【33】涙のデビュー曲

『翼~おはようございます!』


「匠君、おはよう!今日はいつも以上に早起きじゃないの?またお腹でも痛くなった?」


『今日は大丈夫!!それより俺が運転の番でしょ?またあの霧が出そうな予感がしてならないのである!』


「それは私も感じていたの。亡くなり方もそうだし、寿郎と弥生ちゃんから聞いた通夜が終わってからの話にしても、絶対何か起きるよね?匠君大丈夫かな~?」


『俺に任せておけば間違いない!』


「匠君のその根拠のない自信って、いったいどこから来るんですか?ほんと謎…」


『それは、"ヒミツ"!今日もバタバタと忙しい一日になりそうだけど、無理せずに頑張りましょうね!体調悪かったらちゃんと言うんだよ?』


「了解ー!今日は大丈夫そうだよ!」


会社に着くと、すでに弥生ちゃんが

出勤をして準備を始めていた。


「おはよう、弥生ちゃん!早いね~?」


『匠さん、翼さん、おはようございます。

幼馴染みの葬儀だと思ったら眠れなくなって、夜が明ける前にこちらにきてしまいました。奏君も一人じゃ寂しいだろうし…。』


「そうだったんだね…色々準備してくれてありがとう!お陰で早めにきたけど、特にやることもなさそうね。」


『あの実は…匠さんと翼さんにお話しておかなきゃならない話が、あるんです!』


「話?それは岡さんに関しての話だよね?

弥生ちゃん?遠慮せずに何でも話していいんだよ!思った事、相談したいことは何でも話して解決する!それがこの輪廻會舘の企業理念でございます。」


『ふふっ、最高の職場ですね。私お兄ちゃん亡くなって未だに悲しいけれど、ここで働けることになって、少しだけ兄の死に感謝しているんですよ?話がそれましたが…お通夜が終わってからの話はある程度きいてましたよね?今回の依頼者が私の幼馴染みだったというところ辺りまで。』


「うん、そこまでは聞いていたわ!でも幼馴染み同士募る話もあるかな?と思ってそこから私達は片付けに入ったのよね!本当田舎は狭いって言うけど凄い偶然だと思ったわ」


『そうなんですよ!翼さん達が中に入られてからの続きがまだありまして…何と寿郎さんの言っていた声の主が、響君だったんです!

あ、岡さんの下の名前ですね。すみません、そう呼んでいたもので岡さんっていうのに違和感がありまして…。で、亡くなった弟の奏君を含めた四人が、やはりあの覆面バンドだったんですよ。』


『え?そうなの?やっぱり当たってたんだ!それはビックリだね!そんなわけないと思っていたけど寿郎の耳もたいしたものだね!』


『そうなんですよ!私も聞いた時は驚きました!俺らの職業何だと思う?って聞かれて、"オレオレ詐欺"とか言ってしまいましたからね…。で、響君から帰った後に連絡がきましてお願いされた事があるんです。』


「葬儀に関することかな?話してみてくれる?ご遺族の意見は尊重したいから遠慮しなくていいからね?」


『ありがとうございます。二つ言われたんですけど…一つ目が、告別式の時、奏君の棺の上に、愛用していたギターを置きたいということ。二つ目が、出棺の時にバンドのデビュー曲を会場に流して欲しいとのことでした。

多分大丈夫だよとは言ったんですけど、それは可能でしょうか?』


「う~ん…全然かまわない!むしろ大賛成!弟思いの優しいお兄さんだよ!な、翼?」


「もちろん!ご遺族が望むことならできる限りのことはなんでもしてあげましょう!」


『お二人ともありがとうございます!そういってくださると思ってました!それと…ここだけの話ですが、絶対私が話したとは言わないでくださいね?実は…寿郎さんってクールそうに見えて実は凄く熱い人なのかも知れないって昨日思ったんです!何故かというとね…?』


弥生ちゃんが理由を話しかけたその時、


『おはよー!山田夫婦到着しましたよー?』


幸栄さんの元気な挨拶が耳に飛び込んできた。話しに夢中になりすぎて、寿郎の車が入って来たのにも俺達は誰一人として気がついていなかったようだ。


『匠君、翼、弥生ちゃん、みんなおはよう!

今日も天気が良くて何よりよね!』


「二人ともおはよー!幸栄さんの言う通り、晴天で良かったね~!今日は弥生ちゃんが早くきて準備してくれていたから、社長出勤の二人に仕事はございません!だから葬儀に全力を尽くしてみんなで力を合わせて、心を込めて送り出してあげましょう!真の社長からは以上だけど?寿郎何か言いたいことある?」


『家が職場の隣のやつに言われたくないわ!俺達はお前が家を出るより早くから通勤は開始してたんだからな?』


『そうそう!覆面バンドの音楽をガンガンにかけて運転してましたよ?うちの寿郎さん』


そろそろ岡さん達の到着の時間だと思い出迎えの準備をしていると、昨日の白いワゴン車が駐車場に入って来るのが見えた。

車からは、弥生ちゃんが話していたギターを抱えた岡さんと昨日の二人が降りて来る。


『おはようございます。本日は

よろしくお願いいたします。』

一斉に挨拶をし、告別式へと移る。


式は静かに流れて行った。

祭壇の手前には故人(奏君)の棺があり、

その上には大切にしていた愛用のギターを響君の要望通りに飾っている。導師様の読経が終わり最期のお別れの時間。各々が奏君との最期のお別れを口にしながら棺の中にキレイな花を飾っていっている。BGMには響君から渡されたバンドの曲をメドレーにアレンジしたものが流されており、この場で聴くと激しい曲もどこか哀愁が漂っているように聴こえるのが不思議だ。会場の端にいる寿郎に視線を移すと……あのクールな寿郎が目を真っ赤にし、大粒の涙を流していた。

弥生ちゃんが響君に呼ばれて、棺の中に花を入れさせてもらっているその光景を見て、俺も泣きそうになってきた…。


そしてお別れの時、花で埋め尽くされた奏君を見ながら、響君が俺達式場スタッフに向かって突然お礼の挨拶を話し始める。


『本日は愛する我が弟。奏の為に色々とご尽力賜りましてありがとうございました。一つお願いがあるのですが…奏はこのギターを本当に大切にしていました。きっとこのギターも、奏にしか弾いてもらいたくないと思います。それで…僕達は決めたんです。可能ならば、このギターを奏のそば、棺の中に一緒に入れてやりたいと。最期までわがままを言ってすみません、そうしてあげてもいいでしょうか?』


「はい、最期のお別れです。ご遺族様の思うようにされて大丈夫です。私達の方こそ素晴らしい別れの場に立ち会わせてくださいましたことを感謝申し上げます。奏君のご冥福を一同心よりお祈り申し上げます…。」


会場が悲しみの涙で溢れ、俺達スタッフ全員まで泣いている異様な光景。

俺と寿郎の二人で奏君の体の上に散りばめられた花達の上にギターをゆっくりと置くと静かに蓋は閉じられた…。


入口に霊柩車をまわし、奏君とギターの入った棺を入れる。ドアを閉め走り出すその瞬間、弥生ちゃんは自分で用意していたデビュー曲を流し始める。明るくはあるが切ないその歌詞に一同が聞き入り寿郎が大きな声で泣き出した。場内では押さえ気味だったが自分も大好きなこの曲を聞いたことで涙腺が崩壊してしまったのだろう…。


響君の希望で、後部座席には弥生ちゃんが

荷物持ちとして乗ることとなった。

音楽が終わったところで俺は別れのクラクションを鳴らし火葬場へと走り出した。


「響君?これから火葬場へと向かいますが

どこか寄りたいところはありますか?近くだったらどこでも行けますのであったら遠慮なく言ってくださいね?」


『…そうなんですね、ありがとうございます。では…今はマンションが建っていると聞いていますが、昔皆で遊んだ空き地の前を通ってもらえますか?俺達四人の始まりはその場所からだったので…』


「わかりました、では出発します。」


響君が言っていた思い出の空き地には昔では考えられないような、巨大なマンションが建っておりみる影もなかった。しかし、空き地の近くにあった駄菓子屋が今も残っているのを見つけ、響君と弥生ちゃんは奏君の為におやつを買いに行った。


霊柩車が火葬場への最後の坂道を登っている途中、予想通り立ち込めてきた霧。

よし、こい!!今日は特に強く思っている自分に驚いた。そして駐車場に入り車を停めると更に濃い霧立ち込めて来た。


「やはり今日も来たな、早くこい!」


『ん?誰がくるんですか?』


"俺でしょ?"


「『……へっ?』」


二人して間抜けな声をあげてしまう。

俺は後ろの弥生ちゃんに声が聴こえていたことに驚いていたのだが、弥生ちゃんは奏君がそこにいることに対しての驚きの声だった。


「え?弥生ちゃん…見えてるの?」


『いやいや、見えてるのって何で匠さんは驚きもせずに当たり前みたいな顔をしているんですか?』


「いや、これは…話せば長くなるからまた今度説明するね?あ、ごめんな奏君お待たせ!知ってると思うけど俺の名前は岩崎匠ね!後ろに乗っているのが、君の幼馴染みの藤原弥生ちゃんだよ?覚えているかな?」


"藤原?藤原ってあの、小さい時に空き地でよく一緒に遊んでいた藤原弥生だよね?なんでこんなところにいるの?"


『いやー、これも話せば長くなるんだけど

お兄ちゃんが亡くなって、岩崎さんのところで私も葬儀をあげたのよ。それが縁で雇ってもらって今に至ってる感じ?』


顔見知りの登場に少し緊張がほぐれたのか

奏君がようやく口を開きだした。


"岩崎さん、弥生ちゃん、何かよくわからないけど…いきなり出てきて、怖がられなくて

安心しました。実はね、僕にはどうしても最後にやりたい事が、あるんだ。これからすぐ僕と、このギターって、燃やされちゃうんでしょ?だからその前にね、兄ちゃん。弦ちゃん。弾ちゃん。三人にさ、このギターを使って伝えなきゃならない事があるんだよ。"


「なるほどね、…問題はどうやって伝えるか?だよな?」


"うん、そこで僕が考えた事があるんだけど、岩崎さん?耳を貸してくれる?……。"


『よし、いい作戦じゃないか!それじゃこれから実行と行きますか!奏君、俺の左手を強く握って行きたい場所を強く念じてね?弥生ちゃんはとりあえず俺の肩を掴んでみてくれる?寿郎も行けたからいけると思うから!

それじゃ行くよ!……"残夢の元へ"!』




※※

作中にギターを棺の中に入れる場面がありますが、実際の葬儀ではすぐに燃えるものしかいれることができません。水分の多いものも止められることが多いのでご注意ください。

これはフィクションです。

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