【1-7e】聖女と魔王

 魔王は正気を失った迅と睨み合う。


「また会ったな。火種のトリックスター」


「ヒヘッ! オマェエェェ……!」


 標的を魔王に切り替えた迅は剣をデュランダルに変え、振り払う。魔王は翼をはためかせて後にかわした。


「剣を喰ったか。だが、所詮は……」


 魔王は左腕から剣を引き抜き、強烈な一閃が襲い来る刃を弾き飛ばす。


「付け焼き刃だな!」


 魔王は翼を広げて上空に飛び上がると、紫色のオーラを纏い、さらに急降下して迅に迫る。その勢いの中剣を振りかぶり、


「レヴァテイン!!」


 オーラの嵐が吹き荒れる。迅は剣で防ぐが、その威力に耐えられず後ろに吹き飛ばされた。その余波を受けたひかるもリングの外に飛ばされる。リングに向うイリーナはクロエを片腕で抱きかかえ、アスカロンを盾にする。


 オーラの嵐が止み、リングに降り立つ魔王。リング外で倒れている迅を一瞥すると、ひかるに目を向けての歩き出す。


「布都御魂か……。これがあれば……」


「お見事ですね、魔王。いえ、エヴァン」


 倒れたひかるの前にいつの間にか立ちふさがったのは、長い黒髪を嵐の後のそよ風でなびかせる女性。


 魔王は女性を静かに睨む。


「大方、『ジャンヌ』を奪いに来たのでしょうが、そうは行きません。彼女はこの世界の新しい護り手なのですから」


 その言葉を受け、魔王が嘲笑する。


「護り手? 戯言を……。その娘が俺の手に渡るとマズイんだろう? シャウトゥ」


 剣を聖女シャウトゥに突きつける魔王。対する聖女はただ微笑むだけ。その微笑みに魔王は目元に皺を刻んだ。


 聖女シャウトゥは手を合わせて、


「それより、お久しぶりですね。ここにレオがいれば楽しい同窓会になったでしょうに。とても残念です」


「退け、アマ。俺はただでさえ、貴様を殺したくてウズウズしているんだ」


「そんな怖い目で見ることないでしょう? 魔王から世界を救った仲ではありませんか」


 シャウトゥがそう口にした瞬間、魔王は消え、シャウトゥの背後に回って剣を振りかぶった。


「ミスティルテイン」


 シャウトゥの右手から植物の蔦が螺旋状に伸びてその中に細い剣が現れた。柄から刀身までヤドリギが巻き付いた剣が、魔王の一撃を防いでいなす。


 シャウトゥはヒョイと後退すると、剣を掲げる。すると、魔王の足元から植物の蔦が伸びて手足に絡みつく。


「ぐっ……! うおぉぉぉぉおお!!!!」


 しかし、魔王の雄叫びとともに勢い良く立ち上がったオーラが手足に絡みつく蔦を焼き払い、再びシャウトゥに斬りかかる。シャウトゥは何でもないようにただ微笑んでただ剣撃を防ぐ。


 すると、ひかるの周りから植物が伸びてひかるに巻き付いていく。それを見た魔王はシャウトゥに向けて歯ぎしりする。


「ぐっ……! 貴様ぁ……!!」


「ふふっ。あの娘がいなくて困るのはお互い様でしょう? 残念ですがあの娘は……」


「フヘッ! フへへへへッ!!」


 すると、黒い焔に包まれた迅がこちらに向かって駆けてくる。


「あの子は……」


右手のデュランダルで宙を斬り払うと、炎の刃がひかるに向かって飛び、ひかるに絡みつく植物を焼き切った。そうすると、迅は糸がプツンと切れたようにその場に倒れ込み、黒い焔は消え去った。


 魔王は素早くひかるのもとへ駆けて体を抱える。


「礼を言おう、火種のトリックスター。聞こえていないだろうがな」


「ジン……! ジン!!」


 そう言ってこちらに駆けつけるのはイリーナとクロエだった。イリーナが魔王を睨むのをかまわず、ひかるを抱えた魔王は上空へ飛び立った。その場にいた誰もがなすすべもなく立ち去る魔王を見ていることしかできなかった。


 魔王が見えなくなると、イリーナとクロエは倒れた迅に駆け寄る。その様子を遠目で見つめるシャウトゥ。


「……。ここに来ても、あなたは私の邪魔でしかないのかしら、迅。」


 そう呟くと、足元から伸びた植物に包まれ、その場から姿を消した。













 イリーナが肩を揺さぶっても迅は目を覚まさない。仕方なく迅をおぶろうとするが、


「ねぇ、ブローチ呼んでるよ?」


 クロエの指摘で気がついたが、ブローチが赤く濁っていた。触れると緑色に変化して、耳を澄ませる。聞こえてきたのは、


『エーゲル湖跡に来い。ストームブリンガーの所有者を連れてな。聖女に知られるな』


 低い男声がそう言うなり、ブローチは青色に戻ってしまう。


「エーゲル湖跡……?」


 イリーナは口にしてみるが今は何にもならず、クロエが促す通り、迅を安全な場所まで運んで行った。


 魔族の群れは魔王の撤退を境にケテルの都から姿を消した。


 イリーナとクロエはアリーナの入り口で迅を診ていると、鉄幹とオルフェに合流し、こちらで起こったあらましを伝えた。


「エーゲル湖跡?」


「はい。先生は知ってますか?」


 オルフェは考えると、何かを思い出したらしい。


「勇士戦役でなくなったという湖か……?」


「でも誰が言ったんだ? 男の声だって?」


 鉄幹が聞いても、イリーナは分からないと首を横に振る。


「くっ……! うぅ……」


 地面に寝かせた迅が呻き声を漏らして、起き上がった。


「ジン……!」


 迅はヨロヨロと立ち上がり、話に加わる。ふらつくが、鉄幹に支えられた。


「無理すんなよ」


「……。先輩は……?」


 皆、押し黙るが鉄幹が少しちぐはぐではあったが、起こったことを迅に伝えた。アリーナに魔王や魔族たちが現れたこと。そして、魔王によりひかるが連れ去られたこと。謎の声が迅を連れてエーゲル湖跡へ来るように伝えたこと。


「みんな……。その……」


 迅は言うのを躊躇するが、鉄幹が背中を叩いて肩を組んできた。


「行くんだろ? 先輩助けに。魔王から女を取り返す。まさに王道だな」


 イリーナもクロエも頷いて、


「ここまで来たなら、アタシも付き合うよ」


「わたしも行く」


「ごめん、みんな……」


 その端でオルフェがため息をつき、


「エーゲル湖跡は勇士戦役の戦地となった場所だよ。この先の砂漠を越えなければいけない。準備、それから休憩も念入りにね」


「オルフェ先生はどうするんですか?」


「どうって、君らと行くよ。素人が砂漠を越えるのは無謀だからね」


「先生……! ありがとうございます!」


 迅とイリーナが揃って礼を言い、迅たちは声が示す場所へ行くための準備に足を動かすのだった。


 迅の後ろを歩いていたクロエが、迅のズボンを引っ張る。


「ジン、服の帽子みたいな……、ええっと……」


「なに? フードのこと?」


 迅の隣を歩いていたイリーナがフードを探ると、植物の蔦の切れ端が入っていた。


「ん? 何これ、どっか森とか行ったかしら?」


 迅はさぁ、と分からぬ風。それを地面に捨てて先を行く迅たちは、その蔦がピクピクと動いたことを知らない。







To be continued

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