【8】ハルキの正義
昨日の夕方にご兄姉も到着され、ひっそりと
通夜葬儀が執り行われた。
仮眠室には布団を人数分、用意していたが
二つしか使われた形跡はなかった。
會舘の外に置かれた灰皿は吸い殻でいっぱいになっており、夜通し故人の遺体から離れようとしない母親と、自分の居場所がわからずに灰皿と遺体を行ったりきたりしていたであろう父親の様子が目に浮かぶ。
出発の準備が整うと、ご夫婦に霊柩車へと
乗ってもらいご兄姉は私達が送迎車で火葬場まで送ることとなった。
"プァァァァァァァァン"
というクラクションが聴こえ匠君が運転する
霊柩車が先に出発をする。私達式場スタッフは霊柩車に向かって頭を下げた。
後はご兄姉の送迎だ。
※※※※※※※※※※
「連日の通夜とご葬儀お疲れ様でした。これから、火葬場へと向かいますがどこか通りたい場所などございますか?」
『岩崎さん、ありがとう。でも私たちはこちらに引っ越してきて半年ほどで、特に思い出といえる場所もないんだ…。だから、そのまま火葬場へと向かってもらえますか?』
「かしこまりました、そのように致します」
最短ルートを通り、火葬場へと向かう。
ご兄姉を乗せた翼達はまだ出発していないようだ。 それにしても…慣れた道を通っているはずなのに、この胸騒ぎは何なのか…。
そして…火葬場へと続く最後の坂道を登っている途中、濃い霧が立ち込めてきた。
"や、ヤバい!やっぱりきた!翼の言っていた通りだ…今までこんなことなかったのに"
心の中で焦りながらも、何とか登りきり
火葬場の駐車場へと到着し車を止めた。
"落ち着け…落ち着くんだ、匠!"
目を閉じて深呼吸をしながら自分を落ち着かせようとしてみるも、目を開けると車は前も見えない深い霧に包まれてしまっていた。
"……ねぇ運転手さん?…聞こえる?
聞こえているなら、頷いてみてよ!"
き、きたーーーー!!
確かに今、若い男の子の様な声が聴こえた。
恐る恐る頷いた俺は、そっと助手席の方を
覗いてみる。そこには、少しだけ微笑みを
浮かべた遺影通りの男の子が座っていた。
『あ、頷いてくれたって事は、僕の声が聞こえてるって事だよね?ダメもとで話かけてみたんだけど、まさか運転手さんに声が聞こえているとは!僕もビックリしているんだけど運転手さんも驚いたよね?改めまして、僕の名前はハルキだよ、中学三年の受験生。
まぁ運転手さんはわかってくれてるだろうけど。後ろの棺の中で僕、眠ってるしねー。
ねぇ運転手さんって呼ぶのも面倒だし、
運転手さんも名前くらい教えてくれる?
短い間だけどお世話になるかもしれないし
それに僕の声を最後に聞く人になるだろう
からさ~せめて名前くらいは、知っておきたいな!』
この子の死因は確か、自殺と聞いているが…
何でこんなに明るいんだ?
「あっ…えーと、岩崎匠って言います。
よろしく、ハルキ君!ん?よろしくでいいよな?…しかし本当に驚いたよ。いきなり霧に包まれたと思ったらさ、隣に遺影の男の子が座ってて、しかも話かけてきてるなんて…。本当、夢でも見てる気分だよ。
そんな事より、突然俺に話しかけてきたってことは何か理由があるんだろ?」
『実は僕ね、岩崎さんにお願いがあってこうして現れたんだ。岩崎さんも知っているとは思うけどさ僕の死因、自殺したってことになってるでしょ?……実は違うんだよね。』
「……え?本当に?それって…
めちゃくちゃ重要なことじゃないの!」
『まぁ確かにね、こっちに引っ越してきて
僕はイジメられていたよ?それは否定しない。中学三年生のこんな時期に突然都会から金持ちで顔もまぁまぁの転校生がやってきます。ずっと狭い田舎の世界で暮らし、同級の子どもっぽい男子ばかり見てきた女子は、
ほっとかないよね。それに嫉妬したバカな男子達がさ子ども染みた、いじめを始めたわけよ。女子にはバレないようにこっそりね。
まぁ僕の持ち物を隠したりとか、落書きしてみたりとかその程度のことね。
こんなことで、わざわざ死ぬなんてアホらしいでしょ?だって、後半年もしないうちに
中学校生活は終わって春からは高校生になるっていうのに、そんなバカなことを頭のいい
僕がするわけないじゃん。』
所々で金持ちとか顔もまぁまぁと自慢を入れてきたハルキ君に突っ込みを入れたかったが
ここは我慢して続きを聞くことにしよう。
「まぁ、確かにこんな時期に死ぬのは
馬鹿げてるよね。そこは納得するわ。
で、何で死ぬことになっちゃったの?」
『…僕の死因?それはね、女の子の命を救おうとして死んじゃったんだよ。事故なの!』
「…命を救った?どう言う事なのか
詳しく話してくれないかな?」
『岩崎さん、聞きたいの?じゃあ時間もあまりないからさ手短に話すよ。ちゃんと聞いてよね!その日は僕が入試を受けた高校の
合格発表の日だったんだけど、受かっているかの確認に出かけたんだ。まぁ落ちてるとは思ってなかったんだけどね。確認した後に
一緒に喜ぶ友達とかも居なかったし、一人になりたい時にいつも行ってる海沿いの堤防に行ったの。都会にはない、青い空と広大な海を見ながらいつものように"ボーっ"としていたわけですよ。そしたらね僕以外にも居たの、堤防の上に。…多分小学校高学年くらいの女の子かな?こんなことするの僕だけじゃないんだー?と思って見てたら、その女の子がね、何かに取り憑かれたみたいに堤防の端まで一直線に歩いて行ったんだよ。
もうその先は海なんだよ?でね、全く止まる気配のない女の子を見てたら、もう居ても
たってもいられなくなってさ…。
"この子は、死ぬつもりだ!"そう思ったら
気づいた時には堤防の上を必死に走ってた。
「おい!止まれよー!止まれって!」
そう叫びながら、女の子の右腕を掴んで、
海とは逆の方向へ突き飛ばしたんだ。その後は想像できるよね?女の子助けたと思ったら足滑らせて自分が落ちちゃったの。』
なんだ、正義感の強いとても良い子じゃないか。この事故はどう考えても運が悪かったとしか言いようがない出来事だ。
「…ハルキ君、そうだったんだね。お父さんとお母さんは君が自殺をしてしまったと思って本気で落ち込み、悩んでた。俺はどうにかしてご家族に、自殺じゃないことだけでも
伝えたいと思ったけど、君はどう?」
『それそれ!父さんも母さんも、僕の事なんてほとんど相手にもしていなかったお兄ちゃん達までも、不幸のどん底って感じに落ち込みまくってたでしょ?だからね、死んだ事実は変わらないんだけど…せめて自殺じゃないってことだけはみんなに伝えたいの!これが僕の最後の夢なんだけど、岩崎さん叶えるの手伝ってくれるよね?』
確かここからは、俺の出番だ!
翼にやり方聞いておいてよかったな。
確か、ハルキ君と手を繋いで右手はハンドルを握っておく、そしてあのセリフだ。
「喜んでお手伝いさせてもらうよ!
ハルキ君、俺の左手を握ってくれる?
俺が目を閉じたら行きたい場所を念じてね!
行くよ?………"残夢の元へ"」
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