【5章】Sクラス筆頭の災難
【1-5a】Sクラス筆頭 アーサー
ダート勇士学院グラウンド。
勇者となるべき生徒たちのカリキュラムには当然、霊晶剣を使った実戦が組み込まれており、このグラウンドで行われる。
グラウンドの観客席には授業がこの時間に割り当てられていない生徒が観戦に来るが、この時だけ最前列には制服を着た騎士たちがあらゆる事態に備えて待機していた。
グラウンド西側に立つのはパーシヴァル。ダート王国王家の第一継承候補で、かの勇士戦役から凱旋した勇者筆頭の一人レオ国王の実孫である。
レオ国王の霊晶剣、水色に煌めく片刃の直剣『アロンダイト』を継承し、流派がないこの世界で独自の剣術の研鑽を重ねてきた。
そして今回、対するグラウンド東側に立つ人物に観客席の誰もが固唾を飲んでいた。
白いケープと艶のある黒髪をなびかせ、豪奢な直剣を指でなぞり、悠然と佇む『最強のトリックスター』と呼ばれる少年。
コールブランドのアーサー。
アーサー本人はチラッと観客席を一瞥すると、緊張した面をしていて、思わずため息をつく。
「人気者だね、アーサーは」
相対するパーシヴァルが語りかけてくる。
「他人事だと思って……。あんまり気持ちのいいものじゃないんだぞ?」
「僕には丁度いい。君が本調子じゃないなら、付け入るスキがあるからね」
パーシヴァルはニコリと微笑むと、横に剣を構える。アーサーは手のひらで額を押さえて、肩を震わせる。
「そんなんで勝てて嬉しいのか? まったく、王子とあろう者が……」
アーサーはコールブランドを一振りして、パーシヴァルに向き直る。
お互いの独身のブローチが赤く染まると、
『あなたたちの対戦時間は10分までとします。霊晶剣を手放す、またはこちらが戦闘不能とみなした場合に対戦終了として、勝者を確定します。両者、よろしいですか?』
双方の頭に女性の声が流れ込み、それに対して力強く頷いた。
まるで大気が固まったような緊迫した一瞬の沈黙。後に、
『始め』
パーシヴァルが疾風の如く踏み切る。アーサーの眼前まで迫り、頭に向けて襲いかかる横なぎを、アーサーは剣を縦に構えて防ぐ。
鍔迫り合いとなり、パーシヴァルは張り詰めた顔に口を笑わせて、
「先手必勝のセオリー、たまには通してほしいな……!」
「空気は読むさ。だが、今は断る!」
アーサーが勢いよく振り斬り、パーシヴァルは頭を低くして避け、それから攻める剣と攻める剣がお互いを叩き合う。
バックステップしたパーシヴァルは構え直し、刀身を光らせて天に掲げると、頭上に現れた魔法陣から無数の氷の棘が発射され、かわすアーサーめがけて飛んでいく。
アーサーが左に避けた瞬間を狙って、パーシヴァルは走り出し、目前でスライディングして脚めがけて斬り抜けた。
しかし、それを跳躍でかわし、空中で電気を纏ったコールブランドを振り上げる。
パーシヴァルは天を仰ぐと、アーサーの向こうの曇天から閃光が轟いていて、すぐさまアロンダイトの刃を地面に突き立てて、自身を氷塊に閉じ込めた。
アーサーが地面めがけて剣を振り下ろす。
刹那。
轟雷怒涛の如く、グラウンドに振り落ちた。
眩い光の滝が鋭い騒音を伴って地面を穿ち、余波が観客席の外にまで飛び散って建物の角を削り壊していく。騎士も観戦していた生徒や教官も吹き飛ばされ、熱で席を焦がし、騒乱する閃光は周囲を破壊し尽くした。
どれくらいの時間が経っただろう。荒く穿たれ黒く焼かれた地面の中心から、人影が颯爽と立ち上がった。
アーサーは目を閉じて、コールブランドと一振りすると、袖をまくって腕時計を確認した。
「3分! よっし! 新記録! カップ麺があればよかったんだけどなぁ。どうだ、パーシヴァル? この前考えた必殺技だ!」
グラウンドで一人盛り上がるアーサー。しかし、周囲が沈黙で包まれていること、施設が倒壊しかけていることに気がついて、押し黙ってしまった。周りにリアクションを求めるが返ってこない。
「え? なにコレ? 俺がなんかやっちゃった感じ? てか、パーシヴァル?」
自分のすぐそばにいたはずがいない。周囲を見渡すと、グラウンドの端。倒れているパーシヴァルがいた。アーサーはコールブランドを左腕にしまい、パーシヴァルに駆け寄る。肩を揺らしても眠っているかのように動かない。
「……。おーい、パーくん? 居眠りは駄目だぞー……?」
返事がない。アーサーはどうしようとあたふたしていると、右胸のブローチが赤くなっていた。チョンとそれに触れてると、
『アーサーくんっ! また君という奴はっ!』
耳に厳かな怒声がつんざく。アーサーは困った調子で対応する。
「理事長! だって、本気の力を測る実戦じゃないですか!? それとも何ですか? 手加減しろって言うんですか!?」
『君が与えた損害でどれだけの修繕費がかかると思ってるんだ! 経理をまたややこしくしおってからに……!』
ギャー! ギャー!
その端でパーシヴァルは瞼を開けて、その様子を見ていた。
「……。アーサー……。君は分からないのか……? 君一人が……、最強の力を持つ意味を……」
誰にもアーサーにも届かない声で呟くと、再び目を閉じて、意識を手放した。
午前11時。会議用ハウスにて開かれる授業に、迅、イリーナ、鉄幹に加え、クロエも参加するようになった。
壁に世界地図を貼り出してオルフェが解説する。
「勇士戦役が終わった後に勇者筆頭たちトリックスターが台頭して作られた新国家がダートだと言う話は前回も話したね?」
「は? そんなこと言ってたっけか?」
「鉄幹は寝てたから……」
頬杖をつき、瞼が下がっている鉄幹に迅が教えてあげた。端でイリーナがため息をついている。
「続けるけど、ダートより外の国はどうかというと、かつては『ネイティブ』というこの世界の原住民が国家を立ち上げていたんだ」
クロエが挙手する。
「ネイティブってどんな人? 先生みたいな人?」
「いや、私もトリックスターだから……。実はネイティブに関しての資料や伝承がほとんど残っていないんだ。生まれながらにして魔法を使えるというくらいしかね」
「なんで?」
「さて……、私にも分からないね。初代国王と聖女シャウトゥなら少しは知っているかもしれないんだけどね。彼らはその話を『禁忌』として語ることはしないんだ。今現在は絶滅危惧種、或いは既に絶滅したかとされているね」
「絶滅したなら、今の外国は誰が政治とかしてるの?」
イリーナが割って質問する。
「トリックスターたちだよ。勇士戦役以前にもトリックスターたちがこの異世界に招かれていて、彼らがネイティブに代わった今の指導者たちのルーツと言われている」
今度は迅が挙手した。
「話ズレますけど、トリックスターたちは魔法を使えないんですよね? じゃあ、読心のブローチは誰が作ったんですか? 魔法が使えなきゃ翻訳なんて……」
「多くが魔法の素養がないとは言ったけど、例えば『ドワーフ』という小人のトリックスターがいるんだけどね、彼らがネイティブが残したという魔法道具の製法を受け継いで、読心のブローチが作られているんだ」
「? ドワーフ? それ、俺たちの世界の小説で出てくるんですけど?」
「あー、知ってる知ってる! 指輪物語とかね!」
迅の話にイリーナが嬉々として便乗してきた。その様子を見てオルフェは微笑ましくウンウンと頷く。
「いやぁ、君たちが勉強熱心で私も嬉しいよ。それに引き換えて、鉄幹くんという奴は……」
「すぴー……、すぴー……」
机に伏して寝息を立てる鉄幹を皆、呆れ、苦笑、落胆の眼差しで見やる。すると、オルフェが左腕から片刃の曲刀を取り出す。
「ティルフィング」
剣先を鉄幹に向けると、扇風機の大ほどの風が一瞬吹き抜けた。鉄幹は大慌てで体を起こすと、椅子とともにバランスを崩して床に転倒。
「な、なんだぁ!?」
鉄幹が頭を右往左往すると、剣をしまったオルフェを始め、皆が素知らぬ顔をしてそっぽを向いている。イリーナなんか下手な口笛を吹いていた。
鉄幹はイライラしながらも、椅子にドカッと座り直して悪態をつく。
「くっそぉ、覚えてろよ……」
その数分後に今日の授業はお開きとなった。
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