【1-3b】ソードハンターの襲来

 集落のリーダーに頼んで、テレパシーを使って馬車を呼んでもらった。定期的に集落に来るらしいが、それも1日に一度だけ。


 揺れる馬車の中で迅とイリーナが向き合う。しかし、迅は忘れていた。自分はこの馬車に弱い。遠くの景色を見て気をまぎらわす。イリーナは呆れため息をついた。


「日本人だからこんなに情けないのかしら? ブシドーはどうしたの? ブシドー」


「イリーナ……。都合よく使ってない? 武士道って……。うっ……!」


 消化物が食道まで込み上げてきたようだ。息を呑んでそれを阻止しようとする。


 だいぶ楽になってきたところで、迅は切り出す。


「イリーナは……、王都に何の用事……?」


「ええ。実はね……」


 イリーナは辛そうな顔で俯いて沈黙するが、やがて口を開く。


「アタシも人探してるの。行方不明になった妹を」


「妹……?」


 イリーナは頷いた。


「ナーディアって言ってね、2コ下の妹。テニスの大会にはあまり出られなかったけど、一生懸命でしっかりしてる。でも、ある日急に家に帰ってこなくなって……」


「家出……、とかじゃなくて……?」


「あの娘はそんなことしない!」


 イリーナが声を荒げると、迅の顔がより青くなって腹を押さえる。イリーナはゴメン、と冷静になって話を続ける。


「警察にも届け出出したのよ。でも、2ヶ月も見つからないなんて、あり得ないでしょ? だから思い出したの。家の近くの教会に行った人が行方不明になる話を……」


「教会で……」


 迅は、自分とひかるが飲み込まれたアレが神社に現れたことを思い出す。両方とも宗教施設という共通項だが、分かったところでどうしようもないことだ。


「真実を確かめようって教会に行った。でも、何回通っても何も起こらなかったの。そこで偶然変な穴に人が飲み込まれるのを見て……」


「もしかして……、自分から……?」


 イリーナの肯定の頷き。


「アタシはこの世界に歓迎されてなかったのよね。だから剣にも選ばれなかった……。それでも……、ナーディアはどうしても……」


 押し黙るイリーナに迅もそうか、と言う。


「わかった……、協力する。大事な人がいる気持ち、俺も分かるからさ。」


「ありがとうね、ジン……」


 すると、バイコーンの声が鳴って馬車が止まる。


 迅は慌てふためき、イリーナは御者に通じる小窓を開けた。


「どうかしたんですか?」


「急に男が、立ち往生して……。!! うわぁ!! お客さん! 降り……」


 その瞬間だった。




!!!!!!!!!!!!!!!!!




「うああぁぁ!!」


「ひゃあぁ!!」


 言葉にし難い激しい破壊音が鼓膜をつんざき、馬車の壁も床も粗い木片へと砕かれていった。迅とイリーナ、御者の青年も地面に投げ出された。


 馬車は四散しバイコーンは3人を置いて逃げてしまった。


 立ち上った土煙が晴れる。


 イリーナは迅を探すと、地に伏している迅を見つける。左足が木片の瓦礫に埋まっていた。一人で持ち上げ、足を自由にしたが、その迅は気を失っているらしい。眠っているように倒れていた。


「ジン……! ジン!! 死んでたら返事して!」


 迅の身を揺さぶるが返事がない。


「ひっ……!!」


 御者の青年が情けない声を上げる。後ろに振り向くとすぐ背後に両手に短い得物を持った人影が立っていた。


 青い髪をオールバックにまとめ、同じく青い顎ひげを蓄えた細身だが厳つい男。


 しかし、その肌は薄いブルーで、その双眸は眼球全体が透明感のあるブルーアイズ。


 背中には足下につきそうなまでの大きな袋を背負っている。


 イリーナは警戒して倒れている迅を庇うように両腕を広げて男をにらみつける。


「ねぇちゃん。勇敢なのは構わねぇが、命は大事にしなぁ」


 両手に持った短剣のうち一つをイリーナに突きつけ、一歩足を踏み出す。


 が、その足が止まる。


「ウッ……! フシィィィ……!!」


 イリーナの背後からうめき声。イリーナが振り返ると迅が立ち上がっていた。


 しかし、その身に黒い焔を纏い、色が反転する。右手にはいつの間にか黒い剣が握られていた。


「これ……、ひょっとしてテッカンが言ってた……」


 様子がおかしい迅に二の腕を掴まれ、地面に投げ出される。


 迅と、それを見て平然としている男が相対する。


「ほほぉ、おっかないねぇ。アレしすぎじゃないかい?」


「グウゥッ……!!」


 迅は男の顔めがけて大きく剣を振り上げる。

 が、それを男は軽々とかわす。男を殺そうとする大きな一撃一撃を短剣で流し、ものともしない。男は少し後ろに後退して距離を取る。


「おー、どうどう。殺す気だけじゃオイラは死なねぇぜ?」


 突きつけた短剣をふらふら揺らして迅を煽る。迅の黒い剣は黒い光となって腕に消え、


「ダーインスレイヴ……!!」


 橙の光から片刃の剣を作り出す。ヒューっと男は口笛を吹く。


「こりゃ、たまげた! さすが、魔王の剣だねぃ……! だが……」


 迅が剣を掲げると、男の周りから鎖が伸びる。男はそれもステップでいなす。しかし、男の背後から伸びた一本が、背中の袋をかすめて、穴を開ける。


「しまった……!」


 中から一本の剣が落ちた。両刃の長剣で刀身が熱を持っているように赤く染まっている。


 男はそれを拾おうと地面に手を伸ばすが、赤黒い風が襲い、後退する。


 迅は落ちた剣に駆け寄り、黒い剣を突き立てた。燃えるような刀身の剣は黒い剣に吸い込まれていった。


「お前さん、『うちの子』に手を出すとはのぉ。高く付くぞ?」


 男は迅に向けて静かな怒りを向けながら、横目で別のものを捉える。この場から逃げようとする御者の青年。


 彼に向けて左手の短剣を投げつけると、後頭部に短剣の柄がヒット。御者は倒れて気絶した。


「ウゥアアァ!!」


 迅がそのスキを狙って斬りかかる。男は短剣でそれを受け止め、鍔迫り合いとなった。


 迅は殺意に満ちた様相で男の短剣を押し込めるが、男は平静としている。


「お前さんの剣、単調でツマラン。こいつがお似合いだ!」


 男が空いた左手で素早く懐から出したのは赤い液体が入った小瓶。その栓を開けて迅の口に押し込んだ。入り切らない量は口を伝って溢れるが、食いしばる歯の隙間から赤い液体は喉に流れ、やがて、


「ブホッ!! ガァッ……!?」


 迅を包んでいた黒い焔は消え、地に臥した。


「ジン……!!」


 イリーナが駆け寄り、身を揺らすが目覚めない。


「安心しなぁ。こりゃアレだ。フレムオイル。あまりの辛さで気絶してるだけさ。魔王の剣の使い手が形無しだがなぁ」


 嘲笑する男に向けて、イリーナはキッと睨む。


「あなた、何なの!? アタシたちに怨みでもあるの!?」


「オイラ? いや、魔王の剣ってやつが気になってねぃ。声を聞きに来てやったのさ」


「魔王の剣? 声?」


 男はキョロキョロと周りを見渡す。人こそ今はいないが、王都へつながる馬車が通る見晴らしの良い道。


「ここじゃ、ちっと目立つ。ねぇちゃん、暇なら付き合ってくれねぇかい?」


 男はイリーナの鼻先に短剣を突きつけた。イリーナは頬に一筋の汗を流し、迅をおぶって男の後について行った。













 それから一時間後ほど経った。


「ねぇ……。ねえ……! ちょっと、おっさん!」


 地面に倒れ込んだ御者の前に屈んだ銀のショートヘアの少女が彼の頬をペシペシと叩く。御者は目を覚ました。


「うぅ……。アンタ……、その制服、学院の……?」


「Sクラスのナ……。ギネヴィアって言うんだけど、これなんかあったの?」


 ギネヴィアは破壊された元馬車を顔で指して聞いた。


「男が襲ってきて……、お客さんが……」


「ふーん……」


 ギネヴィアはその場で立ち上がって、思考を巡らす。


 地面を見ると、砂で浮いた足跡が道の端の森に消えて行っていた。

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