閑話 フルルのワガママ

 ここはエルフの隠れ里。その中でも一番偉い女王の家で朝早くから動き始める者がいる。

 彼女の名はフルル。女王の補佐にして、メイドのような仕事も兼ねている。今は彼女の主であるティタとその娘であるリアンの食事の準備をしているところだ。


(さて次は……)


 フルルが慣れた手つきで次の動作に入ろうとしたところにドタドタと少女の走る音。


「おはようございます! そしてごめんなさいフルル! 寝坊しちゃいました……」

「おはようございます、リアン様。いいえ問題ありません。まだメインが残っていますのでそちらを頼みます」

「め、メイン!? うう……私にはまだ早いです……」

「そんな事を言っているといつまで立っても成長できませんよ」


 フルルがそう言うとリアンはうっ、と唸り、やがて決心して、

「お、お手柔らかに……」

 そう言った。それを見てフルルは満足そうに頷いた。


「違いますリアン様。先に塩です」

「難しいですよ~」

「あと火が強すぎます。最初は弱火です」

 

 傍目には厳しいフルルの指導は続く。そう、傍目には。内心は、


(あれだけ嫌がっていた花嫁修業を自分からやりたい、と言うなんて。ご立派です)


 と、リアンにベタ甘だった。だがその感情を出さないように唯でさえ無愛想なのに、今は輪をかけて無愛想だった。


(とはいえキッカケがあの人間の男のため、というのが気になる所ですが)


 内心ため息をつくフルル。そう、リアンはフユキのために料理を覚えたい、と言い始めたのだった。


『フルルはずるいです! 私もフユさんに美味しいって言ってもらいたい! ありがとうって感謝されたい! そして……キャー!』


 フルルはリアンが料理の勉強をしたい、と言い始めた時のことを思い出していた。あの時は長くは続かないと思っていたのだが、今日まで毎日リアンは勉強をしている。それ自体は喜ばしいことだ。だが――


(人間との恋など、実るはずがありません。ましてあの人間は……抱えているものが大きすぎます)


 フルルは、リアンがフユキに好意を抱いていることをあまり快く思っていなかった。フユキのことはフルルも悪くはない、と思っている。フユキの見た目は身長も高く、まあまあ整った顔立ち。中身もやや失礼なところはあるが、何となく良い人だ、そうフルルは思っている。


(それに、私の料理を美味しいと言ってくれました。お礼を言ってくれました。まあ確かに悪くはない人ですね)


 フルルはフユキが料理を褒めてくれたことについて内心とても喜んでいた。エルフ以外に、異性に、料理を作ったのもお礼を言われたのも初めてだった。その日の夜はドキドキして中々寝付けなかった。フルルにとって思い出に残る一日だった。

 だがそれでも、フユキはリアンの相手としては問題がある、フルルはそう思っていた。


(彼の心は今でも壊れそうでした。呪いに魔王退治……。耐えれるでしょうか……? リアン様、彼と結ばれたい、そう思うなら彼を守り、支え続けなければいけないかも知れませんよ。大変ですよ?)


 フルルはそう思って悪戦苦闘するリアンを眺める。

 ある時フルルは気になった。リアンがどうしてフユキに好意を抱いたのかを。その事を何故かリアンに直接聞くことは出来ず、女王であるティタに質問したことがあった。


「そういえばティタ様。何故リアン様はあんな人間に好意をいだいたのでしょうか?」

 フルルは努めて平静を装っていたが、ティタにはフルルがずっと聞きたがっていた事は筒抜けだった。


「そうね……。あれね。雛鳥は最初に見たものを親と思い込む。と」

「……ですが男なら里にも」

「リアンは人間というものに憧れがあったからね。それに加えて魔王退治をするもの、つまり勇者というのもリアン的にはポイント高いわ」

「なるほど。宜しいのですか? 人間に恋をしていることは」

「別に禁止なんかしてないわ。昔裏切られたことがあるだけだもの。それも遥か昔。平和になったら国交を再開するのも良いかも知れないわね」


 その言葉にフルルは驚いた。まさか女王がそんな事を考えているなんて思いもよらなかったから。だが、やはり。そう思うフルル。


「ですがあの人間は色々抱えているようです。心も不安定ですしリアン様の相手としてはふさわしくない、と思います」


 フルルにしては珍しく食い下がる。そんな光景をティタは微笑ましく思っていた。


「でもリアンはそこを気に入ってるようだけどね。中にはいるのよ。弱っている彼の心を癒やしたい、元気になってほしい、そんなふうに思う変わった娘がね」


 そう言ってフルルの方を見るティタ。まるで貴方もそうじゃないのかしら? と語りかける目。だがフルルは不思議そうに首を傾げただけだった。


「出来ました! フルルどうですか? 味見して下さい!」


 その声にハッとするフルル。思っていたよりも考えに没頭していたようだ。


「……ええ。今日は及第点です。もう少し頑張りましょう」


「うう……相変わらず厳しいですねフルルは。あ、お母様に出すやつはこっちの綺麗にできた方にして下さいね! いつかフユさんに美味しい、って言ってもらえるものを作ります!」


 そう言うリアンに対して微笑むフルル。フユキがリアンの相手にはふさわしくない、それは今も思っている。だが――


(願わくは、彼が自身の心を癒せる誰かに出会いますように。もし、それがリアン様ならば複雑ですが応援します)

 リアンの笑顔を見ているうちにそんな事を思い始めたフルルだった。そして――


(彼は次会う時も笑ってくれるでしょうか。美味しいと言ってくれるでしょうか)

 リアンも頑張っているが、もし。もしもフユキがまた里に来ることがあれば自分が料理を作りたい、と思うようになっていた。彼女の唯一にして小さいワガママだった。

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