第24話 昇格人事


 小一時間ほど大通りを進んだ馬車は防衛都市を離れ、皇国内の移動用に作られた街道を進んでいた。窓から外を見れば素晴らしい晴天に照らされた植物たちが咲き誇っている。

 どう見ても手のひら大の石は落ちていなさそうな雰囲気の街道を、馬車は止まることなく進み続けた。

 アーデンによればあと30分ほど進めば小川が見えてくるとのことで、そこに行けば石もあるだろうという話だった。


 そして予定通りに進んだ馬車が小川のほとりへたどり着く。

 アーデンを馬車の中に残し、3人が馬車から降りる。ゼロが石探しにいくため、車いすを押すのはルーの仕事になっていた。


「さっさととってこーい」


 まるでペットに指示を出すかのようなアーファだが。


「お任せを!」


 黒髪のペットは勢いよく馬車を飛び出し小川へ向かうのだった。

 小川の清流は穏やかに流れ、岸部まで緑いっぱいの穏やかな光景がそこにはあった。


「地面掘るのは、なんか申し訳ないよなぁ」

『そうね、それをするんだったら、もっと早くできたでしょうし』

「と、なると、やっぱり」

『行くしかないわよ』


 ゼロの目の前には、太陽光を浴びて水面がキラキラと輝く清らかな流れ。透明度が高く、川底まではっきりと見え、ひざ上くらいほどの水深だろう。川底にはちらほら水流で削られたであろう丸い石も転がっていた。


「つめたそうだなぁ……」


 季節は春。まだ川遊びをするには早い初春だ。その冷たさを想像し、ゼロは先ほどの自分を少しだけ恨んでいた。後悔先に立たず、とはこのことだ。


「ルー、タオルを用意してやれ」

「あー、やっぱ入るしかないですよね」


 馬車と小川の距離は30メートルほど。靴を脱ぎ、スラックスの裾をまくり始めたゼロを確認した黒髪の少女は淡々と指示を出す。


「一人の人間としてあの好奇心はわかるが、あれが騎士団長ではブラウリッターの連中が救われないからな。お仕置だ」


 馬車の中からタオルを取り出したルーはアーファの隣に立ち、一緒にゼロを眺めていた。


「はは、たしかに俺もあいつが上官だったらやだなぁ」


 好奇心に任せて動かれては、部下が困る。そういったことをさせないためのお仕置き。14歳の少女にそう言われては形無しだが、どこかアーファが楽しそうな雰囲気でもあるのでルーはこれでいいのだと思う。


 ゼロが団長を務めるブラウリッターは現在ゼロ含め8名。全員が貴族出身の異色の騎士団だ。

 平民生まれはブラウリッターになれない規定などないのだが、ブラウリッターには15歳から29歳までという年齢制限がある。

 ゼロのような例外を除けば、規定の年齢の範囲内でゲルプリッターかグリューンリッターの騎士団長から推薦されるほど戦果を上げた者がブラウリッターに昇格することができる仕組みだ。29歳を越えるブラウリッターは王国の守護者たるロートリッターか王国最強騎士団シュヴァルツリッター、精鋭女性騎士団ヴァイスリッターに転団するのが通例となっており、未来の騎士団長を目指す貴族子弟の登竜門たる騎士団が、ブラウリッターなのだ。

 ゲルプリッターかグリューンリッターの騎士団長の推薦を受けてブラウリッターとなる、と先述したが、リトゥルム王国では王都で騎士の叙勲を受け王国七騎士団の一員となる場合、新兵は原則ゲルプリッターか魔法騎士団であるグリューンリッターに所属することになる。

 その戦果次第で25歳以下の精鋭騎士はブラウリッターに、それ以上の年齢の者や女性騎士がロートリッター、ヴァイスリッター、近衛騎士団であるリラリッターのいずれかに転団するのだ。王国の最上位の強さを持つシュヴァルツリッターはさらにその中で功績を残した、名だたる猛者の集まりであり、現在は約30名程度がその名を連ねている。そしてシュヴァルツリッターの中でさらに指揮能力等が優れたと判断された者が、次の団長に相応しいと当該騎士団長の推薦を受け、新騎士団長に就任することとなる。

 つまり王国七騎士団の騎士団長とは、年齢制限のあるブラウリッターを除く六人全員がかつてシュヴァルツリッターに所属していた王国最上位の実力者たちなのだ。

 そのため騎士団員は上位の騎士団ほど敬われる存在になるが、騎士団長たちにはブラウリッターを除き序列関係はない。

 とはいえ王国上位兵2000名が所属するロートリッターは王家の盾たるアルウェイ侯爵家が、約2万5千という膨大な騎士たちの指揮・訓練を行うゲルプリッターはコールグレイ公爵家が世襲により団長位を受け継いでおり、両騎士団長の発言権はかなり強い。


「ルー、お前も帰国したらブラウリッターに転団するか」

「へ?」


 露骨に「お前今俺が言ったこと聞いてたのかよ」とでも言い出しそうなほど目を見開くルーに対し、アーファはいつも通りの毅然とした表情を浮かべていた。


「昇格だぞ? 嬉しくないのか?」


 車いすに座ったアーファは見上げる形でルーを見つめて小さく首を傾げた。その可愛らしい素振りに対しても、ルーは固まったままだ。


「そのまま居座ったとて、騎士団長にはなれんのだしな」


 先述したとおり、ブラウリッターを除く王国七騎士団の団長になるには一度シュヴァルツリッターにまで昇格することが必須事項であり、シュヴァルツリッターの副団長を除けば、副団長からそのまま団長に出世することはできない。

 そもそも副団長職は各騎士団長が自由に任命権を持っており、その人数にも制限はない。騎士団長と副団長では、国からの手当も段違いなのだ。

 しかも今回は女王陛下直々に昇格を打診されている上に、ブラウリッターの団長がゼロなのだから、100%昇格が約束されているといっても過言ではない。


「お、やっと川に入ったか」


 固まっているルーを見るのに飽きたのか、アーファは川に入っていくゼロを楽しそうに眺めていた。


「1個だけ割ったから1個だけで済まそうなど甘い! 何個か拾ってこいっ」


 手頃な石を1個だけ拾い戻ってこようとしたゼロに、アーファが大きな声で命令を下す。ゼロがショックを受けた様子を見て、アーファは愉快そうだった。


「私はお前らを頼りにしているのだ。いつまでも下でくすぶっていてもらっては困る」


 視線を向けずに投げかけられた言葉は、ルーの胸に深く突き刺さった。

 ルーがゼロと知り合ったのは、今からもう10年ほど前になる。王都にある貴族学校の同級生だった二人は、当たり前のように友人になり、14歳で卒業した翌年から規定の15歳で二人とも王国騎士となった。レドウィン侯爵家の血筋を引くルーはグリューンリッター団長のクウェイラート・ウェブモートの目に留まり、5人目の副団長として抜擢されたのが今年の初め頃だ。

 グリューンリッターに所属し、幾度かの功績を立てて初めてクウェイラートに謁見した際、自分の魔力の高さに気づいた彼が頭を撫でてくれたあの日を思い出すと、今でも嬉しさがこみ上げる。

 ゼロは異例のブラウリッターからのスタートだったが、既にゲルプリッターからブラウリッターへ転団した学友もいる。アーファの言葉通り、自分も上を目指して騎士になったのだ。下でくすぶっているわけにはいかない。


「昇格、かぁ……」


 魔法だけじゃなく、近接戦闘の訓練も真面目にやらないといけない、多対一の戦闘も訓練しないといけない、ぱっと思いつくだけで、大半を才能だけでここまできたルーにはやることが山積みだ。だが、彼の表情に宿るは強い決心。


「……ありがたき幸せ。その任、喜んでお受け致します」


 上官がゼロになったとて、今のゼロとの関係は変わらないだろう。より高みを目指すのであれば、グリューンリッターとして後方から戦うのではなく、ブラウリッターとして前線で戦った方が功績も残しやすい。

 跪き、女王陛下に自分の答えを伝えるルーに、アーファは優しい笑みを浮かべていた。


「それでよろしい」


 全ては彼女の手のひらの上なのかもしれないが、彼女のためならば命を懸ける覚悟は持っている。自分よりも年下の少女が頑張っているのに、自分が頑張らないわけにはいかない。


「でもその話は、まだあいつには伝えないでおきましょう。調子に乗られるのは面倒なので」

「それもそうだな」


 ルーが部下になると分かった途端、分かりやすい態度を取ることが目に浮かぶ。

 噂のあいつに視線を送ると、川の奥まで行こうとしたのかずぶ濡れになったゼロが丸い石を5,6個抱えて戻ってくるところだった。


「いや~、まだ川遊びするには時期尚早だったっすね」

『深いところに自分から行ったのは誰よ』

「ご苦労さん」

「こんな馬鹿に付き合わせてすまないな、アノン」

『いえいえ、もう諦めておりますので』

「え、ひど……」


 アノンに指摘されて言い返せないゼロにルーとアーファは思わず笑ってしまった。


「ほらよ」


 笑いながらも、ルーはようやく用意したタオルを渡す。


「さんきゅ」


――こいつを支えるのも、まぁ楽しそうか。


 まじまじとルーが自分を観察していることに気付いたゼロが身体を拭く手を休め、少しだけ眉をひそめる。


「そんなに水も滴るいい男になってる?」


 ルーの考えていることなどお構いなしに、目の前のイケメンは恥ずかしげもなくそんなことを言ってくるのだ。耐え切れずルーは声を上げて笑ってしまった。


「馬鹿は風邪を引かないというから、さっさと行くぞ」

「かしこまりました」


 呆れ顔のアーファの指示で、車いすを押し馬車に戻る。

 この二人となら、危険極まりない任務でも悪くないなと終始ルーは笑顔だ。


「え、ちょ、着替えないとガチで風邪ひきますってこれ!」


 衣服を濡らしたまま、ゼロは慌てて二人の後を追うのだった。

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