第11話 ブラックボックス その1

 ミッションをクリアした翌朝。日課のトレーニングを再開して1時間半走り回る。

 家に帰ると1週間ろくに運動をしていなかったからか、筋力が落ちていて疲れた。

 プロテインにクエン酸を入れて一気飲み。


 乳酸よ、俺の筋肉から消え去れ!!


 ……さて、冗談はこのぐらいにして、昨日は4時間のミッションを半分ぐらいでクリアしたと言っても、内容が戦闘続きだったから全員が疲れていた。

 兵士サロンに戻った後は、ライバルチームの進展がない事を確認してから解散する。

 そして、昨日ミッション開始前にボスが言った通り、今日からクリアまで一気に攻略する予定だけど、チビちゃんは専業主婦で、俺とミケは大学が春休みだから問題ないのだが、ドラとボスとねえさんの3人は仕事をしていた。

 その3人は仕事を休むみたいだけど、休暇の手続きをするので今日は午後からログインすると言っていた。

 ちなみに、3人が何の仕事をしているかと言うと……ドラはコンビニでアルバイト兼イラストレーター。ボスはホームセンターの従業員。ねえさんは建築家。


 ねえさんは水商売の方が何となくイメージ的に合っているけど、意外と固いお仕事をしている。

 前に聞いた時は、独立できるだけの資金と実績はあるけど、性同一性障害だから独立は諦めていると言っていた。

 別に仕事ができれば、カマだろうがふたなりだろうが関係ないと思うが、どうやら俺が想像している以上に世間はオカマに対して厳しいらしい。







 それと、昨日はミッションを終えた後で消耗品の補充をしようとしたら、ゲームのスマホに1件の怪しいメールが入っていた。

 メールの送り主を見れば文字化けしていて誰だか分からない。

 そして、メールを開けば、そこにはたった一言……『エンディングで待っている』とだけ書かれていた。


 エンディングで待つ? 誰が?


 こいつはヘボな作家が考えたゲームの演出か何かか? 他の皆に聞いてみれば、誰もそんなメールは届いていないと言う。

 俺を妬むプレイヤーからの嫌がらせかと思ったが、そもそも俺の電話とメールは、見知らぬプレイヤーからの面倒な問い合わせが絶えなかったから、設定を変更してフレンド登録したプレイヤー以外は受け付けないようにしていた。

 だけど、このメールはその設定を掻い潜って送られている。


 そうなると、フレンド登録している誰かが犯人なのだが、俺のフレンド登録者はチームメンバーとデペロッパーしか居ない。

 そして、メールを俺に送れる奴で怪しいのはビショップかドラだけど、ビショップは死んでいるし、ドラは俺が問いただした時点で暴露する性格だから違うだろう。


 結局、考えても誰が送ったか分からず、この怪しいメールは直ぐに消去した。







 集合は午後の1時からだったけど、暇だったから11時にログインする。

 スマホでチームのログイン状況を確認すると、ドラだけがログインしていた。放置。

 全員がログインするまで、AAWのリメイクで遊ぼうと思ったら、スマホが鳴りだした。

 電話の相手は放置しようとしたドラからだった。ログインしてすぐに連絡が来るとか、お前はストーカーか?


「どうした?」

『おっ繋がった。今、日本のゲーム雑誌編集者の人と会ってるんだけど、その人がお前の話を聞きたいらしい。こっちに来ないか?』

「取材を受けるとか、ドラも随分と偉くなったな。ネトゲ難民だったお前が懐かしいぜ」


 AAWが過疎ゲーだった頃、俺とねえさんが話しながら歩いていたら、突然背後から「日本語だーー!」と叫んで近寄って来た怪しい変人。

 それがドラとの最初の出会いだった。


『あの時はお前と4年も組むとは思わなかったな。人生最大の失敗だ。それで、こっちに来るか?』

「俺もお前と出会ったのは末代までの恥だな。それと、行かない」

『了解。ある事ない事、お前の事を全部暴露してやるよ』

「……ぶっ飛ばすぞ」

『だったら来いよ。お前も俺達の噂ぐらい聞いてるだろ』

「……ああ、あれな」


 ドラの言う通り、全てのミッションをSランクでクリアしているワイルドキャット・カンパニーは、運営側からシークレットの情報を得ていると、一部のプレイヤーから囁かれていた。

 何故そんな噂が立ったのかと言うと、俺がオープニングムービーに登場しているのが原因だった。

 叩いている連中が言うには、俺はデペロッパーと仲が良く特別待遇されているらしい。

 つまり、俺達が悪く言われているのは、オープニングムービーで俺を登場させたジョンのせい。ヒデエ言い掛かりだと思う。


 ケビン達と仲が良いのは認めるが、AAW2の開発には全くタッチしていないし、シークレットの情報はなに1つも聞いていない。

 特別待遇と言っても、ミッション1-1でショートカットが出来る事を聞いたぐらいだ。

 しかも、その情報は1週間もしない内に、ケビンがSNSで公開している。


『クソ連中が騒ぐ噂なんて無視してもいいが、機会があるときはキチンと釈明するのもアリだと思うぜ』


 勝手に騒いでいろと思う反面、ドラの言い分も理解できる。

 不正在りきで疑う連中に話が通じるか分からないが、ドラに変な事を言われて記事になるぐらいなら、俺が直接話をした方が良いだろう。


「分かった。そっちに行く」


 ため息を吐いて席を立つ。そして、ドラが待っている246サーバへ向かった。







 兵士サロン246サーバは、日本人が自主的に集まっているサーバと聞いたが、プレイヤーの大半は金髪と銀髪の美形キャラだった。日本人の特徴なんて微塵もありゃしない。

 まあ、俺も中二病全開の時に作った銀髪ショタキャラだから、人の事をあまり言えない。


 サロン内を歩いてドラを探していると、時々すれ違うプレイヤーが俺を見て驚いていた。

 どうやら未だにオープニングムービーと公式動画の影響が、ここにもあるらしい。


「すぴねこ、こっちだ」


 俺を見つけたドラが手招きする。

 ドラに軽く声を掛けて空いている椅子に座ると、同席していた青髪イケメンキャラの男性プレイヤーが話し掛けて来た。


「あなたがワイルドキャット・カンパニーのすぴねこさん?」

「いや、すぴねこは略称で、スピードキャットがプレイヤー名だけど、すぴねこで良いよ」

「分かりました。私はWebゲームマガジンというネットゲーム雑誌編集者の松尾です。今日はわざわざお越しいただき、ありがとうございます」


 雑誌編集者の松尾さんが丁寧に頭を下げた。

 ちなみに、松尾さんのゲームキャラ名はデラックスだった。触れないでおこう。


「コイツが変な事を言って、記事にされるのは嫌だからな」


 そう言ってドラを指さす。


「そう言わねえと絶対来ないじゃん。せっかく日本人が集まってるのに、うちのチームで来てないのはお前だけだぞ」

「そうですね。すぴねこさん以外のワイルドキャットの人達は偶に見かけますが、私もお会いするのは初めてです」

「俺以外はアブノーマルキャラだけど、俺はレアキャラなんだ。まあ、今日はお手柔らかに頼むよ」

「分かりました」


 冗談を言うと、松尾さんがクスリと笑う。

 そして、自己紹介が終わるとインタビューが始まった。







松尾   「まず、昨日はミッション5-1のクリアおめでとうございます」

すぴねこ 「ありがとう」

松尾   「『ワイルドキャット・カンパニー』の活躍は同じ日本人として誇り高いです。それでお聞きしますが、トップの『ブレイズ・オブ・ドリーマー』とは1ミッション差となりました。彼等に勝つ自信はありますか?」

すぴねこ 「今日次第じゃないかな」

松尾   「と言いますと?」

すぴねこ 「今日、俺達が5-2をクリアして、ドリーマーが5-3をクリア出来なければ、追い付いたこっちが優勢な気がする」

松尾   「なるほど。サッカーでも1点差だと、勝っているチームの方が精神的に不利と言われていますからね」


 その例えは、どうなんだろう。

 ドラの方をチラりと見れば「真面目か!」と目が笑っていた。


松尾   「他のワイルドキャットの人達から聞いた話だと、すぴねこさんは旧作を含めて一番の古株らしいですね」

すぴねこ 「前作のAAWがサーバー縮小した時に残ったのは、俺を含めて8人だけだったけど、その7人も1週間以内に消えたからな。一時は俺1人だけだったよ」

松尾   「誰も居なくなったのに、1人だけ残った理由は何ですか?」


 残った理由か……ここでビショップとの関係を話せば、俺がデペロッパーと仲が良い事が露見して優遇されていると思われるだろう。

 なら嘘を吐いて適当に誤魔化すか? いや、ここは正直に話そう。もし、嘘がバレたら全てが信用されなくなる。


すぴねこ 「ビショップとの約束だったからな」


 俺がビショップの名前を出すと、松尾さんが驚いていた。

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