【1-1d】魔王の剣 ストームブリンガー
朝を迎えると、少年たちの踏みつけで起こされ、朝食を摂るとすぐイリーナと少年たちとともに、近くの林で食料の採取に向かうことになった。
採取班のアルド先輩、ディーン先輩は木の実やキノコを見つけるなり、すぐカゴに入れる。迅はイリーナからつきっきりで種類や採れる場所を教わりながら慣れない手つきで、少年たちに「おっそ」と蔑まれながらも採取していく。
「ジン、そろそろ昼ご飯行きましょうか」
数種類覚えた頃にはそんな時間になっていたらしい。イリーナは少年たちにも大きな声で呼びかけるが、返事がなく、呆れため息をついた。
「あのガキンチョたち、またサボって……」
どうやらよくあることのようで、こちらが忙しくしているスキを伺っては抜け出すらしい。
「ごめん、ジン。あの子たち連れ戻すの手伝って?」
「あ、でも帰って人呼んだほうがいいんじゃ……」
「どうせ、『秘密基地』でしょ。近くに小さい洞穴があってね、よくそこで遊んでるのよ。すぐ近くだし、魔物もいないからちょっと付き合ってくれる?」
洞穴と聞いて「危険では?」と訝しめば、岩盤を掘り進んだような穴を覗いてみると10メートル先は行き止まりの穴だった。
中には木箱や地面に藁が敷いてあるなど、人がいた形跡がある。しかし、
「あれ? いない?」
イリーナが木箱を開けても姿はなく、呼びかけても返事はなかった。
迅も中に入ると違和感に気づいた。
「風が吹いてない?」
「え? だって行き止まりよ?」
疑ったイリーナは人差し指を舐めて立ててみた。
「本当だ。でも、どこから……」
迅はイリーナを追い越して穴の中に潜る。危ないという静止も聞かず、壁を叩いたり、擦ったりしてみるが、何もない。
しかし、奥へ駆け寄ってみると地面に人一人が入れそうな穴が空いていた。そよ風程度の空気が穴へ流れている。
顔を穴に突っ込んで覗いてみるが、光が差し込んでおらず、何も見えなかった。
「ここに落ちて行ったのかも……」
「あの子たちなら進んで入って行きそうね……。というか、ジン。早く離れ……」
言い切る前に、地面に付いた迅の手、足元にかけて地面が抜け、声になる前に暗闇へ落ちて行った。
「ジン! 大丈夫!? ジン!!」
イリーナが穴に向かって呼びかける。が、返事がない。
「ねぇ、ジン! 生きてる!? 死んでても返事して!」
「い、イリーナ……!」
反響した迅の声が聞こえると、イリーナは安堵のため息を漏らした。
「怪我してない!?」
「折れてはないと思うけど…! ぐっ……!」
「ねぇ……! 子供たちは!?」
「真っ暗だここ……! でもここら辺にはいない……!」
「ジン! そこ動かないで! 人呼んでくるから!」
「ごめん……! よろしく……!」
迅の返事が聞こえると、イリーナは駆け足で洞穴から出ていった。
地面を蹴る音がかすかに聞こえた。イリーナが人を呼びに行ったらしい。
イリーナの大声が聞こえたことから、穴から10メートルほど下に落ちたらしい。両手両足で着地すると、骨が悲鳴を上げた。ここを少年たちが降りていったとなると、大した身体能力だと呆れながら感心する。
空気に湿り気があり、ポツンポツンと天井から水が滴る音がする。地面に座り込んだらスボンの尻のところが少し泥がついてしまった。
「……。アルド! ディーン!いる!?」
……。呼びかけてみるが、耳を澄ましても人の声が返ってくることはなかった。
水滴音が反響し、ただ苔臭い暗闇の中を迅はただ立ち尽くして待つことしかできなかった。
光が差し込まない暗闇は慣れない。地球にいるときは寝るときも豆電球は点けていたから。
ハァ……。ハァ……。ハァ……。
前後左右を忙しなく警戒しはじめ、息が苦しくなる。体がブルブルと震え、体が強張って両腕で抱きかかえた。
「嫌だ……。嫌だ……!」
無意識に声に出る。何が嫌なのか、何を考えているのか、なぜ震えが止まらないのか、頭は答えてくれない。頬に温かい雫が伝う。
地面を擦る足音で迅の意識は呼び戻された。
一人二人の足音ではなかった。
「だっ、誰だ……?」
暗闇に訪ねても人の声は返ってこなかった。
返ってきたのは、
「グルルルルル……」
獣のような唸り声。
「わっ、わぁぁぁぁぁあああ!!」
唸り声とは逆の暗闇へ逃げ走った。
「ガガァァああ!!」
吠える獣の声が追ってくる。
迅は石ころを踏みつけて転びそうになっても、声から逃げ続けた。
前に突き出した手がゴツゴツした壁にぶつかったらしい。壁を伝って右へ逃げると、段差で足を崩して、水溜まりに足を突っ込んだ。手を伸ばして障害がないことを確かめて、ジャバジャバと音を立てても構わず獣の声と距離を離そうとする。
逃げる。
逃げる。
逃げる。
逃げる。
真っ直ぐ走るとつま先が何かにぶつかる。体はぶつからなかったので段差だと理解し登ると、どうやら階段のような段差があるらしい。
数段駆け上がると、壁にぶつかった。平らな感触がある。
獣の声がこちらに迫って来た。その声はどんどんハッキリしてくる。
壁を背後にたれかかり、泣き喚く。
「死にたくない……! 死にたくない!!」
すると、壁が抜けたように動き、迅はもたれかかった方に倒れ、尻もちをつく。
途端に視界に色と形が付いた。
こちらに迫って来るのは人のカタチが四つ。だが、肌が青いもの、緑のもので、顔は殺意に歪み、鋭い牙を見せていた。
すると、後から迅のものではない高い悲鳴が聞こえた。
迅は声と光が差す背後へすがるように駆ける。
そこは左右の壁に取り付けられたキャンドルで照らされた広い空間。天井、壁、床は大理石のように綺麗に切り出された石でできている。
壁だったものは石の扉だったらしい。左右に開かれたそれを閉じ、背中で押さえつけた。
ぜぇ……。ぜぇ……。ぜぇ……。
声と息が落ち着いていく。
その空間の奥を見ると、縮こまった小さい人影が二つ。迅がイリーナと探していた少年たちの名前を頭から引っ張り出す。
「ディーン……? と……、アルド……?」
「ジン! なんでここにいるんだよ!?」
エルフ耳のアルドがそう言うと背後にディーンを伴ってこちらに歩み寄ってくる。
「というか、今魔族に追われてたんじゃあ……」
「あ、あれが魔族か……」
オルフェの話と馬車のバイコーンでしか知れなかったが、実物の更に凶暴そうなものに命の危機を感じて逃げることになるとは、少し前まで思いもしなかっただろう。
「というか、ここは?」
迅が尋ねると、二人とも首を横にふる。
「とりあえず明るいから、ここで助けを待ってるんだけど……。迅は? 助けに来てくれたの?」
「半分……正解かな……。今イリーナが人を呼んでる……」
「よかったぁ」と安堵する二人を無言で睨んだ。説教は後で混ざろうと、息を吐いてこの場は落ち着くことにした。
少年たちより背後を見ると、台座があった。そして、そこに斜めに突き刺さっているのは、
「……。剣……?」
抜剣の儀で握ったカリバーンとはまた違った剣だった。
鉛のように黒い刀身は羽子板や鳴子のように、板状の金の鍔から拳一つのところで横に広がった形をしている。柄の握りもまた黒く緑の光沢が見える。
「なんか、刺さってたんだよ。ぼくとアルドが抜こうとしたけど全然動かなくて……」
ディーンが指差した剣を見つめた刹那、一瞬だけ視界の色が反転した。
「……! なん、だ……?」
頭を押さえると、それはすぐに収まる。
少年たちが心配そうに迅に歩み寄ると、扉越しに咆哮が聞こえた。
迅が体重と力を込めて扉を押さえるが、扉に響いた衝撃一つで迅は吹き飛んでしまった。
「うわぁぁっ!!」
少年たちは情けない悲鳴をあげて空間の奥へ走り、怯えながら剣にすがりついた。
人型の魔物は手の湾曲した刃の剣を少年たちに突きつけると、
「人間のガキども。お前たちに用はない。そこの剣を寄越せ」
少年たちは腰が抜けて、魔物の言うことに応えられなかった。
魔物たちがゆっくり、しかし力強く台座に歩み寄る。少年たちはうめき声を高くして怯えるだけだった。
次の瞬間。
一迅の風で魔物たちは歩を止めた。
魔物たちはキョロキョロすると、台座の前に倒れた迅に目をつけた。
迅の体が真っ黒い炎に包まれ、服や肌、髪の毛に至るまで色が反転した。
迅が起き上がり、ゾンビのように体を反らせ、反転した色の瞳がで魔物たちを睨む。
威圧を感じた魔物たちが一歩たじろいだ。
迅は剣に歩み寄り、口に不気味な笑みを刻んだ。
「……! イイ剣ジャナイカァ……!」
迅が右手で柄を握ると、剣を構えた魔物たちが束になって迅に向かって行く。
泣き叫ぶ子供たちを意に介さず、魔物たちを見やると、剣を抜いた。
迅を中心に疾風が空間に吹き荒れた。
魔物の巨体が後ろへ吹き飛び、少年たちもその風に巻き込まれ、壁に体を打ち付けられてぐったりする。
構え直した魔物たちが剣を手にした迅を見やる。
台座から抜けたその刃は切っ先が平らで、刀身に緑の光の文字が煌めく。
「馬鹿な……! 人間が……、先代魔王の剣を……!」
迅は口を弧に歪ませ、両手で剣を振りかぶり、
「殺セ……! ストームブリンガー!!」
振り下ろす。
空を斬った剣撃は赤黒い疾風に変貌し、魔物たちに迫り、そして瞬く間に悲鳴ごと風に飲まれていった。
「……。ヒヒッ!! オモシレェ……!! ヒッ……! ハハハハッ!!」
魔物たちは跡形もなく消え去り、広い空間に迅の狂ったような乾いた哄笑が響きわたった。
「最悪な巡り合わせだな。火種のトリックスター」
扉の向こうから何者かが歩み寄ってくる。
漆黒のローブに身を包み、フードで素顔を隠す暗い影から鋭く紅い光が覗いている。そして、黒い鱗と皮膜に覆われた翼が背中から露出して垂れている。
黒いローブは辺りを見回すと、
「奴め。ご丁寧にこんな場所まで用意しているとはな……」
迅は黒いローブの気配に気づき、笑いを止めるとキョトンとした顔で首を傾げた。
「ン〜?」
「はぁ……、力に飲まれるとは情けない……。無意味だろうが、はじめましてだな」
すると、フードに手をかけてその顔を露わにした。
髪は鮮血のように紅く艷やかに流れ、顔肌はきめ細やかで色白い。そして左目のレッドアイが今もなお鋭く光り、右目は一筋の傷で塞がっているようだった。
冷淡に言い放つ。
「俺が新たな魔王だ」
To be continued
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