何回も"どうだった?どうだった?"

と繰り返し弥生ちゃんを問いただし困らせている。


「匠君?弥生ちゃん困っているわよ?」


『…匠さんの圧が凄いです…!』


「だってさー?気になるじゃない!!」


「では、私から説明するわね。結果から言いますと書籍化の話は飛鳥さんが話を進めようとしていた、最初のところではなく違う出版社に決めました。話聞いてたんだけどイマイチ納得できなくて違うところにも行ってみたのよ。そっちのほうが、弥生ちゃんにとってプラスになりそうかな?と思ってね。」


「え?そうなんだ…!まぁ翼が

そう思ったんなら間違いはないはず!」


『匠さん?翼さんって凄いんですよ!出版社の人も、話す隙がないくらい次から次に、こちらの思った条件を言うんです!見ていた私も、え?いつもの翼さん?って思うくらいでした。決めた出版社の人は、翼さんの提示した条件を、ほぼ飲んでくれ、しかもこんなにお土産までくれたんです!』



「飛鳥さん自身に色々なストーリーがあるでしょ?だから出版社側も、"これは売れる"って思ったみたいなのよ!本当、貴重な経験させてもらって弥生ちゃんと飛鳥さんには感謝しかありません。」


「ところで、お二人さん?一人で寂しく自宅待機を強いられた匠さんへのお土産は何かな?」


「…匠君?私達二人が元気に帰ってきてこの笑顔を見れたことが最高のお土産でしょ?」


「……そんなぁー!!それとこれとは別!」


匠君の悲痛な叫び声が響き渡り家族のような三人の楽しい一日が終わった。

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